首取り物語~北条・武田・上杉の草刈り場でざまぁする~リアルな戦場好き必見!

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第16章:黒幕は堺!

大した成果なし

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 1555年11月下旬
 近江国不破郡関ケ原十九女池南西の丘
 神屋紹策
(博多の豪商)


 「じゃあ、堺と博多は大胡に敵対しないということ?
 それ、信じろって何を担保にして言っているの?」

 目の前、
「波に千鳥」の家紋が染められている陣幕を背に、小さい、誠に小兵の侍が床几に腰を下ろして此方を眺めている。
 足を組み、肘を太股に乗せてその手に顎を乗せながら、冷たい表情で鋭い視線を私たちに向けている。

 北部坂東の太守、左中弁大胡倉之助政賢様だ。
 ここ数年で1万石にも満たない国衆から50万石を超える太守までに領地を広げた御仁だ。その武勇は関東の雄、北条氏をほぼ壊滅といってよい程に打ちのめす程の実力者だ。
 多くの者はそれを恐れ、頼りにし始めている。

 しかし問題はその武威ではない。
 いや、その武威を利用した「商人への支配」。そしてそこから上げられる莫大な収益だ。その収益は推計で毎年50万貫文以上と見ている。
 この数字はあくまでも最低限であり、それも毎年増え続けている。

 石高50万石と合わせれば150万石、これに比類するだけの勢力は畿内を掌中にしている三好だけであろう。
 ただ三好様はこれよりもはるかに多くの権益を掌中にしているが。

 大胡はその豊富な資金を再投資に向けるだけでなく、様々な所へ献金などの形で寄贈することで、広大な人脈・金脈を築きつつある。

 宮中もその膨大な献金のために潤い、大胡に靡く者が後を絶たない。その最たるお方が、藤原の長者で関白左大臣の近衛前久殿下だ。

 東国の商圏は上方に比べれば遥かに小さいが、そこでの取引は大胡の支配下にあると言っても過言ではない。このまま放置すれば、大胡の手は西国まで伸びてくること必定。
 いや、既に多くの分野で絡め取られている。それを阻止すると、堺の納屋さんは息巻いている。

 1年前に、あの危険な債券を大量に押し付けられ、多くの堺会合衆は身代しんだいを大分削られたらしい。

 納谷さんは既に武田様や越後の長尾様にも相当な支援をして、対大胡策を張り巡らしているという。他の堺の会合衆も似たようなもので、大分頭にきているらしい。

 幸い、博多の商人は危ない橋は渡らないようにするものが多く、大きな損害は出なかった。博多の町は今まで何度も戦果に焼かれた。無駄な危険は冒さないのが良い。

 勿論、必要な危険は敢えて冒すが。
 
 「はい。現在制限させていただいております東国商人への銭の流通を、毎月一日ついたちに堺にて自由に交換できますように確約いたしまする。その約定の裏書を管領の細川様と本願寺顕如様に頂いております。これにてお確かめ下さいませ」

 約定の文を草原に正座をしながら大胡様の側仕えに手渡す。大胡様はそれを床几に腰を下ろしながら受け取り確かめている。噂によれば、あきんどに対しても平等に接し、同じ目線で話をするという。

 その大胡様がわざわざこのような威を見せ付けるような座を設けたのは、間違いなく西国商人を敵と見ているからだ。

 当たり前だな。
 堺が裏で大胡の敵対大名にこそこそと支援をするから、その10倍以上のしっぺ返しを食らった。

 この戦争状態を収められるかは、この関ケ原での会談に掛かっている。ここは西国と東国の境なのでこれ以上ない舞台であろう。

「これ皆、西国商人、特に堺とつるんでいる勢力だよね。この人たちが保証する? 
 面白くもなんともないじょーくだな」

「ですが既にこの制限を逃れるため、今川様武田様、それに里見様の御用商人が東国商人から西国の者に変わっておりまする。残るは越後の蔵田屋さんと、会津の梁田屋さんを中心とした北陸東北の商人のみ」

「あと伊勢と熱田・井ノ口も忘れてない? 
 まあ、それでもそっちが圧倒的に優勢であることには変わりないけどね。
 元々、唐国との交易という最大の収入源がある堺と博多に比べれば吹けば飛ぶような経済圏だから。国際金融資本に睨まれた田舎の信用金庫って感じだよ。その君たちがこっちの首根っこを押さえるための合意文書じゃないの。
 まるでプラザ合意だね」

 先ほどから全く分からない言葉を多用してくるこの若い太守。
 やはりただ者ではない。
 この方と敵対するよりも手を組んだ方が余程儲かりそうに思える。
 そう私の直感が告げるが、博多の商人も既に大胡様とは敵対関係にあるといってよい。

「聞くところによると、最近は相当な頻度で唐国との交易をしているとか? ついでに博多では南蛮船との交易も始まったとか聞くね。唐国からは主に永楽銭? 南蛮からは硝石かな?」

 そこまで調べられているか。
 元々大胡様は米の売買で銭を稼いで大胡を豊かにしてきた。それだけでも他の大名とは全く違う存在なのだが。
 故に全国各地の相場を知悉し、日ごとに変わる物の値段と交易量を測っているらしい。さらにそれを先物という市場を作り、様々な商売に生かしているという。
 
「で、その対価として何を支払っているの?
 神屋さんちは」

 父は唐国から、「灰吹法」という金銀銅の鉱石から不純物を取り除く技を持つ技術者を招へいし、大森の銀山(石見銀山)でそれを実際に行い生産量を飛躍的に伸ばした。それをきっかけに神屋は身代を大きく膨らませた。

「はい。手前の手掛けさせて頂いております生野や大森の銀にて支払っておりまする」

「それ。その銀が日ノ本出てから結局どこで使われているかわかる?」

 西国商人、殊に博多の者以外でそのような事を知っているものは堺の商人くらいであろうか。

 この若者はそれを知っているのか?

