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第14章:後始末
片身無くすと・・・
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1553年12月上旬
上野国大胡城大広間濡れ縁
長野政影
(政賢の世話が命の仕事人)
負傷者の収容と北条方敗残兵への処置を済ませ、(士分は縄を打ち足軽雑兵には水と食料を持たせて解放)手が回らなかった部分は和田殿と厩橋の叔父上に任せた。
桃ノ木川の畔で包囲された北条の武者は殆ど全て、討ち果たすか捕らえた。
危機はあったものの、殿が一番の目標とされた「北条方武者の一掃」は完全に果たされたのだ。
ただ惜しむらくは、北条長綱を取り逃がしたらしいことが確認されている。
厩橋の城は北条の兵500が詰めていたが、厩橋勢500と那波から急行軍してきた真田殿の1500にて包囲している所へ、槍の穂先に氏康の首を刺した兵が来るのを見て開城した。
本陣には宿老の大道寺と共に、影武者らしき者が枕を並べて自刃していた。
上泉の守備隊が上げた首級と、どちらが本物かはどうでもよい。
「これがそうだ」と言えばそうなる、
と、殿は仰った。
これから素ッ破が総出で坂東一帯に北条氏康討死、北条軍壊滅といった流言を流すのであろう。
夜になり大胡城に帰った皆は酒に突撃していったが、いつも決まって一番槍をつける勇者の姿はそこになかった。
宴が終戦を迎え、討ち死にした者がごろごろしている大広間の濡れ縁で、ひっそりと月を見ている殿と後藤殿。
「殿はご存じであったのですな。
官兵衛が慶の生き別れの兄で慶に再会したとき士分にはならず、ずっと見守って行くと。そこで何があったのか慶は語ってくれなかった」
「うん。官兵衛さんは「自分は柄じゃない」と、侍にはならなかった。その方が気楽だと。
でも自分の生きる価値を、妹とその連れ合いであるお仁王さんを支えるということに見出したんだよね」
「なぜ?? 儂のような者にくっついておらんでも、十分実力で働けたであろうに! そうであれば死なずに済んだであろうに!」
「そうだね。でも人間、目立ちたい立身出世したい人だけじゃないみたいだね。人生の意義は自分で決めるものだから。官兵衛さんにとっての人生の意義は、お仁王さんが勇名を轟かせ、お慶さんと子供の所へ笑顔で帰ること。
ただそれだけだったみたい」
お互いに顔を見ず、ぼんやりと月を見つめている。
「儂はどうすればいいんかの? 殿。
今までのように慶に接することができぬ。
戦働きも官兵衛の助けあってのこと。
儂では部隊を率いることは出来ぬ」
「口で言うのは簡単なので気が引けるけど……
お慶さんに今の自分の正直な気持ちを洗いざらい話して、相手にもすべてを言葉にしてもらうのが一番だと思うよ。
後は……」
殿が後藤殿の顔を覗き込み、
ニッコリして仰った。
「あんなに可愛い子ばかりなんだから、あの子たちに囲まれるだけで幸せなんじゃない? それを守るために生きる。
あとは具体的にどうするかは自分で考えるしかないよ。
大丈夫。
お仁王さんは強い人だから。だからみんなが頼りにしてるよ。武士も領民もお慶さんも子供たちも」
「……」
何も言わなくなった後藤殿に、側仕えに持ってこさせた搔い巻きを肩から掛けて、殿はその場から立ち去った。
◇ ◇ ◇ ◇
数日後。
殿が厩橋城で開催された西上野国衆の会合から帰ってきた時、東雲殿が悲鳴にも似た声で殿に泣きついた。
「殿~。あの後藤殿を何とかしてくだされ」
「どしたの? しのっち」
「3日前からずっと某の部屋に籠って、軍学を教えてくれと言って帰らぬのです!
