47 / 339
第6章:陰謀するよ
不運を人のせいにしちゃあいけないよ
しおりを挟む
1547年12月中旬
上野国那波郡那波城
(現伊勢崎市南部名和小学校付近)
那波宗俊
(正史では国衆ながら筋を通した人なのでは? この作品では根暗な僻み屋)
目の前の囲炉裏に掛けている鍋から、味噌の良い匂いが流れてくる。娘が買うてきた鯉を煮て鯉こくを作っている。
「はい。できましたよ。お父様」
娘の幸が汁の入った椀を、箸とともに渡してきた。
一口啜る。
旨い。
冬の鯉は脂がのっていて腹に貯まる。身体も温まってきた。
「旨いの。どこの鯉じゃ?」
「朝、華蔵寺の方から来る魚屋から買いました。
ため池で蚕の蛹を餌に肥え太らせているそう……」
途端に飯が不味くなる。
あの大胡だ。
6年前の小柴長光の裏切りによって起きた金山崩れ。あれで儂ら那波氏は大損害を受けた。
なんとか難を逃れたが、その後横瀬に赤石城を取られそうになり城を焼き払って逃げた。城は廃城とされたが、未だ城跡の東は横瀬に支配されている。
儂は那波城に閉塞させられ、それまであった2万石以上の領地も1万8千石に減った。家臣を養うために年貢を6割にしたら逃散が起こり、どうやら大胡に逃げ込んだらしい。
聞くところによると討ち死にした大胡行茂・修茂親子の後を襲い、厩橋長野が一族から幼い童を押し込んだ。
その後あれよあれよという間に大胡が発展していき、年貢も4割と信じられぬ程軽くなった大胡へと那波の領民が逃げ込んだようだ。
管領殿にも後押しされて、まさに儂と正反対じゃ。
川越の戦は上野勢が大敗した。
じゃが大胡の松風じゃったな、あ奴は囮にもかかわらず大活躍しその後の松山城防衛にも活躍した。そこでも人気取りか、水米酒を大盤振る舞いして仁将」「名将」ともてはやされている。
川越の戦には出陣が長引き、儂の那波は兵糧が持たず半年もせずに陣を引き払わせていただいた。今では南の八斗島の渡しで取る河関からの収入で生きながらえている。
桃ノ木川を行き来している小舟が大胡の荷を載せ行き交う。それに満載された高価な積荷。これらを襲い略奪する誘惑に抗う毎日じゃ。
このままではじり貧。
儂は今、ある人物を待っている。
今後の那波の運命を左右する話を持ってくるはず。箸をおき、娘に旨かった有難うと言い、居間に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日
那波城応接間
成田泰季
(成田長泰の弟。成田家の軍事を受け持つ。力に頼る傾向がある。野村萬斎の父である!)
松田様に氏康様の下令を伝えられた。
「山内上杉家の家臣団を調略せよ」
何故? と思うた。
儂の本分は戦場での戦働きだ。そのような腹芸ができるわけがない。
そう申し上げたら、お主が適任じゃと言われた。
なぜ故?
再度のその問いに対し、女子じゃ。数珠つなぎをせよ」と。そこまで言われてもようわからん。
すると松田殿がいうた。
「この世は男の家系だけではない。女子の繋がりがあろう。それを手繰れ」
とのこと。
ようやっとわかった。
この話、兄の長泰に行かずに儂に来たという事は、上杉方の小幡と那波と縁戚関係を持っているからか。
それぞれ嫁を送り込んでいる。その二家を起点として調略を掛けよと。小幡と那波にその縁戚で調略させていく。
儂ごときでうまくいくかはわからぬが……
そして今、目の前に義弟にあたる那波宗俊がいる。
「宗俊殿、春は元気かの」
嫁いだ妹の春の消息を尋ねた。宗俊は囲炉裏に小枝を割ってくべながら答えた。
「元気じゃが。儂のほうが元気がない」
下の話かと思うたがそうではないらしい。どうも米銭が足りないようだ。はて。この様子で謀反は難しいか……
「毎年、如何程足りんのかの。少々なら用立てるが」
恩を売る程度では動かぬかの。どうしたらよいか。
「お主は昨年、北条方へ寝返ったはず。なぜ今頃危険を冒してまでここに来る?
調略か?
じゃが儂の領地は上野じゃ。北条の最前線はお主らの忍城と松山城じゃろう?
