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第9章:調略でジワイジワリと
史実と違うこの兄弟
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1550年4月上旬
信濃国砥石山城
矢沢綱頼(この人も真田一族のスーパー武将なんですねぇ)
「よう来てくれた、兄者。久しいのう」
儂は実兄、真田幸綱殿に挨拶をする。
今は敵味方に近い立ち位置だが、昔から馬が合う。
殿をつけるのも気が引けるが、一応他家。
形式は大事じゃ。
「やはり冬を越してからの越山で良かったわい。今少し早く来たかったんじゃが、命あっての物種じゃ。
しかし、4月でも冷えるの。やっと信州に帰ってきた気がするわ」
真田は海野平での戦で、信濃を追われた。
儂は矢沢の家であったからそのまま村上の世話になったが、兄者は上野の長野業政殿の厄介になっていたと聞く。
その後の話は漏れ伝え聞くところによると、北条の大軍を寡兵にて派手に打ち破った大胡家という国衆に仕官したとか。
あんなに上田を愛してやまぬ兄者が、なぜ上野の国衆ごときに仕官するのじゃ?
今夜は酒を交わしながらじっくりと聞こうか。
◇ ◇ ◇ ◇
「して、村上はどんな様子じゃ?
意気軒高かの?」
兄者が持ってきた酒
(なんとあのくそ高い焼酎じゃった)
を酌み交わしつつ、お互いの近況を聞く。
「ああ、先の志賀城の生き残りがこの砥石城にて詰めている限り、武田はここを落とせんじゃろう。相当の恨みが積もっておる」
「……そうか。
恨みか。
儂も上田を追い出された時は怒り恨んだわ。
しかしの、今はそのような暗い心根から解き放たれたわい」
「なにがあったのじゃ?
……大胡の殿か?」
「そうじゃ。
人生が全く変わったわい。以前は調略などもどす黒い下心を持ってやっておった。
じゃがの大胡の殿に会って考えが変わった。相手の事を誠心誠意、このお方は何を望んで生きておられるのじゃろうか?
そんなことを考え始めたのよ。お主に会うこともそれが目的じゃ」
なんと。
儂を調略する気か?
なんの得がある?
村上の敵・武田は、上野の上杉と敵対して居る。そこを弱らせてなんとする?
「儂はの。望みのない刹那の戦は嫌じゃ。先に明るいものが見れられる戦じゃったら、命も惜しまぬ。
じゃがな、意地と復讐だけで命を粗末にするものを見ると、いたたまれん……と、大胡の殿は申しておった。
儂も同じじゃ。
じゃからこれを持ってきた」
兄者は後ろに置いてあった、一抱えもある包みを前に出した。
「これはの。上野に逃げ延びた志賀城の生き残りからの手紙じゃ。
100通余りある。
できるなら志賀城の生き残りの者に読ませてやってくれい。家族親族を残している者もあろう。その者に今一度考える機会を与えて貰えんじゃろうか。
この通りじゃ」
兄者が儂に向けて深々と頭を下げる。
しかし、儂もこの城を守る足軽大将の一人じゃ。そのような文を預かり読ませることで、士気を下げるわけにはいかぬ。
「多分、今年7月ごろには晴信の健康が回復しよう。
その際、真っ先に攻略対象になるのがここ砥石城であろう。その戦のあとでも構わぬ。もし家族一族一緒に安寧に暮らしたいものがあったのなら、上野で歓待しようと殿の仰せじゃ。
土地も只、年貢は4割じゃ賦役も少ない。そして戦に出る必要はない。極楽よ」
そのような事信じられぬが、もし真実であったとしてもそれがいつまで続くのか?