そして……
これを付けたら頭がよくなるのか? と、某の大事な付け髭を奪い、それを付けながら軍学を聞くのです! もういい加減にしてくだされ。
あの髭は、髭は……おかしゅうて涙が……」
「とりま。次はこれちゃんから隊の統率法とかを聞いてもらいましょ~。
やる気の出たことはいいこと!」
今まで全く諦めていた
「頭を使うこと」を始めた後藤殿に、これより先、皆が振り回され続けたのは言うまでもない。
上野国大胡城大広間濡れ縁
長野政影
(政賢の世話が命の仕事人)
負傷者の収容と北条方敗残兵への処置を済ませ、(士分は縄を打ち足軽雑兵には水と食料を持たせて解放)手が回らなかった部分は和田殿と厩橋の叔父上に任せた。
桃ノ木川の畔で包囲された北条の武者は殆ど全て、討ち果たすか捕らえた。
危機はあったものの、殿が一番の目標とされた「北条方武者の一掃」は完全に果たされたのだ。
ただ惜しむらくは、北条長綱を取り逃がしたらしいことが確認されている。
厩橋の城は北条の兵500が詰めていたが、厩橋勢500と那波から急行軍してきた真田殿の1500にて包囲している所へ、槍の穂先に氏康の首を刺した兵が来るのを見て開城した。
本陣には宿老の大道寺と共に、影武者らしき者が枕を並べて自刃していた。
上泉の守備隊が上げた首級と、どちらが本物かはどうでもよい。
「これがそうだ」と言えばそうなる、
と、殿は仰った。
これから素ッ破が総出で坂東一帯に北条氏康討死、北条軍壊滅といった流言を流すのであろう。
夜になり大胡城に帰った皆は酒に突撃していったが、いつも決まって一番槍をつける勇者の姿はそこになかった。
宴が終戦を迎え、討ち死にした者がごろごろしている大広間の濡れ縁で、ひっそりと月を見ている殿と後藤殿。
「殿はご存じであったのですな。
官兵衛が慶の生き別れの兄で慶に再会したとき士分にはならず、ずっと見守って行くと。そこで何があったのか慶は語ってくれなかった」
「うん。官兵衛さんは「自分は柄じゃない」と、侍にはならなかった。その方が気楽だと。
でも自分の生きる価値を、妹とその連れ合いであるお仁王さんを支えるということに見出したんだよね」
「なぜ?? 儂のような者にくっついておらんでも、十分実力で働けたであろうに! そうであれば死なずに済んだであろうに!」
「そうだね。でも人間、目立ちたい立身出世したい人だけじゃないみたいだね。人生の意義は自分で決めるものだから。官兵衛さんにとっての人生の意義は、お仁王さんが勇名を轟かせ、お慶さんと子供の所へ笑顔で帰ること。
ただそれだけだったみたい」
お互いに顔を見ず、ぼんやりと月を見つめている。
「儂はどうすればいいんかの? 殿。
今までのように慶に接することができぬ。
戦働きも官兵衛の助けあってのこと。
儂では部隊を率いることは出来ぬ」
「口で言うのは簡単なので気が引けるけど……
お慶さんに今の自分の正直な気持ちを洗いざらい話して、相手にもすべてを言葉にしてもらうのが一番だと思うよ。
後は……」
殿が後藤殿の顔を覗き込み、
ニッコリして仰った。
「あんなに可愛い子ばかりなんだから、あの子たちに囲まれるだけで幸せなんじゃない? それを守るために生きる。
あとは具体的にどうするかは自分で考えるしかないよ。
大丈夫。
お仁王さんは強い人だから。だからみんなが頼りにしてるよ。武士も領民もお慶さんも子供たちも」
「……」
何も言わなくなった後藤殿に、側仕えに持ってこさせた搔い巻きを肩から掛けて、殿はその場から立ち去った。
◇ ◇ ◇ ◇
数日後。
殿が厩橋城で開催された西上野国衆の会合から帰ってきた時、東雲殿が悲鳴にも似た声で殿に泣きついた。
「殿~。あの後藤殿を何とかしてくだされ」
「どしたの? しのっち」
「3日前からずっと某の部屋に籠って、軍学を教えてくれと言って帰らぬのです!
そして……
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あの髭は、髭は……おかしゅうて涙が……」
「とりま。次はこれちゃんから隊の統率法とかを聞いてもらいましょ~。
やる気の出たことはいいこと!」
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