遠すぎるわ。なかなか寝返えられんわい」
その時、女子の声がした。
「お父様。麦湯をお持ちしました」
中に入ってきたのは、宗俊と春の娘、幸だった。なかなかの美貌を持つ女子に育ったの。
「幸はいくつになった?」
「今年で17になりまする」
「ほう」
幸は麦湯を2杯おいて出て行った。
「これじゃ!」
思わず膝を叩く。儂は今思いついた宗俊に策を伝えた。
本条城の本庄実忠は女子好きじゃ。これに幸を嫁がせる。本領安堵とともに嫁入りを条件で調略する。
深谷の上杉家は弱腰。北条の勢力に挟まれればすぐに音を上げる。これで那波までの通路が完成する。小幡への調略条件も良くなる。
しかし宗俊が乗るかどうかだが……
それを伝えると、北の方をねめつけてからこう言うた。
「任せておけ。その代わり大胡はもらう」
その目に暗い影を落としていることに不安を覚えたが、
「助けがいるなら何でも申せ。直ぐに助け舟を出すぞ」
儂にはこの程度しか声を掛けられなんだ。
上野国那波郡那波城
(現伊勢崎市南部名和小学校付近)
那波宗俊
(正史では国衆ながら筋を通した人なのでは? この作品では根暗な僻み屋)
目の前の囲炉裏に掛けている鍋から、味噌の良い匂いが流れてくる。娘が買うてきた鯉を煮て鯉こくを作っている。
「はい。できましたよ。お父様」
娘の幸が汁の入った椀を、箸とともに渡してきた。
一口啜る。
旨い。
冬の鯉は脂がのっていて腹に貯まる。身体も温まってきた。
「旨いの。どこの鯉じゃ?」
「朝、華蔵寺の方から来る魚屋から買いました。
ため池で蚕の蛹を餌に肥え太らせているそう……」
途端に飯が不味くなる。
あの大胡だ。
6年前の小柴長光の裏切りによって起きた金山崩れ。あれで儂ら那波氏は大損害を受けた。
なんとか難を逃れたが、その後横瀬に赤石城を取られそうになり城を焼き払って逃げた。城は廃城とされたが、未だ城跡の東は横瀬に支配されている。
儂は那波城に閉塞させられ、それまであった2万石以上の領地も1万8千石に減った。家臣を養うために年貢を6割にしたら逃散が起こり、どうやら大胡に逃げ込んだらしい。
聞くところによると討ち死にした大胡行茂・修茂親子の後を襲い、厩橋長野が一族から幼い童を押し込んだ。
その後あれよあれよという間に大胡が発展していき、年貢も4割と信じられぬ程軽くなった大胡へと那波の領民が逃げ込んだようだ。
管領殿にも後押しされて、まさに儂と正反対じゃ。
川越の戦は上野勢が大敗した。
じゃが大胡の松風じゃったな、あ奴は囮にもかかわらず大活躍しその後の松山城防衛にも活躍した。そこでも人気取りか、水米酒を大盤振る舞いして仁将」「名将」ともてはやされている。
川越の戦には出陣が長引き、儂の那波は兵糧が持たず半年もせずに陣を引き払わせていただいた。今では南の八斗島の渡しで取る河関からの収入で生きながらえている。
桃ノ木川を行き来している小舟が大胡の荷を載せ行き交う。それに満載された高価な積荷。これらを襲い略奪する誘惑に抗う毎日じゃ。
このままではじり貧。
儂は今、ある人物を待っている。
今後の那波の運命を左右する話を持ってくるはず。箸をおき、娘に旨かった有難うと言い、居間に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日
那波城応接間
成田泰季
(成田長泰の弟。成田家の軍事を受け持つ。力に頼る傾向がある。野村萬斎の父である!)
松田様に氏康様の下令を伝えられた。
「山内上杉家の家臣団を調略せよ」
何故? と思うた。
儂の本分は戦場での戦働きだ。そのような腹芸ができるわけがない。
そう申し上げたら、お主が適任じゃと言われた。
なぜ故?
再度のその問いに対し、女子じゃ。数珠つなぎをせよ」と。そこまで言われてもようわからん。
すると松田殿がいうた。
「この世は男の家系だけではない。女子の繋がりがあろう。それを手繰れ」
とのこと。
ようやっとわかった。
この話、兄の長泰に行かずに儂に来たという事は、上杉方の小幡と那波と縁戚関係を持っているからか。
それぞれ嫁を送り込んでいる。その二家を起点として調略を掛けよと。小幡と那波にその縁戚で調略させていく。
儂ごときでうまくいくかはわからぬが……
そして今、目の前に義弟にあたる那波宗俊がいる。
「宗俊殿、春は元気かの」
嫁いだ妹の春の消息を尋ねた。宗俊は囲炉裏に小枝を割ってくべながら答えた。
「元気じゃが。儂のほうが元気がない」
下の話かと思うたがそうではないらしい。どうも米銭が足りないようだ。はて。この様子で謀反は難しいか……
「毎年、如何程足りんのかの。少々なら用立てるが」
恩を売る程度では動かぬかの。どうしたらよいか。
「お主は昨年、北条方へ寝返ったはず。なぜ今頃危険を冒してまでここに来る?
調略か?
じゃが儂の領地は上野じゃ。北条の最前線はお主らの忍城と松山城じゃろう?
