首取り物語~北条・武田・上杉の草刈り場でざまぁする~リアルな戦場好き必見!

👼天のまにまに

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第14章:後始末

金融戦争の敗者

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 1554年1月中旬
 甲斐国躑躅ケ崎館
 武田晴信
(政賢の策略で髭を毟られた甲斐の虎)


「誠に畏れ多いのですが、〆て98691貫文となりまする」

 御用商人の坂田屋が、畳に額を擦り付けるような土下座をしている。
 普段は商人との取引など、勘定方にすべて任せておるが、事があまりにも重大だとして儂に裁量を願い出てきた。

 そのため、出兵の銭と兵糧が不足すると言われ、早々に上野を後にせねばならなくなった。

「なぜそのような多額の銭を払わねばならぬ。報告では10000貫文を年利20割にてその方に預け、1年後にはその30000貫文を戻すという約定だったはずであろう?」

「はい。左様でござりまする。しかしながら勘定奉行様に詳しい証文をお渡しする際にご説明させていただきました通り、年利が良いことには危険性を含んでおりました」

「どのような危険じゃ」

「この証文は有力なお大名様や身代の大きな豪商への貸付けを束ねたものでございまする。
 有力なお大名様がそう易々と滅ぼされることはないと皆様が信じてくださり、この証文が行き渡ったのでございまする。
 しかし、とあるお大名様の信用が落ちてしまい……」

 それは北条と儂の武田のことか。北条は確かに返せぬであろうな。今回の出兵で膨大な借銭をしたという。その証文が儂の所に知らない内に回ってきていたのか。

「そのような証文、知らぬ存ぜぬと言えば?」

「商いは信用第一にて。そう致しますと武田様の信用は地に堕ちまする。
 今後貸付どころか、米や塩を始めとする全ての商いの御相手が居なくなるかと存じまする」

「大名は皆、徳政令を出すではないか? 
 これも同じであろう」

「はい。ですが、この証文にも書かれておりますように、それを為さるとこの証文に御名前が載っている全ての方々との関係が悪くなるかと存じまする」

 証文の裏書を見ると、そこには30以上の有力大名の花押と豪商の印が記されていた。

 !!!!

 儂の花押もあるではないか!!
 そう言えば低利な利子で借財を行えると聞いた時に、花押を書いた覚えもある……

「貸し付けた10000貫文は返ってくるのであろう?」

「申し上げにくいのですが、その手の証文が全て売りに出されておりまして、それを支払いするために先の数字になりまする。
 よって5倍の利を乗せるための担保である10000貫文は差し押さえとなりまする」

 坂田屋は更に額で畳を凹ませる。

「ええい。誰じゃ。このような訳の分からぬ証文を作った者は!?」

「は。東国証券取引所にてございまする。美濃・尾張以東の商人の組合にて取りまとめましてござりまする。
 今回は誠に大きな損害を被った方が多く、これからはその際の再保険の仕組みというものを作り……
 また、今回のお支払いも取引所の方で半額にさせて頂き……」

 何か言うておるが、もう支払うしかないのであろう。
 たとえ御用商人を坂田屋から納屋などに替えたとしても、物を買うのは納屋を通して東国の物を買うことになろう。

 そうなれば納屋も買い付けできまい。
 商人の世界でも戦が始まっておるのか?

「もうよい。
 支払おう。期限はいつまでじゃ」

「はい。来月の5日にござりまする」

「早すぎるではないか。それに今はそのような多量の銭など無いぞ」

「現在、銭が日ノ本で非常に不足しております。
 そのため一時的に証文や、銭の代わりになる金利のかからない紙幣というものが作られておりまする。これがその現物にて。武田様の今年秋の収穫米への借財証文を、これに替えてお支払いして頂きたく」

 坂田屋は側仕えに紙束を渡し、儂に説明を始めた。

「……その紙を持たれている方は、いつでも鉄と交換させていただくという証文となりまする」

 裏には帝の許しを得ていることが書かれている。

 そして伊勢神宮
 熊野大社
 浅間神社
 赤城神社
 などの捺印がなされている。

「この鉄はどこで替えられるのじゃ?」

「大胡政賢様の領地にて。
 しかし発行と交換には手数料が……」

 これは大胡の物か!!??

 あ奴。
 商人を操り儂を手玉に取っているのか! 

 この仕組みが、儂を撤退させたのか? 
 銭で領地を防衛とか、聞いたこともないわ。

「……そこで今回の損害を穴埋めできるような債権、武田様には小口の約定をまとめたものを、特別にご紹介して年に15割の……」


「要らぬわ!!!!」

 ◇ ◇ ◇ ◇

 1554年1月中旬
 大胡城
 長野政影
(政賢の秘書)


 最近、殿の表情が冴えない。

 皆の前ではいつものように明るく振舞われているが、時々某以外の者を人払いして練炭を足元に入れた「炬燵こたつ」なる物に入り浸り、ぼうっと魂の抜けたような表情で居られることが増えた。

 如何したのかお尋ねしても
「ううん。何ともない」としか言われない。
 仕方がない故、ずっと見守っている。

「……やはりリアルすぎるよな。
 あの人だった物の山。
 あれを自分の号令一下、やっちまったんだから。
 それにサブプライムでどんだけ人苦しめたんだろ? 
 鬼かよ」

 殆ど理解できぬが、どうやらご自分の為されたことを後悔しているらしい。
 あの那波城での砲撃で1000以上の命が散った。
 それを悔やんでいらっしゃるのか?

 だがあれをせねば大胡、いや上野はずっと戦場として蹂躙されよう。
 追い返すだけではならなかったのだ。

 大胡の怖さを見せつけ、北条の武者を完膚なきまで叩きのめし消滅さねばならなかった。

「あいつを追っ払うために必要だったからやったわけだから、僕のわがままでもあったわけだし、申し開きできないよね。
 せめて償いとして……」

 ずっとなにかを仰っているようだが意味を解せなかった。
 ただ一つだけ言えることがある。
 ここではそれだけお伝えしよう。

「殿、 お聞きいただけますでしょうか?」

「ん?
 なになに? 
 政影くん」

「殿は今まで、いつも大胡の家臣・領民、そして上野の民、全ての幸せを願っての行動を成されていたのは、お傍に控えていた某がずっと見ておりました。
 それは誰が何と言おうと変えられぬ事実でございまする。それに私情が入っていたとしてもそれは些細な事。
 結果を御覧なされ。どれだけ大胡の民が笑顔で過ごせているか? この戦乱の世でこの日常。これを誰が作り出したのですか? 
 某はずっと書き留めており申した。
 目に見えぬところで何が起きたのかは知り申さぬ。ですが恐れながら、全ての事をうまく収まる様にできる者がいたら、それは神仏のみ!! それをなさろうとするのは傲慢の誹りを免れませぬ。
 傲慢に成りなされますな。某の知っている政賢様はそのような事と全く無縁の明るい童の様なお方。
 思うように生きてくだされ。某はずっとついて行き申す」

 某の言う言葉を静かに聞いていた殿は、その瞳から大きな涙を零し始めた。

「そうだよね。傲慢だよね。
 うん。
 できないのは当たり前。できて感謝。できたことを誇ろう!!
 ありがとうね、政影くん!」

 そう仰ると急に眠くなったのか、後ろ向きに転がりそのままいびきをかいて眠ってしまわれた。

 ずっと眠らずに悩まれていたのであろう。

 多くの爪痕を残した戦いであったが、殿の心にも大きな爪痕を残していたのだ。
 ゆっくりお休みいただき、傷を癒してくださることを願った。

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