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第11章:逆転だぁ!
外交という騙し合い
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1552年6月下旬
上野国八斗島の河岸料亭豊受
松田盛秀
(ちょっと抜けてて頼りない北条の外交担当)
ここには2度目じゃな。
前は那波が落ちたときじゃった。
あの時、無理にでも大胡との関係を改善しておれば、綱成殿と地黄八幡は今でも健在であったものを。
大胡や長尾の好きにはさせんでいられたであろう。
今さら言うても詮無きことじゃが、悔やまれるな。
此度は氏康様より『休戦の儀』を何としてでも、もぎ取ってくるように仰せつかった。氏康様は今年3月に嫡男の新九郎氏親様を病で失い、益々傷心しておられる。
ここで関東管領を上野から追い出さねば北条の領国経営が回らぬ。合戦を2~3年休み、領国の仕置に再度専念して民を慰撫せねば北条は瓦解じゃ。
氏康様にもお休みいただかねば。
「やあ、松田殿。再びお会いできるとは光栄でござりまする」
大胡政賢殿が入室された。腰を下ろすや否や口を開く。
「今回は一体、何の御用ですかな?
また某に『だが断る』と言わせていただけるのかな?」
「いやいや。此度は大胡にとっても、我が北条にとっても有益な話でござる。釣り合いの取れた武将同士の交渉とお考えいただきたい」
先の話し合いは、居丈高に臨んだ末の物別れだった。
此度はこちらが窮している。
相手はその間に実力を示した。
むしろこちらが請い願わねばならぬのであるが、それを見透かされる訳には行かぬ。
難しい交渉よ。
北条の外交・調略を担う儂以外に出来る者はおらぬ。
「これはこれは。
まずは先だっての物別れ。いささか大胡殿を勘違いしており申した。お許し願いたい」
まずは下手に出よう。
「ほう。では今回は許していただけぬと」
「逆でござる。今までの仕儀、お互い水に流しましょうぞ。そして同盟、と申せば断られますな。ならば休戦、という事では如何でござるかな?」
「ふむ。その心は?」
「これ以上お互い戦いますれば、疲弊して共倒れは必定。
それぞれの意に反することになり申さぬかな?」
「ほう。某の意とは?」
ここが勝負どころじゃ。
「大胡殿は関東管領殿がお邪魔と見える」
じっと、政賢殿の様子を見据える。
少し、眼が驚いた様に動いた。
これはどうやら当たりのようじゃな。
「邪魔、とは如何なる理由か、お教え願えますかな?」
「されば。前回、関東管領殿の平井ご退転の際、大胡殿は動座先にと申し出なかったそうな。その後、中立とも取れる戦の忌避をされたとのこと」
「それは少々間違うておりますな。某は関東管領殿からの評価が厳しい。某を頼りになさってくれませぬ。
ゆえに白井城の要害の方を頼られたまでのこと。また長野一族までが北条方に行かれましては、こちらも手出しが出来ませぬ。
ただひたすら城に引き籠っており申した次第。ハハハ」
白々しい言い分だが、一応の筋は通っておる。
「その後の長尾殿の越山に際しても、出来得る限りの馳走を致しました。これでも関東管領殿が邪魔だと申されるのか?」
儂は決定的な一言を言う。
「ではこのまま上野を武田と長尾、そして北条の草刈り場にするおつもりか?
それを防ぐ力はもう関東管領家にはござらぬ。誰かが代わって新しく治めねば、全ての国衆豪族がその3勢力によって摺り潰されましょうぞ」
政賢殿は眼を瞑り、黙って聞いていた。
儂が焦れるくらいの長い間があり、眼を開くと共に口が開いた。
「まあ、そだよね~。誰が代わりになるかは分かんないけどね。憲当にはご退場願おうね」
急に砕けた口調になったが、言葉の意味は辛辣であった。
「だから大胡は北条と休戦してあいつを追っ払おう。越後に逃げるかな?
別に北条が始末しても構わないからね~。そうでないと後で怖~い怪獣が来るからね」
始末……暗殺か、討ち取るか。
怪獣とは越後の長尾景虎の事か?
戦の天才とも、毘沙門天の化身とも聞く。
せっかく上野から憲当を追い出しても、長尾が担いで関東にちょっかいを出し続けると。
あり得る。
だが、そうかと言って暗殺は拙い。
直ぐに誰の仕業か漏れるものだ。
いや、大胡のせいにするという事も可能か。
氏康様に報告だな。
「では、北条が西上野を席巻して関東管領家を追い出しても構わぬと。邪魔だて手出しはせぬと、確約していただけると?」
「そだね。でもその後に北から来る龍とは多分戦わないよ、僕」
「本当に来ますかな? 大きな山を越えて毎年攻めて来ねば、上野は支配できますまいに」
「そこは氏康さんの考えることだね。僕は僕の考えがあるから♪」
これはしたり、至極当たり前の事であった。
儂としたことがこの若者の煙に巻かれたか。
外交の知恵者との自負がどこぞへ行ってしもうたの。
これもこの者の手の内か?
気を付けねば。
「では、これにて一時休戦という同意でよろしいかな?」
「はぁ~い。じゃあ期間は来年末まででいいかな?
