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第15章:修学旅行の気分?で上洛
ドラゴン。かっけー
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1555年10月中旬
越後国春日山城
長尾景虎
(断酒中のドラゴン)
先週越中の戦場から帰着した儂の所へ客人が来た。
「へぇええ。断酒始めたんだぁ。大変だねぇ」
昨日、上野国から参られた大胡殿が馴れ馴れしく儂に向かって言う。儂を笑いながら転げまわっているが、それも悪くない。
戦に明け暮れ、今は亡き宗滴殿と呼応した先の越中での戦が不発であったことによるイラつきを紛らわすのにはちょうど良い。
酒を飲まずに過ごすには余興も必要だ。
先ほど、地を出すね」と言い、この砕けた口調・態度となった。
驚いたが悪くない。
そればかりか
「好ましい」。
儂の周りは固い奴ばかりじゃ。
ぴんっと張りつめていることは儂の性に合っている為、ずっとその様に生きてきた。周りの者もそれに合わせていたのであろう。
少しはこのような時を過ごすのも良きもの。
今宵はお互いに腹を割って話そうと取り決めたのでなおさらだ。
「もう断酒し始めて2か月? 凄いね。並みの男じゃできないよ~。大分毎日飲んでいたんでしょ? 急にやめるのは辛いよね。御山のとあるお坊さんが断酒しようとして「1日5合まで」とか言っちゃって失敗したとか、しないとか」
儂はやると言ったら必ずやる。
それが漢ぞ、と答えておいた。
「で、政賢殿は此度の上洛、帝と将軍家に拝謁されるのか?」
当たり前のことかと思うが、この政賢という男。関東管領である上杉憲当を上野国から放逐した男だ。まあ、関東管領を敗死させた父親を持つ儂が言えた義理ではないが。
このような機会を得て拝謁をしないとなど常識では考えられぬが、まさかと思いながらも聞いてみた。
「帝にはもういっぱいお世話になっちゃっていますから、御簾越しにではなく、手を取ってぶんぶん両手でしぇいくはんどして抱き着きたい気分♪
無理だけど。あはっ」
時たま、儂には分らぬ言葉を使うが、政賢殿が先に断っていた為、驚かないが並みの者では相当引くであろう。
「あとは……、将軍家ねぇ。実のところまだ決めてないんだ。景虎ちゃんに会ってから決めようと思って」
儂に?
儂の応対如何で拝謁を決めるとは、なんと不敬な。今にも席を立ち場合によっては斬って捨てようという気を放った。
儂の鋭い気を当てられたがそれを何とも思わずこの男はこう言いおった。
「景虎ちゃんは足利の世が、幕府が未来永劫続くと思っているの?」
何を言うておる?
続くとは思わぬが、今消え失せるとも思えぬ。
「知っていると思うけど、先の鎌倉殿の幕府は250年と持ちませんでした。足利尊氏公の開いた幕府は既に240年。北条の執権政治の最後はご存じの通り、ぐだぐだだったよね。
今の足利の世もぐだぐだ。もし建て直すとしたらの大変だよ。唐国の歴史でも大体250年もすると一つの王朝が終わりを告げているね。
この流れに誰が逆らえるのかな?」
儂もいつかは、幕府は廃れると思うておる。
が、今は使えよう。
皆が敬っているうちは権威として使える。だから儂もそれを敬い、世を味方に付けて大義名分を手に入れる。
「わかっておる。
が、世の殆どの者が認識しておらぬであろう。
だからまだ潰れぬ」
「じゃあ、もしもだよ。その認識が一般的になったらどうよ?
もう、すぐにぐしゃって潰れそうなんだけど」
そううまく潰れはすまい。必要とするものが居る。
儂もその一人じゃ。関東管領の職が要る。
「今はそう思えないと思うけど、鎌倉殿(源頼朝)の富士川、義仲公の倶利伽羅峠の戦い。尊氏公の湊川の戦。一つの戦いが一気に世を動かしますよね。
後世の歴史家は、足利の世も【ある一つの戦い】から終わりへの坂を転げ落ちていったと、言うのでしょうね」
まさか、その戦いが昨年の桃ノ木川の戦いだというのか?