遠すぎるわ。なかなか寝返えられんわい」
その時、女子の声がした。
「お父様。麦湯をお持ちしました」
中に入ってきたのは、宗俊と春の娘、幸だった。なかなかの美貌を持つ女子に育ったの。
「幸はいくつになった?」
「今年で17になりまする」
「ほう」
幸は麦湯を2杯おいて出て行った。
「これじゃ!」
思わず膝を叩く。儂は今思いついた宗俊に策を伝えた。
本条城の本庄実忠は女子好きじゃ。これに幸を嫁がせる。本領安堵とともに嫁入りを条件で調略する。
深谷の上杉家は弱腰。北条の勢力に挟まれればすぐに音を上げる。これで那波までの通路が完成する。小幡への調略条件も良くなる。
しかし宗俊が乗るかどうかだが……
それを伝えると、北の方をねめつけてからこう言うた。
「任せておけ。その代わり大胡はもらう」
その目に暗い影を落としていることに不安を覚えたが、
「助けがいるなら何でも申せ。直ぐに助け舟を出すぞ」
儂にはこの程度しか声を掛けられなんだ。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説

国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版
カバタ山
ファンタジー
信長以前の戦国時代の畿内。
そこでは「両細川の乱」と呼ばれる、細川京兆家を巡る同族の血で血を洗う争いが続いていた。
勝者は細川 氏綱か? それとも三好 長慶か?
いや、本当の勝者は陸の孤島とも言われる土佐国安芸の地に生を受けた現代からの転生者であった。
史実通りならば土佐の出来人、長宗我部 元親に踏み台とされる武将「安芸 国虎」。
運命に立ち向かわんと足掻いた結果、土佐は勿論西日本を席巻する勢力へと成り上がる。
もう一人の転生者、安田 親信がその偉業を裏から支えていた。
明日にも楽隠居をしたいと借金返済のために商いに精を出す安芸 国虎と、安芸 国虎に天下を取らせたいと暗躍する安田 親信。
結果、多くの人を巻き込み、人生を狂わせ、後へは引けない所へ引き摺られていく。
この話はそんな奇妙なコメディである。
設定はガバガバです。間違って書いている箇所もあるかも知れません。
特に序盤は有名武将は登場しません。
不定期更新。合間に書く作品なので更新は遅いです。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

グライフトゥルム戦記~微笑みの軍師マティアスの救国戦略~
愛山雄町
ファンタジー
エンデラント大陸最古の王国、グライフトゥルム王国の英雄の一人である、マティアス・フォン・ラウシェンバッハは転生者である。
彼は類い稀なる知力と予知能力を持つと言われるほどの先見性から、“知将マティアス”や“千里眼のマティアス”と呼ばれることになる。
彼は大陸最強の軍事国家ゾルダート帝国や狂信的な宗教国家レヒト法国の侵略に対し、優柔不断な国王や獅子身中の虫である大貴族の有形無形の妨害にあいながらも、旧態依然とした王国軍の近代化を図りつつ、敵国に対して謀略を仕掛け、危機的な状況を回避する。
しかし、宿敵である帝国には軍事と政治の天才が生まれ、更に謎の暗殺者集団“夜(ナハト)”や目的のためなら手段を選ばぬ魔導師集団“真理の探究者”など一筋縄ではいかぬ敵たちが次々と現れる。
そんな敵たちとの死闘に際しても、絶対の自信の表れとも言える余裕の笑みを浮かべながら策を献じたことから、“微笑みの軍師”とも呼ばれていた。
しかし、マティアスは日本での記憶を持った一般人に過ぎなかった。彼は情報分析とプレゼンテーション能力こそ、この世界の人間より優れていたものの、軍事に関する知識は小説や映画などから得たレベルのものしか持っていなかった。
更に彼は生まれつき身体が弱く、武術も魔導の才もないというハンディキャップを抱えていた。また、日本で得た知識を使った技術革新も、世界を崩壊させる危険な技術として封じられてしまう。
彼の代名詞である“微笑み”も単に苦し紛れの策に対する苦笑に過ぎなかった。
マティアスは愛する家族や仲間を守るため、大賢者とその配下の凄腕間者集団の力を借りつつ、優秀な友人たちと力を合わせて強大な敵と戦うことを決意する。
彼は情報の重要性を誰よりも重視し、巧みに情報を利用した謀略で敵を混乱させ、更に戦場では敵の意表を突く戦術を駆使して勝利に貢献していく……。
■■■
あらすじにある通り、主人公にあるのは日本で得た中途半端な知識のみで、チートに類する卓越した能力はありません。基本的には政略・謀略・軍略といったシリアスな話が主となる予定で、恋愛要素は少なめ、ハーレム要素はもちろんありません。前半は裏方に徹して情報収集や情報操作を行うため、主人公が出てくる戦闘シーンはほとんどありません。
■■■
小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも掲載しております。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー
コーヒー微糖派
ファンタジー
勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"
その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。
そんなところに現れた一人の中年男性。
記憶もなく、魔力もゼロ。
自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。
記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。
その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。
◆◆◆
元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。
小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。
※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。
表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。

【完結】サキュバスでもいいの?
月狂 紫乃/月狂 四郎
恋愛
【第18回恋愛小説大賞参加作品】
勇者のもとへハニートラップ要員として送り込まれたサキュバスのメルがイケメン魔王のゾルムディアと勇者アルフォンソ・ツクモの間で揺れる話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる