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第11章:逆転だぁ!
坂東が揺れる
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1551年10月上旬
上総国久留里城
里見義堯(上総安房の太守。野心家で自分本位。守旧派)
1年前に将軍家の仲裁で北条との抗争を一時的に停止した。
それまで10か月にわたり北条との小競り合いが頻発していたが、この発端は上野から来た外交僧が持ってきた話であった。
「古河公方足利晴氏からの支援の要請」
この文が天台宗浅草寺の別当、忠豪上人から届けられた。持参したのは上野国で同じ天台宗の寺の別当をしているという若い僧であった。
名前は智円と申したか。
上人は北条の流れを汲んでいるはずだが、凋落が著しい足利家に対する哀れみからか、古河公方足利晴氏殿に懇願され古河公方への支持支援を厚くするように示唆してきた。
要するに金銭支援してやれ、ということだ。
裏に北条がいるのかもしれんが、古河公方を押さえておけば上総・下総への影響力は増していく。
じゃから、北条への対抗策として支援してやった。
が、これが逆に北条の逆鱗に触れたらしい。
北条は晴氏の後継ぎとして、嫡男藤氏殿を廃嫡した後、小田原で養育している梅千代王丸を押し込もうとしていた。
しかし強気になった古河公方晴氏がこれを断ったのだ。
それを切っ掛けとして、里見家と北条との国衆と豪族への調略とそれを巡っての小競り合いが連続した。
昨年は東国一円を冷夏による大凶作が襲った。
なかでも無理な出兵の続いていた武蔵の国などでは深刻な逃散が起きた。
そのため北条氏康が足利将軍家を動かしての和議となった。
こちらも少なからず疲弊していたので、手打ちにしたが……
それも今年までの事。
3年前、3倍の北条勢を相手に大勝利を得てから勇名を馳せている上野の大胡政賢。この者が先月館林にて由良と佐野とともに、あの北条一の猛将・北条綱成を討ち取った。そしてその軍勢を完膚なきまで叩き潰した。
坂東の情勢が一気に変化した。
北条の権威と強勢が地に落ち、流動化した。今やどの勢力が今後の覇者となるか?
これに焦点があてられるような情勢だ。
しかしそれまでには北条を叩き潰す必要がある。その戦で威信を上げた者に諸国の国衆が挙って押し寄せるであろう。
今は大胡がその競争で先頭を走り始めた。
思えば、あの智円という坊主。
あれも上野から来ていた。
儂も大胡に踊らされていたか?
これは17の若造と見ていると手痛い目にあいそうじゃ。
とにかく、今は北条が弱っておる。ここで仕掛けねば嘘であろう。
儂も策を練り直さねばならぬ。
◇ ◇ ◇ ◇
1551年10月上旬
相模国小田原城
北条氏康(ある意味で危険な獅子)
先ほどまで上野から送り付けられてきた多数の首を改めていた。
胸が苦しい。
その中には綱成の物もあった。
3年前と同じように軍団1つが壊滅したのだ。それも先手衆最強の綱成が手塩にかけて訓練した地黄八幡がだ。
その旗頭とともに半数が消滅した。
ようやっと長綱叔父上と共に儂の別働隊を率いるまでになった綱成を失ったのは、北条にとって計り知れぬ痛手だ。
嫡男氏親に後を継がせた後でも大黒柱になろうと安心していたが、その構想も露と消えた。
思えば、川越の時にも後方を脅かしたのはあの大胡政賢だった。
あ奴は北条にとっての天敵か?
今まで辛酸を舐め必死に築き上げてきた北条の覇権が一気に暗転、坂道を転がり落ちようとしている。
手打ちをしたはずの里見も、これから蠢動してくるじゃろう。
既に水面下で双方の国衆への調略は始まっていた。
今までは色よい返事がもらえておった国衆達も、今月に入り全く情勢が一変した。
あるものは言葉を濁し始め、あるものは小田原に寄こしている質(人質)を返せと言ったり、お家乗っ取りを防ぐため跡目を固めたりしている。
痛いのは折角合意に至った甲相駿による三国同盟。
これが瓦解しようとしている。
武田と今川の嫁取りは、来年早いうちに実現するであろう。
しかし武田の姫を氏親へという話がとん挫し始めた。
武田が渋り始めたのだ。
今川との同盟も一両年中には目途がつくはずであった。
だがこれも向こうから返事が返ってこぬ。
この御時世、落ち目の者からはすぐに逃げていく。
ここは大きく勝たねばならぬ。無理をしてでも積年の願いである山内上杉を討つ。少なくとも上野から追い出す。
早いうちに為さねば。
これ以上まごついていると、こちらの調略が効かなくなるばかりか、国衆の離反が多発する危険だ。
今年中にも兵を発する必要がある。
荒川から利根川の間の武蔵近辺は、深谷本条以外の北条方国衆は動員不可能なまでに武将士分が枯渇した。
世代交代するまでの10年以上は動員できまい。
タガが緩み、民心を慰撫するための士分も江戸衆や相模衆から派遣せねばならぬ体たらくじゃ。
今回は江戸衆と相模衆を総動員するしかあるまい。今川と里見への防備が疎かになるが、この手当も考えねば……
「失礼いたしまする。殿、至急の知らせが入りました」
側使えが文を差し出してきた。
「北武蔵一円24か所にて、大規模な一揆が同時に発生。至急兵を送っていただきたいとの矢の催促にごさいまする」
ここまで来たか?
もう力で抑えるしかない。
もはや慰撫は効かぬ。
拳を握り締め、武蔵とその向こうにある「大胡」を睨もうとしたら、急に目の前が暗くなった。
「殿!お気を確かに!