……確かにあの戦で一気に大胡はこの戦の世で有力な大大名として注目されるようになった。
だが、周りの武田・今川・里見、それの儂の長尾。
多くの大名に囲まれているではないか?
とてもではないが、まだ峠を越えたと言い張ることなどできまい。
愚かな。
「いやいや。まだだよ、まだ。
北条という大勢力が消え去ったことで、誰かが損をし、得をする。ここが思案の為所よん。
均衡が崩れた。
さあ、景虎にゃんは一人でいる?
それとも誰かと手を組む?
どんな権威と結びつく?」
機会は誰にでもあるということか。政賢殿はそれが自分だとは言っていないか。
だから、儂と手を組むかと聞いておるのか?
「ここへ来る前にさ。清水峠越えてきたんだよね。あそこ越えるの大変だなぁと。
そこで長尾家の身になって考えてみました。何処へ広がっていくのが効率的なのか。国衆を食わせるには領地広げないとね。だから豊かな土地が欲しいだろうって。
そうなると上野攻めちゃうなって」
そうなろうな。
だから今、上杉憲当殿の進退伺を京の将軍家に出している。それと共に関東管領職を儂に譲らせようかとも。それを以って関東に討って出る。
今の方針はこれじゃが、このことを察知していると見える。
「信濃への大義名分はもうあるよね。村上を始めとした国衆の本貫地奪還。
そして帝の綸旨。
しかし信濃は肥えていないし武田の晴信くんが意外としぶとい」
そう、あいつはしぶとい。
踏み込むと逃げる。
こちらが隙を見せると突いてくる。
これの繰り返しだ。
「そして陸奥国に出てもやはり肥えていない割にしぶとい。最上とか伊達とか、なんか戦いたくない奴らばっかだし。
だからきっと一番攻めやすいのは越中だと思うんだ。越後と同じくらいお米取れそうだし、有力な大名いないし」
「だから儂に越中への侵攻を勧めているのか?
それは越後長尾家と越中一向宗との対立を踏まえての発言か?
確かに大胡殿は手強かろう。じゃがそれだけ上野国は肥えておる。晴信殿と里見殿と手を組み、周りから一気に攻めるという手もあろう」
政賢殿は、うへぇと言いながら仰け反り、両手を前へ伸ばし掌をこちらへ向け押しやるようなしぐさをした。
「それ困っちゃうなぁ。
だったら僕も必死になって外交しちゃうよ。その3人のうちだれか1人を引き込みます! 里見ちゃんかな?
それとも逆に晴信にゃんと手を組んで越後攻めちゃうかもね」
脅しの応酬となったな。
まあこれも「悪くない」。
そればかりか「心地よい」。
「そしてちょっとこみ入った話になるけど……
堺から手が伸びてない?
大胡をやっつけちゃえとか。
武田と手を組めとか。
その前渡しで何かを送られたとか。
例えば鉄砲」
なんと。
既に納屋から鉄砲500丁の納入したことを掴んでいるか。あれだけ秘密裏に事を運んでいたが、相当大胡の草は優秀と見える。
武田にも600丁を超す鉄砲とその訓練に必要な煙硝が援助されているとの情報が軒猿から入っている。
どうやら大胡と堺は相容れぬようじゃな。
堺は大胡を本気で潰しに掛かっている?
「氏康くんの首上げるのに、こっちも必死だったので禁じ手に近いことやっちゃって、皆様にご迷惑をおかけしました。越後にも大変な迷惑を掛けちゃったんです。
直接的な指示は出してないんだけどね。結局僕がやったと同じ事になっちゃいました。
ごめんなさい。
それから越中のことはちょっと当てがあるんだ。きっと欲しがっている関東管領職も。これから京へ上って、外交してくるからその結果を見てまた考えてよ」
政賢殿の言っていることは、堺の納屋から伝えられた「多くの大名が損害を被った貸付け書」は、東国の商人の組合が作ったというものだろう。
その背後には大胡政賢がいるという。
やはり真実であったか。
「頭をお上げなされ。儂は怒ってなどおらぬ故。どのような謀もこの戦の世では当たり前。先ほど其方が申しておった、常在戦場という言葉。感心いたした。
全てが戦場であると。だから今回は皆が負け申した。
……で、
儂には救いの手を差し伸べておったのか?