このくらいがお互い適当なんじゃない?」
今少し、できれば2~3年欲しいところじゃが、今後の情勢がどうなるか分からぬ。特に武田との同盟如何によっては早期に大胡を潰せるやもしれぬ。
儂はその期間で合意をした。
これで大胡の首根っこは押さえた。この密約を密かに漏らせば、大胡の背信が上野の国衆の噂に上ろう。
諸刃の剣ではあるが、今度こそ恫喝してやろうぞ。
上野国八斗島の河岸料亭豊受
松田盛秀
(ちょっと抜けてて頼りない北条の外交担当)
ここには2度目じゃな。
前は那波が落ちたときじゃった。
あの時、無理にでも大胡との関係を改善しておれば、綱成殿と地黄八幡は今でも健在であったものを。
大胡や長尾の好きにはさせんでいられたであろう。
今さら言うても詮無きことじゃが、悔やまれるな。
此度は氏康様より『休戦の儀』を何としてでも、もぎ取ってくるように仰せつかった。氏康様は今年3月に嫡男の新九郎氏親様を病で失い、益々傷心しておられる。
ここで関東管領を上野から追い出さねば北条の領国経営が回らぬ。合戦を2~3年休み、領国の仕置に再度専念して民を慰撫せねば北条は瓦解じゃ。
氏康様にもお休みいただかねば。
「やあ、松田殿。再びお会いできるとは光栄でござりまする」
大胡政賢殿が入室された。腰を下ろすや否や口を開く。
「今回は一体、何の御用ですかな?
また某に『だが断る』と言わせていただけるのかな?」
「いやいや。此度は大胡にとっても、我が北条にとっても有益な話でござる。釣り合いの取れた武将同士の交渉とお考えいただきたい」
先の話し合いは、居丈高に臨んだ末の物別れだった。
此度はこちらが窮している。
相手はその間に実力を示した。
むしろこちらが請い願わねばならぬのであるが、それを見透かされる訳には行かぬ。
難しい交渉よ。
北条の外交・調略を担う儂以外に出来る者はおらぬ。
「これはこれは。
まずは先だっての物別れ。いささか大胡殿を勘違いしており申した。お許し願いたい」
まずは下手に出よう。
「ほう。では今回は許していただけぬと」
「逆でござる。今までの仕儀、お互い水に流しましょうぞ。そして同盟、と申せば断られますな。ならば休戦、という事では如何でござるかな?」
「ふむ。その心は?」
「これ以上お互い戦いますれば、疲弊して共倒れは必定。
それぞれの意に反することになり申さぬかな?」
「ほう。某の意とは?」
ここが勝負どころじゃ。
「大胡殿は関東管領殿がお邪魔と見える」
じっと、政賢殿の様子を見据える。
少し、眼が驚いた様に動いた。
これはどうやら当たりのようじゃな。
「邪魔、とは如何なる理由か、お教え願えますかな?」
「されば。前回、関東管領殿の平井ご退転の際、大胡殿は動座先にと申し出なかったそうな。その後、中立とも取れる戦の忌避をされたとのこと」
「それは少々間違うておりますな。某は関東管領殿からの評価が厳しい。某を頼りになさってくれませぬ。
ゆえに白井城の要害の方を頼られたまでのこと。また長野一族までが北条方に行かれましては、こちらも手出しが出来ませぬ。
ただひたすら城に引き籠っており申した次第。ハハハ」
白々しい言い分だが、一応の筋は通っておる。
「その後の長尾殿の越山に際しても、出来得る限りの馳走を致しました。これでも関東管領殿が邪魔だと申されるのか?」
儂は決定的な一言を言う。
「ではこのまま上野を武田と長尾、そして北条の草刈り場にするおつもりか?
それを防ぐ力はもう関東管領家にはござらぬ。誰かが代わって新しく治めねば、全ての国衆豪族がその3勢力によって摺り潰されましょうぞ」
政賢殿は眼を瞑り、黙って聞いていた。
儂が焦れるくらいの長い間があり、眼を開くと共に口が開いた。
「まあ、そだよね~。誰が代わりになるかは分かんないけどね。憲当にはご退場願おうね」
急に砕けた口調になったが、言葉の意味は辛辣であった。
「だから大胡は北条と休戦してあいつを追っ払おう。越後に逃げるかな?
別に北条が始末しても構わないからね~。そうでないと後で怖~い怪獣が来るからね」
始末……暗殺か、討ち取るか。
怪獣とは越後の長尾景虎の事か?
戦の天才とも、毘沙門天の化身とも聞く。
せっかく上野から憲当を追い出しても、長尾が担いで関東にちょっかいを出し続けると。
あり得る。
だが、そうかと言って暗殺は拙い。
直ぐに誰の仕業か漏れるものだ。
いや、大胡のせいにするという事も可能か。
氏康様に報告だな。
「では、北条が西上野を席巻して関東管領家を追い出しても構わぬと。邪魔だて手出しはせぬと、確約していただけると?」
「そだね。でもその後に北から来る龍とは多分戦わないよ、僕」
「本当に来ますかな? 大きな山を越えて毎年攻めて来ねば、上野は支配できますまいに」
「そこは氏康さんの考えることだね。僕は僕の考えがあるから♪」
これはしたり、至極当たり前の事であった。
儂としたことがこの若者の煙に巻かれたか。
外交の知恵者との自負がどこぞへ行ってしもうたの。
これもこの者の手の内か?
気を付けねば。
「では、これにて一時休戦という同意でよろしいかな?」
「はぁ~い。じゃあ期間は来年末まででいいかな?
このくらいがお互い適当なんじゃない?」
今少し、できれば2~3年欲しいところじゃが、今後の情勢がどうなるか分からぬ。特に武田との同盟如何によっては早期に大胡を潰せるやもしれぬ。
儂はその期間で合意をした。
これで大胡の首根っこは押さえた。この密約を密かに漏らせば、大胡の背信が上野の国衆の噂に上ろう。
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