「唐国って銀が取引決済に使われてるんだ。南蛮でもそう。だから大量に必要なわけ。
 じゃあ、なぜもっともっと銀が必要なのか考えたことある?」

 そのような事、全く考えたことはない。
 多分、日ノ本でそのような事に関心を持つものは一人もいないのではないか?

「物を作る人は、それが売れないと困るでしょ? そのためには買う人が銭を持っていないと売れない。それだから流通する銭、あっちじゃ銀ね。増えていかないと国の富が増えない。
 よって人々はいつまで経っても楽に生活できなかったり飢えに苦しんだりして世が停滞する。そして日ノ本では?」

 現在、銭が足りなくなってきている。
 それを我ら西国の商人が本願寺や比叡山の銭を預かり、持ち込んでくるが、何がいけないのであろうか?

「銭が増えるのはいいよ。まあ、此処にいるあきんどの皆さん、あ、此処にいるこっちに味方している蔵田屋さんと磐梯屋さんは別ね。一回の交易で多分10万石の大名の年収くらいは儲けるんじゃない?
 羨ましいよ。
 ですが~、それによって出ていくのが金銀財宝? それ掘り尽くせばどうなるのよ?日ノ本。100年後の日ノ本の人々、希望のない貧乏な生活に叩き落されるよね。
 銭ならまだいいよ。
 でも消費されちゃう硝石? これ売って儲けようとする人ってどうよ? 100年後の日ノ本の血を啜って儲けようとしている悪鬼じゃない?」

 へらへら笑っているような口調であるが、その言葉の端々に強烈な軽蔑の念が込められている。

「金銀はまだまだ日ノ本に眠っておりまする。灰吹き法にて益々の増産が見込まれます故……」

 私は現在の大まかな見通しを数字で示した。実際、これからどんどん生産量は上がっていくはずだ。

「銭と金銀の量が国の生産量を決めちゃうんだよ。今はね。
 その金銀と銭が限定されると、それで経済……つまり物を作って売る仕組みね……が停滞する。
 皆は明日の希望が持てなくなり、その鬱憤うっぷんが戦や一揆を引き起こすわけ。だから君たちがこの戦を生み続けているんだよ。それで更に武器兵糧を売って銭を稼いでいる。
 その生き方で良いわけ?
 後世ではきっとこの仕組みがわかってさ、君たちの子々孫々があいつらの先祖が戦を長引かせた張本人だ、と後ろ指を指されると思うけどね」

 これが大名の言う事か?

 戦にかまけけて、名誉とかいう一文にもならぬものを大事にするだけの武士だろうか?

 先の先を見通すその慧眼。商人としてこの方を担ぎたい気がむくむくと沸き起こる……

「それが如何いたしたのか? 商人あきんどは利益を上げてなんぼ。どれだけ銭を儲けるかに腐心し、それが生きた証となりまする。
 お侍は何を身上となさるのか。下は生き残ること。上は天下をその手に収める事。その多くは、功成り名を遂げる事なのではござらぬか?
 そのためには犠牲はつきもの。
 大胡様も噂によれば万を超える人の命の上に、今の名と富裕を手に入れたのではござりませぬか? どのような綺麗事もその犠牲の前には、手前の心には届きませぬ」

 宗久さん。
 それは言い過ぎでござろう。
 その物言いでは大胡様との仲、もはや修復不可能となる。
 そこまで憎いのか?
 既に多くの銭と労力を費やしたため、後には引けぬか。

 だが、それにしても一端曖昧な合意をして、その裏で相手を締め上げるのが商人という者……
 少々、血迷うているのやもしれぬ。

「そうか……
 西国の経済が潤えば、東国はどうなってもよいと。聞いたね、蔵田屋さんに磐梯屋さん。どう考えても、こちらを潰すつもりで銭の巡りを止めたいらしいよ。日ノ本全ての人々に幸せになって欲しかったんだけど、やっぱ無理だなぁ。
 侍も商人も同じだね。ほとんどの人は自分のことしか考えないから滅亡への道をひた走っちゃう」

「手前どもが滅亡すると? それはどちらが滅ぶかということでしょうか? 銭の力、とくとご覧遊ばされますよう」

 銭で東国を縛る合意は無理でしたな。縛るだけでは済まされないでしょう。
 この場にいる蔵田屋さんと磐梯屋さんだけでなく、多くのあきんどが身代を失うことになる。既に坂田屋さんと宇野屋さんは甲斐と相模から締め出され、大胡様の庇護下に置かれている。

 それも大胡様が健在であるから可能なのだ。
 大胡家の収入源である東国の商人が倒れていけば自ずと大胡様も基盤が弱くなる。それを早めるために武田様と今川様、里見様と長尾様に支援し、大名同士の同盟と大胡への攻撃を求めているのだから。

「永楽銭では敵わないなぁ。じゃあ、別の方法で戦うよ。あ、神屋さんは武田さんちの黒川金山と、今川さんちの湯ヶ島の金山に手を付けるの?」

 それは答えてもよいじゃろうな。はい、と答えると、こう申された。

「じゃあこれだけはお願いね。灰吹法で出る水銀やその他の不純物。あれ、そこいらに捨てないでね。100年どころか、何百年も人が住めなくなるから。
 あと鉱山で働く人、30まで生きられないくらいの毒出るから、換気と水の処理してあげて」

 私は、出来る限りのことはすると大胡様に約束をした。
 今回の会談では、これだけが唯一の合意であった。

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