それを見越しての外交か。蔵田屋の負債肩代わりは、お主の差し金か?」
あの騒ぎの後、1か月経って上野国が平穏に戻った際、蔵田屋が長尾家の負債をすべて肩代わりをすると言ってきた。
御用商人としてのケジメをつけると義を通した。
流石は東国一の豪商、と思うておったが、これは大胡の長尾への足止めが終わったからなのか?
それならば納得がいく。
が、助けの手などは好かぬ。
「そういうわけではないんですよ。これ戦だから。でも蔵田屋さんが御用商人として義理が立たないと言っててね。
真面目だな~、あの人。
僕も本来ならば、敵対する意思のない勢力には迷惑の掛からない手段を取りたかったんだけどね。先の禁じ手は方法的に無理だったんです。勝手に皆に売っちゃう人がいるから統制は取れないんですよ。だから負債を返せる仕組みだけは作っておきました! それを使っての返済だと思う」
結局、銭で武田と長尾の足を止めたか。ついでに武田には巨額の負債を抱えさせた。
なんという強かさ。
商人顔負けじゃな。
そうか、だから堺が敵に回ったのか。
自分の鎬を侵されると思ったか。
「だから今、東国の商人と西国の商人が戦いを始めたんですよ。
長尾家の御用商人、蔵田屋さんは勿論東国側。東国商人の本拠は厩橋と大胡、これからは多分、那和か和田になると思います。
そことの戦いに巻き込まれるのが今後の東国大名なんですよ。だから越後長尾の動き次第で、大胡は将軍家に会ってその支持を受けるか、無視してその背後にいる商人と敵対するかを決めないと」
訳が分からぬ。
将軍家の後ろに商人?
「足利将軍家、というよりも細川管領家は堺の商人と持ちつ持たれつ。そのどちらかがいなくなれば共倒れなんですよね。
将軍家に拝謁することは細川管領家に膝を屈し、ひいては堺の商人の影響下に置かれるのと同義。
これらを一人で相手にするのはきついんです。
で、当面、軍事でぶつかる相手を減らさないといけない。
堺の狙いは長尾と武田に手を結ばせ、大胡を攻めさせることなんじゃないかな、
っと」
納屋がまさにそれを言うてきた。
同盟の斡旋までするとか。
あの晴信と手を結ぶのか、と、いやいや聞いていたが、そういう裏があったのか。
裏に細川管領家や本願寺がいたと。儂も関東管領として東国を支配しようとしていたが、管領家や本願寺の思惑と一致していたのか。
大胡を叩くと。
儂は三好と将軍家のことしか見ておらなんだ。
では……
「関東取って、何が目的?
その後は?
何のために生きるの?
それを聞きに来ました。
それが一致すれば、手を結べるんじゃあないかと思ったんだけど、どう?」
「政賢殿の目的は何じゃ?
何処へ向かう?
それを伺ってからお答えいたす」
自分の目が座っている事を自覚した。
命のやり取りだ。
悪くない。
「僕はね。
この日ノ本を一つの纏まり、国にします。そして帝の下、全ての人々が平等、幸せを享受できる体制を作ります。それができない今の体制をぶっ壊します。
それを妨げるものも同じ。
消えてもらう。
これが僕の通る修羅の道です!」
はわわ、言っちゃったぁ、などと言っているようだが儂の耳を素通りしていた。
こいつは、夢のようというか……
誰も考えないことを考える奴だ。
天智帝が開かれた律令の世とも違う。
ましてや藤原の世とも違う。
すべての者、という中には、現在の公家・武士・商人などの権勢を誇る者共も入るであろう。
つまり全ての権威の否定か?