誰か、医者を呼べ!!
極秘である!」
上総国久留里城
里見義堯(上総安房の太守。野心家で自分本位。守旧派)
1年前に将軍家の仲裁で北条との抗争を一時的に停止した。
それまで10か月にわたり北条との小競り合いが頻発していたが、この発端は上野から来た外交僧が持ってきた話であった。
「古河公方足利晴氏からの支援の要請」
この文が天台宗浅草寺の別当、忠豪上人から届けられた。持参したのは上野国で同じ天台宗の寺の別当をしているという若い僧であった。
名前は智円と申したか。
上人は北条の流れを汲んでいるはずだが、凋落が著しい足利家に対する哀れみからか、古河公方足利晴氏殿に懇願され古河公方への支持支援を厚くするように示唆してきた。
要するに金銭支援してやれ、ということだ。
裏に北条がいるのかもしれんが、古河公方を押さえておけば上総・下総への影響力は増していく。
じゃから、北条への対抗策として支援してやった。
が、これが逆に北条の逆鱗に触れたらしい。
北条は晴氏の後継ぎとして、嫡男藤氏殿を廃嫡した後、小田原で養育している梅千代王丸を押し込もうとしていた。
しかし強気になった古河公方晴氏がこれを断ったのだ。
それを切っ掛けとして、里見家と北条との国衆と豪族への調略とそれを巡っての小競り合いが連続した。
昨年は東国一円を冷夏による大凶作が襲った。
なかでも無理な出兵の続いていた武蔵の国などでは深刻な逃散が起きた。
そのため北条氏康が足利将軍家を動かしての和議となった。
こちらも少なからず疲弊していたので、手打ちにしたが……
それも今年までの事。
3年前、3倍の北条勢を相手に大勝利を得てから勇名を馳せている上野の大胡政賢。この者が先月館林にて由良と佐野とともに、あの北条一の猛将・北条綱成を討ち取った。そしてその軍勢を完膚なきまで叩き潰した。
坂東の情勢が一気に変化した。
北条の権威と強勢が地に落ち、流動化した。今やどの勢力が今後の覇者となるか?
これに焦点があてられるような情勢だ。
しかしそれまでには北条を叩き潰す必要がある。その戦で威信を上げた者に諸国の国衆が挙って押し寄せるであろう。
今は大胡がその競争で先頭を走り始めた。
思えば、あの智円という坊主。
あれも上野から来ていた。
儂も大胡に踊らされていたか?
これは17の若造と見ていると手痛い目にあいそうじゃ。
とにかく、今は北条が弱っておる。ここで仕掛けねば嘘であろう。
儂も策を練り直さねばならぬ。
◇ ◇ ◇ ◇
1551年10月上旬
相模国小田原城
北条氏康(ある意味で危険な獅子)
先ほどまで上野から送り付けられてきた多数の首を改めていた。
胸が苦しい。
その中には綱成の物もあった。
3年前と同じように軍団1つが壊滅したのだ。それも先手衆最強の綱成が手塩にかけて訓練した地黄八幡がだ。
その旗頭とともに半数が消滅した。
ようやっと長綱叔父上と共に儂の別働隊を率いるまでになった綱成を失ったのは、北条にとって計り知れぬ痛手だ。
嫡男氏親に後を継がせた後でも大黒柱になろうと安心していたが、その構想も露と消えた。
思えば、川越の時にも後方を脅かしたのはあの大胡政賢だった。
あ奴は北条にとっての天敵か?
今まで辛酸を舐め必死に築き上げてきた北条の覇権が一気に暗転、坂道を転がり落ちようとしている。
手打ちをしたはずの里見も、これから蠢動してくるじゃろう。
既に水面下で双方の国衆への調略は始まっていた。
今までは色よい返事がもらえておった国衆達も、今月に入り全く情勢が一変した。
あるものは言葉を濁し始め、あるものは小田原に寄こしている質(人質)を返せと言ったり、お家乗っ取りを防ぐため跡目を固めたりしている。
痛いのは折角合意に至った甲相駿による三国同盟。
これが瓦解しようとしている。
武田と今川の嫁取りは、来年早いうちに実現するであろう。
しかし武田の姫を氏親へという話がとん挫し始めた。
武田が渋り始めたのだ。
今川との同盟も一両年中には目途がつくはずであった。
だがこれも向こうから返事が返ってこぬ。
この御時世、落ち目の者からはすぐに逃げていく。
ここは大きく勝たねばならぬ。無理をしてでも積年の願いである山内上杉を討つ。少なくとも上野から追い出す。
早いうちに為さねば。
これ以上まごついていると、こちらの調略が効かなくなるばかりか、国衆の離反が多発する危険だ。
今年中にも兵を発する必要がある。
荒川から利根川の間の武蔵近辺は、深谷本条以外の北条方国衆は動員不可能なまでに武将士分が枯渇した。
世代交代するまでの10年以上は動員できまい。
タガが緩み、民心を慰撫するための士分も江戸衆や相模衆から派遣せねばならぬ体たらくじゃ。
今回は江戸衆と相模衆を総動員するしかあるまい。今川と里見への防備が疎かになるが、この手当も考えねば……
「失礼いたしまする。殿、至急の知らせが入りました」
側使えが文を差し出してきた。
「北武蔵一円24か所にて、大規模な一揆が同時に発生。至急兵を送っていただきたいとの矢の催促にごさいまする」
ここまで来たか?
もう力で抑えるしかない。
もはや慰撫は効かぬ。
拳を握り締め、武蔵とその向こうにある「大胡」を睨もうとしたら、急に目の前が暗くなった。
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