信州上州辺りは、周りの強者に良いように翻弄される運命にある。
それを問いただした。
すると兄者はこういった。
「大胡の殿はいずれ上野を支配、そして天下を平らげるであろう」
と。
儂は何も口を挟まず酒を飲むだけであった。
兄者をここまで心酔させる者はいったいどのような男であるか、少しばかり興味が出た。
「おおそうじゃ、その焼酎はの。殿御自ら開発、製造したものじゃ。その肴、香ばしい干し肉も乳を固めたものもすべてお手製じゃ。お主に持って行けと言って三日ほど殆ど寝ずに作っておった。
そんなお方じゃ」
……もし今年、戦が起こりここを守り切ったなら、儂も会ってみようかの。
その御仁に。
少し興味が沸いてきた。
酒のせいで良い気分になったせいもあるかもしれんが。
信濃国砥石山城
矢沢綱頼(この人も真田一族のスーパー武将なんですねぇ)
「よう来てくれた、兄者。久しいのう」
儂は実兄、真田幸綱殿に挨拶をする。
今は敵味方に近い立ち位置だが、昔から馬が合う。
殿をつけるのも気が引けるが、一応他家。
形式は大事じゃ。
「やはり冬を越してからの越山で良かったわい。今少し早く来たかったんじゃが、命あっての物種じゃ。
しかし、4月でも冷えるの。やっと信州に帰ってきた気がするわ」
真田は海野平での戦で、信濃を追われた。
儂は矢沢の家であったからそのまま村上の世話になったが、兄者は上野の長野業政殿の厄介になっていたと聞く。
その後の話は漏れ伝え聞くところによると、北条の大軍を寡兵にて派手に打ち破った大胡家という国衆に仕官したとか。
あんなに上田を愛してやまぬ兄者が、なぜ上野の国衆ごときに仕官するのじゃ?
今夜は酒を交わしながらじっくりと聞こうか。
◇ ◇ ◇ ◇
「して、村上はどんな様子じゃ?
意気軒高かの?」
兄者が持ってきた酒
(なんとあのくそ高い焼酎じゃった)
を酌み交わしつつ、お互いの近況を聞く。
「ああ、先の志賀城の生き残りがこの砥石城にて詰めている限り、武田はここを落とせんじゃろう。相当の恨みが積もっておる」
「……そうか。
恨みか。
儂も上田を追い出された時は怒り恨んだわ。
しかしの、今はそのような暗い心根から解き放たれたわい」
「なにがあったのじゃ?
……大胡の殿か?」
「そうじゃ。
人生が全く変わったわい。以前は調略などもどす黒い下心を持ってやっておった。
じゃがの大胡の殿に会って考えが変わった。相手の事を誠心誠意、このお方は何を望んで生きておられるのじゃろうか?
そんなことを考え始めたのよ。お主に会うこともそれが目的じゃ」
なんと。
儂を調略する気か?
なんの得がある?
村上の敵・武田は、上野の上杉と敵対して居る。そこを弱らせてなんとする?
「儂はの。望みのない刹那の戦は嫌じゃ。先に明るいものが見れられる戦じゃったら、命も惜しまぬ。
じゃがな、意地と復讐だけで命を粗末にするものを見ると、いたたまれん……と、大胡の殿は申しておった。
儂も同じじゃ。
じゃからこれを持ってきた」
兄者は後ろに置いてあった、一抱えもある包みを前に出した。
「これはの。上野に逃げ延びた志賀城の生き残りからの手紙じゃ。
100通余りある。
できるなら志賀城の生き残りの者に読ませてやってくれい。家族親族を残している者もあろう。その者に今一度考える機会を与えて貰えんじゃろうか。
この通りじゃ」
兄者が儂に向けて深々と頭を下げる。
しかし、儂もこの城を守る足軽大将の一人じゃ。そのような文を預かり読ませることで、士気を下げるわけにはいかぬ。
「多分、今年7月ごろには晴信の健康が回復しよう。
その際、真っ先に攻略対象になるのがここ砥石城であろう。その戦のあとでも構わぬ。もし家族一族一緒に安寧に暮らしたいものがあったのなら、上野で歓待しようと殿の仰せじゃ。
土地も只、年貢は4割じゃ賦役も少ない。そして戦に出る必要はない。極楽よ」
そのような事信じられぬが、もし真実であったとしてもそれがいつまで続くのか?
信州上州辺りは、周りの強者に良いように翻弄される運命にある。
それを問いただした。
すると兄者はこういった。
「大胡の殿はいずれ上野を支配、そして天下を平らげるであろう」
と。
儂は何も口を挟まず酒を飲むだけであった。
兄者をここまで心酔させる者はいったいどのような男であるか、少しばかり興味が出た。
「おおそうじゃ、その焼酎はの。殿御自ら開発、製造したものじゃ。その肴、香ばしい干し肉も乳を固めたものもすべてお手製じゃ。お主に持って行けと言って三日ほど殆ど寝ずに作っておった。
そんなお方じゃ」
……もし今年、戦が起こりここを守り切ったなら、儂も会ってみようかの。
その御仁に。
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