いや、多分、その意思に賛同するものは生き残るのであろう。
蔵田屋はそれに賭けたか、儂ではなく。
「儂がそれを否定すれば、儂もぶっ潰すのであるな。
それは愉快。お相手致そうか」
「それ本気!!??」
儂は、ふふふと笑った。
面白いな。
此奴と話すのは痛快至極。
すぐに殺すのは惜しい。
「まだ儂の生き様を言うておらなんだ。
儂はな……」
ごくりと唾を飲む目の前の身の丈5尺1寸足らずの小柄な男に言い放った。
「毘沙門天の名に誓い、すべての不義に鉄槌を!!
これが儂の生き様よ」
それ言うかぁ~、
と、呆れ顔の男に儂は大げさににやりと笑い顔を向け言葉をつづけた。
「承知した。仔細承った。
たった今、儂を謀り操ろうとする、そして誰を助けるためでなく責任を取る領地もなく、銭のためだけに裏から天下を操ろうとする堺の商人を不義と見た。
手を組もうぞ、政賢殿」
この男といると酒を忘れるな。
酔うよりも面白いことが起きるやもしれぬ。
越後国春日山城
長尾景虎
(断酒中のドラゴン)
先週越中の戦場から帰着した儂の所へ客人が来た。
「へぇええ。断酒始めたんだぁ。大変だねぇ」
昨日、上野国から参られた大胡殿が馴れ馴れしく儂に向かって言う。儂を笑いながら転げまわっているが、それも悪くない。
戦に明け暮れ、今は亡き宗滴殿と呼応した先の越中での戦が不発であったことによるイラつきを紛らわすのにはちょうど良い。
酒を飲まずに過ごすには余興も必要だ。
先ほど、地を出すね」と言い、この砕けた口調・態度となった。
驚いたが悪くない。
そればかりか
「好ましい」。
儂の周りは固い奴ばかりじゃ。
ぴんっと張りつめていることは儂の性に合っている為、ずっとその様に生きてきた。周りの者もそれに合わせていたのであろう。
少しはこのような時を過ごすのも良きもの。
今宵はお互いに腹を割って話そうと取り決めたのでなおさらだ。
「もう断酒し始めて2か月? 凄いね。並みの男じゃできないよ~。大分毎日飲んでいたんでしょ? 急にやめるのは辛いよね。御山のとあるお坊さんが断酒しようとして「1日5合まで」とか言っちゃって失敗したとか、しないとか」
儂はやると言ったら必ずやる。
それが漢ぞ、と答えておいた。
「で、政賢殿は此度の上洛、帝と将軍家に拝謁されるのか?」
当たり前のことかと思うが、この政賢という男。関東管領である上杉憲当を上野国から放逐した男だ。まあ、関東管領を敗死させた父親を持つ儂が言えた義理ではないが。
このような機会を得て拝謁をしないとなど常識では考えられぬが、まさかと思いながらも聞いてみた。
「帝にはもういっぱいお世話になっちゃっていますから、御簾越しにではなく、手を取ってぶんぶん両手でしぇいくはんどして抱き着きたい気分♪
無理だけど。あはっ」
時たま、儂には分らぬ言葉を使うが、政賢殿が先に断っていた為、驚かないが並みの者では相当引くであろう。
「あとは……、将軍家ねぇ。実のところまだ決めてないんだ。景虎ちゃんに会ってから決めようと思って」
儂に?
儂の応対如何で拝謁を決めるとは、なんと不敬な。今にも席を立ち場合によっては斬って捨てようという気を放った。
儂の鋭い気を当てられたがそれを何とも思わずこの男はこう言いおった。
「景虎ちゃんは足利の世が、幕府が未来永劫続くと思っているの?」
何を言うておる?
続くとは思わぬが、今消え失せるとも思えぬ。
「知っていると思うけど、先の鎌倉殿の幕府は250年と持ちませんでした。足利尊氏公の開いた幕府は既に240年。北条の執権政治の最後はご存じの通り、ぐだぐだだったよね。
今の足利の世もぐだぐだ。もし建て直すとしたらの大変だよ。唐国の歴史でも大体250年もすると一つの王朝が終わりを告げているね。
この流れに誰が逆らえるのかな?」
儂もいつかは、幕府は廃れると思うておる。
が、今は使えよう。
皆が敬っているうちは権威として使える。だから儂もそれを敬い、世を味方に付けて大義名分を手に入れる。
「わかっておる。
が、世の殆どの者が認識しておらぬであろう。
だからまだ潰れぬ」
「じゃあ、もしもだよ。その認識が一般的になったらどうよ?
もう、すぐにぐしゃって潰れそうなんだけど」
そううまく潰れはすまい。必要とするものが居る。
儂もその一人じゃ。関東管領の職が要る。
「今はそう思えないと思うけど、鎌倉殿(源頼朝)の富士川、義仲公の倶利伽羅峠の戦い。尊氏公の湊川の戦。一つの戦いが一気に世を動かしますよね。
後世の歴史家は、足利の世も【ある一つの戦い】から終わりへの坂を転げ落ちていったと、言うのでしょうね」
まさか、その戦いが昨年の桃ノ木川の戦いだというのか?
……確かにあの戦で一気に大胡はこの戦の世で有力な大大名として注目されるようになった。
だが、周りの武田・今川・里見、それの儂の長尾。
多くの大名に囲まれているではないか?
とてもではないが、まだ峠を越えたと言い張ることなどできまい。
愚かな。
「いやいや。まだだよ、まだ。
北条という大勢力が消え去ったことで、誰かが損をし、得をする。ここが思案の為所よん。
均衡が崩れた。
さあ、景虎にゃんは一人でいる?
それとも誰かと手を組む?
どんな権威と結びつく?」
機会は誰にでもあるということか。政賢殿はそれが自分だとは言っていないか。
だから、儂と手を組むかと聞いておるのか?
「ここへ来る前にさ。清水峠越えてきたんだよね。あそこ越えるの大変だなぁと。
そこで長尾家の身になって考えてみました。何処へ広がっていくのが効率的なのか。国衆を食わせるには領地広げないとね。だから豊かな土地が欲しいだろうって。
そうなると上野攻めちゃうなって」
そうなろうな。
だから今、上杉憲当殿の進退伺を京の将軍家に出している。それと共に関東管領職を儂に譲らせようかとも。それを以って関東に討って出る。
今の方針はこれじゃが、このことを察知していると見える。
「信濃への大義名分はもうあるよね。村上を始めとした国衆の本貫地奪還。
そして帝の綸旨。
しかし信濃は肥えていないし武田の晴信くんが意外としぶとい」
そう、あいつはしぶとい。
踏み込むと逃げる。
こちらが隙を見せると突いてくる。
これの繰り返しだ。
「そして陸奥国に出てもやはり肥えていない割にしぶとい。最上とか伊達とか、なんか戦いたくない奴らばっかだし。
だからきっと一番攻めやすいのは越中だと思うんだ。越後と同じくらいお米取れそうだし、有力な大名いないし」
「だから儂に越中への侵攻を勧めているのか?
それは越後長尾家と越中一向宗との対立を踏まえての発言か?
確かに大胡殿は手強かろう。じゃがそれだけ上野国は肥えておる。晴信殿と里見殿と手を組み、周りから一気に攻めるという手もあろう」
政賢殿は、うへぇと言いながら仰け反り、両手を前へ伸ばし掌をこちらへ向け押しやるようなしぐさをした。
「それ困っちゃうなぁ。
だったら僕も必死になって外交しちゃうよ。その3人のうちだれか1人を引き込みます! 里見ちゃんかな?
それとも逆に晴信にゃんと手を組んで越後攻めちゃうかもね」
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まあこれも「悪くない」。
そればかりか「心地よい」。
「そしてちょっとこみ入った話になるけど……
堺から手が伸びてない?
大胡をやっつけちゃえとか。
武田と手を組めとか。
その前渡しで何かを送られたとか。
例えば鉄砲」
なんと。
既に納屋から鉄砲500丁の納入したことを掴んでいるか。あれだけ秘密裏に事を運んでいたが、相当大胡の草は優秀と見える。
武田にも600丁を超す鉄砲とその訓練に必要な煙硝が援助されているとの情報が軒猿から入っている。
どうやら大胡と堺は相容れぬようじゃな。
堺は大胡を本気で潰しに掛かっている?
