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第4章:初戦闘だよ~
敵後方で・・・・
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1546年4月20日
武蔵国川越城南方1里(40町=4km)
上泉秀胤
(今日もやっぱり勉強している参謀見習い)
午の刻になった。
評定では南風が吹く前のこの時刻をもって総掛かりと決まった。遂に本陣から法螺貝が響き渡る。
大胡勢、全員が身構える。殿が下馬している長野殿の背中で立ち上がり、右手を横に振り払うようにして合図した。
「これより北条勢後方を横断する。
最大戦速!
雁行陣形にて、
がだるかなる沖に突入する!!」
皆、顔を見合わせ
「なんじゃ?」
「最大千足?」
「そんなものあったかの?」
と一瞬悩んだのち
「「いつもの殿の戯言じゃな!」」と納得。
(ダッテカイセンモヤッテミタカッタンダモン)
小さなつぶやきも合戦の始まる喧騒に消えていく。
いつかは某も「ツッコミ」とやらができるようになれば良いのだが……
「いいもん。では、とりあえずぜんし~ん!」
本隊も深緑色の合羽を着こみ、所々に草を付けた大胡胴と大胡笠を身に着け、長柄を構え背には弩弓2丁という姿で、南方の北条勢右翼へ向け並足で前進する。
北条勢最右翼が目の前1町に迫ってきた。北条勢の先鋒が上杉軍の中陣とぶつかり合うのが見える。
ここからだ。うまくいけ!!
「右手より白煙! 始まりました!!」
物見の者が右手の草むらに火を放ったのだ。
まだ梅雨に入る前の草はところどころに残る枯草とともに、白煙を出して燻すように燃える。猫車という一輪車で油を樽ごと持って行ったから広範囲に燃え広がる。
狼煙に使うシカの糞なども投擲している。
よし、まだ南風が吹いていない。
やや北風だ。
白煙があるうちに方向転換せねば。
「よ~し、みんな~武器を捨てろ~!」
なんだか聞き方を間違えると降伏せよとの命令に聞こえるが、これが重要な行動となるのだ。
長柄を倒し捨て置き、総員左方向に方向転換し大旋回をする。あらかじめその方向を向いたときに魚鱗隊形になるようにしてある。
大胡の家紋「波に千鳥」の幟も打ち捨てられた。
普通の国衆では考えられないことだ。
しかしこれで、我らの姿は北条方から「スッ」と消えたように見えるに違いない。
「左手、敵はおりませぬ!」
物見の1人が必死に駆け戻ってくる。
それを合図に皆、左に大旋回した陣形にて、南方へ向かい駆け足になる。
荒起しの終わった田の凸凹した足場も、毎日走り込み下肢を鍛えた我が軍勢は全力に近い速さで踏破し、正面に広がる草叢に至った。
先頭の兵が鉈を振るい、通路を作りながら前進する。
ここまでくると草の燻ぶった臭いと白煙も届かない。
これからは一瞬でも早く、この敵中から脱出するための徒行軍、約1里40町(4.4km)だ。
「右手。
騎馬10騎程、接近中!
その後ろに弓兵100!」
右手の物見より大声での報告。
予想よりも早い。北条の後備えから差し向けられた一隊だろう。
「殿、いかがなさいまするか?」
殿は普段は決して見せない真剣な表情で前方を見ている。 長野殿の肩においた小さな手に力が入り、爪が食い込む。汗が顎を伝って政影殿の首筋に滴り落ちる。
「重装歩兵を置いてきたのは痛いなぁ」
佐竹殿の輜重隊は入間川の渡しを確保するために置いてきている。足が遅いので仕方のない選択であった。
あの備えがあれば一気に押し通れるのだが……
「殿。某がいるのをお忘れか?」
殿につかず離れす駆けている上泉伊勢守殿だ。
今日は槍は持っていない。
伊勢守殿と弟子たち7名を中心とする抜刀隊18名ならば、飛んでくる矢を叩き切り、その攻撃をものともせず突入して、弓兵100名などは蹴散らせるであろう。
「でもなぁ、切り札をここで消耗させたくないし……」
「手札は必要な時に切るべきかと。今がその時では?」
伊勢守殿もいつもより強腰だ。きっと、金山崩れを思い出しているのだろう。
「ここで切るか!
伊勢ちゃん、抜刀隊用意。
右翼是政隊、弩弓用意。
騎馬へ3連射後敵陣突破。
ほかの者はこのまま駆け抜ける!!」
慌ただしく準備を終えた我が方の2町先、北条方の弓兵も弓弦を鳴らし準備を整え終わる。
弓兵には狙い撃ちはできない距離だ。敵は弓なりの射撃となる。精度は低い。
10名の兵が、弩弓だけ体のあちこち括り付けて運搬してきた40丁も含め各自3丁の弩弓を並べる。
突進してくる騎馬に対し、弩弓から一人に付き3本計120本の矢が向かう。
征矢は鋼の鏃を使用したらしく、馬を射た矢はほとんどの騎馬武者を落馬させた。
穢しと言われても、弱者は泥水を啜ってでも生きのびるのだ。
その陰に隠れ、急速に敵陣に接近する伊勢守殿の抜刀隊。その後を追って50名の是政隊。敵の弓兵は抜刀隊を優先に狙っている。
しかし、5間までは殆どの矢を切って捨てる抜刀隊。怯む敵兵に、さらに追い打ちがかかる。
殿からの号令。
「鬨の声じゃ~~~~!!」
それを合図に170名の大胡勢、全員の鬨の声。
それとともに迫りくる総員70名以上の徒兵に肉薄され、弓兵は潰走した。
「いせちゃ~~~ん! 損害は!!??」
「1名、腕に矢。かすり傷!」
瞬時に応答する2人。
目の前には、もう遮る敵はいないようだ。
あと30町ばかりで入間川河畔に到達するだろう。
「たねちゃん。大声も武器になるでしょ~~~♪」
走り征く政影殿の背に乗って胸を逸らし、左手を上に挙げうれしそうな笑顔満開、大声で某に話しかける殿。
確かに。
言葉合戦とはこのことか。敵の士気を粉々にすれば勝てるのだな。
また一つ参謀としての知恵を身に付けた気がする。
武蔵国川越城南方1里(40町=4km)
上泉秀胤
(今日もやっぱり勉強している参謀見習い)
午の刻になった。
評定では南風が吹く前のこの時刻をもって総掛かりと決まった。遂に本陣から法螺貝が響き渡る。
大胡勢、全員が身構える。殿が下馬している長野殿の背中で立ち上がり、右手を横に振り払うようにして合図した。
「これより北条勢後方を横断する。
最大戦速!
雁行陣形にて、
がだるかなる沖に突入する!!」
皆、顔を見合わせ
「なんじゃ?」
「最大千足?」
「そんなものあったかの?」
と一瞬悩んだのち
「「いつもの殿の戯言じゃな!」」と納得。
(ダッテカイセンモヤッテミタカッタンダモン)
小さなつぶやきも合戦の始まる喧騒に消えていく。
いつかは某も「ツッコミ」とやらができるようになれば良いのだが……
「いいもん。では、とりあえずぜんし~ん!」
本隊も深緑色の合羽を着こみ、所々に草を付けた大胡胴と大胡笠を身に着け、長柄を構え背には弩弓2丁という姿で、南方の北条勢右翼へ向け並足で前進する。
北条勢最右翼が目の前1町に迫ってきた。北条勢の先鋒が上杉軍の中陣とぶつかり合うのが見える。
ここからだ。うまくいけ!!