「氏康くんの首上げるのに、こっちも必死だったので禁じ手に近いことやっちゃって、皆様にご迷惑をおかけしました。越後にも大変な迷惑を掛けちゃったんです。
直接的な指示は出してないんだけどね。結局僕がやったと同じ事になっちゃいました。
ごめんなさい。
それから越中のことはちょっと当てがあるんだ。きっと欲しがっている関東管領職も。これから京へ上って、外交してくるからその結果を見てまた考えてよ」
政賢殿の言っていることは、堺の納屋から伝えられた「多くの大名が損害を被った貸付け書」は、東国の商人の組合が作ったというものだろう。
その背後には大胡政賢がいるという。
やはり真実であったか。
「頭をお上げなされ。儂は怒ってなどおらぬ故。どのような謀もこの戦の世では当たり前。先ほど其方が申しておった、常在戦場という言葉。感心いたした。
全てが戦場であると。だから今回は皆が負け申した。
……で、
儂には救いの手を差し伸べておったのか?
それを見越しての外交か。蔵田屋の負債肩代わりは、お主の差し金か?」
あの騒ぎの後、1か月経って上野国が平穏に戻った際、蔵田屋が長尾家の負債をすべて肩代わりをすると言ってきた。
御用商人としてのケジメをつけると義を通した。
流石は東国一の豪商、と思うておったが、これは大胡の長尾への足止めが終わったからなのか?
それならば納得がいく。
が、助けの手などは好かぬ。
「そういうわけではないんですよ。これ戦だから。でも蔵田屋さんが御用商人として義理が立たないと言っててね。
真面目だな~、あの人。
僕も本来ならば、敵対する意思のない勢力には迷惑の掛からない手段を取りたかったんだけどね。先の禁じ手は方法的に無理だったんです。勝手に皆に売っちゃう人がいるから統制は取れないんですよ。だから負債を返せる仕組みだけは作っておきました! それを使っての返済だと思う」
結局、銭で武田と長尾の足を止めたか。ついでに武田には巨額の負債を抱えさせた。
なんという強かさ。
商人顔負けじゃな。
そうか、だから堺が敵に回ったのか。
自分の鎬を侵されると思ったか。
「だから今、東国の商人と西国の商人が戦いを始めたんですよ。
長尾家の御用商人、蔵田屋さんは勿論東国側。東国商人の本拠は厩橋と大胡、これからは多分、那和か和田になると思います。
そことの戦いに巻き込まれるのが今後の東国大名なんですよ。だから越後長尾の動き次第で、大胡は将軍家に会ってその支持を受けるか、無視してその背後にいる商人と敵対するかを決めないと」
訳が分からぬ。
将軍家の後ろに商人?
「足利将軍家、というよりも細川管領家は堺の商人と持ちつ持たれつ。そのどちらかがいなくなれば共倒れなんですよね。
将軍家に拝謁することは細川管領家に膝を屈し、ひいては堺の商人の影響下に置かれるのと同義。
これらを一人で相手にするのはきついんです。
で、当面、軍事でぶつかる相手を減らさないといけない。
堺の狙いは長尾と武田に手を結ばせ、大胡を攻めさせることなんじゃないかな、
っと」
納屋がまさにそれを言うてきた。
同盟の斡旋までするとか。
あの晴信と手を結ぶのか、と、いやいや聞いていたが、そういう裏があったのか。
裏に細川管領家や本願寺がいたと。儂も関東管領として東国を支配しようとしていたが、管領家や本願寺の思惑と一致していたのか。
大胡を叩くと。
儂は三好と将軍家のことしか見ておらなんだ。
では……
「関東取って、何が目的?
その後は?
何のために生きるの?
それを聞きに来ました。
それが一致すれば、手を結べるんじゃあないかと思ったんだけど、どう?」
「政賢殿の目的は何じゃ?
何処へ向かう?
それを伺ってからお答えいたす」
自分の目が座っている事を自覚した。
命のやり取りだ。
悪くない。
「僕はね。
この日ノ本を一つの纏まり、国にします。そして帝の下、全ての人々が平等、幸せを享受できる体制を作ります。それができない今の体制をぶっ壊します。
それを妨げるものも同じ。
消えてもらう。
これが僕の通る修羅の道です!」
はわわ、言っちゃったぁ、などと言っているようだが儂の耳を素通りしていた。
こいつは、夢のようというか……
誰も考えないことを考える奴だ。
天智帝が開かれた律令の世とも違う。
ましてや藤原の世とも違う。
すべての者、という中には、現在の公家・武士・商人などの権勢を誇る者共も入るであろう。
つまり全ての権威の否定か?
いや、多分、その意思に賛同するものは生き残るのであろう。
蔵田屋はそれに賭けたか、儂ではなく。
「儂がそれを否定すれば、儂もぶっ潰すのであるな。
それは愉快。お相手致そうか」
「それ本気!!??」
儂は、ふふふと笑った。
面白いな。
此奴と話すのは痛快至極。
すぐに殺すのは惜しい。
「まだ儂の生き様を言うておらなんだ。
儂はな……」
ごくりと唾を飲む目の前の身の丈5尺1寸足らずの小柄な男に言い放った。
「毘沙門天の名に誓い、すべての不義に鉄槌を!!
これが儂の生き様よ」
それ言うかぁ~、
と、呆れ顔の男に儂は大げさににやりと笑い顔を向け言葉をつづけた。
「承知した。仔細承った。
たった今、儂を謀り操ろうとする、そして誰を助けるためでなく責任を取る領地もなく、銭のためだけに裏から天下を操ろうとする堺の商人を不義と見た。
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彼は類い稀なる知力と予知能力を持つと言われるほどの先見性から、“知将マティアス”や“千里眼のマティアス”と呼ばれることになる。
彼は大陸最強の軍事国家ゾルダート帝国や狂信的な宗教国家レヒト法国の侵略に対し、優柔不断な国王や獅子身中の虫である大貴族の有形無形の妨害にあいながらも、旧態依然とした王国軍の近代化を図りつつ、敵国に対して謀略を仕掛け、危機的な状況を回避する。
しかし、宿敵である帝国には軍事と政治の天才が生まれ、更に謎の暗殺者集団“夜(ナハト)”や目的のためなら手段を選ばぬ魔導師集団“真理の探究者”など一筋縄ではいかぬ敵たちが次々と現れる。
そんな敵たちとの死闘に際しても、絶対の自信の表れとも言える余裕の笑みを浮かべながら策を献じたことから、“微笑みの軍師”とも呼ばれていた。
しかし、マティアスは日本での記憶を持った一般人に過ぎなかった。彼は情報分析とプレゼンテーション能力こそ、この世界の人間より優れていたものの、軍事に関する知識は小説や映画などから得たレベルのものしか持っていなかった。
更に彼は生まれつき身体が弱く、武術も魔導の才もないというハンディキャップを抱えていた。また、日本で得た知識を使った技術革新も、世界を崩壊させる危険な技術として封じられてしまう。
彼の代名詞である“微笑み”も単に苦し紛れの策に対する苦笑に過ぎなかった。
マティアスは愛する家族や仲間を守るため、大賢者とその配下の凄腕間者集団の力を借りつつ、優秀な友人たちと力を合わせて強大な敵と戦うことを決意する。
彼は情報の重要性を誰よりも重視し、巧みに情報を利用した謀略で敵を混乱させ、更に戦場では敵の意表を突く戦術を駆使して勝利に貢献していく……。
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あらすじにある通り、主人公にあるのは日本で得た中途半端な知識のみで、チートに類する卓越した能力はありません。基本的には政略・謀略・軍略といったシリアスな話が主となる予定で、恋愛要素は少なめ、ハーレム要素はもちろんありません。前半は裏方に徹して情報収集や情報操作を行うため、主人公が出てくる戦闘シーンはほとんどありません。
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小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも掲載しております。
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