「右手より白煙! 始まりました!!」
物見の者が右手の草むらに火を放ったのだ。
まだ梅雨に入る前の草はところどころに残る枯草とともに、白煙を出して燻すように燃える。猫車という一輪車で油を樽ごと持って行ったから広範囲に燃え広がる。
狼煙に使うシカの糞なども投擲している。
よし、まだ南風が吹いていない。
やや北風だ。
白煙があるうちに方向転換せねば。
「よ~し、みんな~武器を捨てろ~!」
なんだか聞き方を間違えると降伏せよとの命令に聞こえるが、これが重要な行動となるのだ。
長柄を倒し捨て置き、総員左方向に方向転換し大旋回をする。あらかじめその方向を向いたときに魚鱗隊形になるようにしてある。
大胡の家紋「波に千鳥」の幟も打ち捨てられた。
普通の国衆では考えられないことだ。
しかしこれで、我らの姿は北条方から「スッ」と消えたように見えるに違いない。
「左手、敵はおりませぬ!」
物見の1人が必死に駆け戻ってくる。
それを合図に皆、左に大旋回した陣形にて、南方へ向かい駆け足になる。
荒起しの終わった田の凸凹した足場も、毎日走り込み下肢を鍛えた我が軍勢は全力に近い速さで踏破し、正面に広がる草叢に至った。
先頭の兵が鉈を振るい、通路を作りながら前進する。
ここまでくると草の燻ぶった臭いと白煙も届かない。
これからは一瞬でも早く、この敵中から脱出するための徒行軍、約1里40町(4.4km)だ。
「右手。
騎馬10騎程、接近中!
その後ろに弓兵100!」
右手の物見より大声での報告。
予想よりも早い。北条の後備えから差し向けられた一隊だろう。
「殿、いかがなさいまするか?」
殿は普段は決して見せない真剣な表情で前方を見ている。 長野殿の肩においた小さな手に力が入り、爪が食い込む。汗が顎を伝って政影殿の首筋に滴り落ちる。
「重装歩兵を置いてきたのは痛いなぁ」
佐竹殿の輜重隊は入間川の渡しを確保するために置いてきている。足が遅いので仕方のない選択であった。
あの備えがあれば一気に押し通れるのだが……
「殿。某がいるのをお忘れか?」
殿につかず離れす駆けている上泉伊勢守殿だ。
今日は槍は持っていない。
伊勢守殿と弟子たち7名を中心とする抜刀隊18名ならば、飛んでくる矢を叩き切り、その攻撃をものともせず突入して、弓兵100名などは蹴散らせるであろう。
「でもなぁ、切り札をここで消耗させたくないし……」
「手札は必要な時に切るべきかと。今がその時では?」
伊勢守殿もいつもより強腰だ。きっと、金山崩れを思い出しているのだろう。
「ここで切るか!
伊勢ちゃん、抜刀隊用意。
右翼是政隊、弩弓用意。
騎馬へ3連射後敵陣突破。
ほかの者はこのまま駆け抜ける!!」
慌ただしく準備を終えた我が方の2町先、北条方の弓兵も弓弦を鳴らし準備を整え終わる。
弓兵には狙い撃ちはできない距離だ。敵は弓なりの射撃となる。精度は低い。
10名の兵が、弩弓だけ体のあちこち括り付けて運搬してきた40丁も含め各自3丁の弩弓を並べる。
突進してくる騎馬に対し、弩弓から一人に付き3本計120本の矢が向かう。
征矢は鋼の鏃を使用したらしく、馬を射た矢はほとんどの騎馬武者を落馬させた。
穢しと言われても、弱者は泥水を啜ってでも生きのびるのだ。
その陰に隠れ、急速に敵陣に接近する伊勢守殿の抜刀隊。その後を追って50名の是政隊。敵の弓兵は抜刀隊を優先に狙っている。
しかし、5間までは殆どの矢を切って捨てる抜刀隊。怯む敵兵に、さらに追い打ちがかかる。
殿からの号令。
「鬨の声じゃ~~~~!!」
それを合図に170名の大胡勢、全員の鬨の声。
それとともに迫りくる総員70名以上の徒兵に肉薄され、弓兵は潰走した。
「いせちゃ~~~ん! 損害は!!??」
「1名、腕に矢。かすり傷!」
瞬時に応答する2人。
目の前には、もう遮る敵はいないようだ。
あと30町ばかりで入間川河畔に到達するだろう。
「たねちゃん。大声も武器になるでしょ~~~♪」
走り征く政影殿の背に乗って胸を逸らし、左手を上に挙げうれしそうな笑顔満開、大声で某に話しかける殿。
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