首取り物語~北条・武田・上杉の草刈り場でざまぁする~リアルな戦場好き必見!

👼天のまにまに

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第1章:殿さまになっちゃうゾ

剣聖に助けられたよ

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 1542年5月上旬
 大胡城南西1里半桃ノ木川渡し場
 長野政影
(主人公の側使えになる大男の小姓。190cm)


 南東から微かな風に乗せて、麦藁を焼く煙が靡いてくる。
 桃ノ木川の渡しを目の前に、松風様一行の大胡への移動は休止している。

 一行の構成は、
 松風様
 父上
 某
 福
 槍持ち
 くつわ持ち
 馬子2名
 そして馬1頭に荷を背負った牛2頭。

 普段はかち渡しできる場所だが、先だっての赤城山南麓の降雨により、近辺の河川は軒並み増水していた。


 ちなみに広瀬川と桃ノ木川までの一帯を中心に、多くの小川が流れ、増水するとき以外は枯れ川となっている。
 急な増水でもあり、渡し船の手配が間に合わなかったのだ。
 手配はしてあったのだが、遅れている。

「叔父上~政影~。
 長閑のどかですねぇ~」

 川上と川下に、若鮎を釣る者が2~3人。こちら岸にはその者が釣ったらしい鮎を焼いている焚火。

 正しく穏やかな春の日。それもあと2~3日で梅雨入りだろう。
 松風様でなくとも、気の緩む光景であった。


「政影。気をつけろ。何かがおかしい」

 父の小さいが鋭い声。反射的に周りを警戒する。
 急な反応を見せた某がきっかけとなったか、南西方向・厩橋方面から、


 ・・・5人6人、いや7人。

 薄煙に隠れていた者たちが、ゆっくりと近づいてきて太刀を抜き放った。

「何奴! 
 どこの手の者か!?」

「政影。
 そのようなことはよい! 
 殿を連れて渡河せよ!!」

「はっ! 
 殿、向こう岸に急ぎ……あ……」

 しまった、殿は泳げない。それどころか背が低いので、とてもこの流れには抗しえない。

 仕方ない。
 荷駄となっている牛の背に乗せて渡るか……

 その時、川上と川下から矢が飛んできて、父上の馬と2頭の牛の尻に突き刺さった。父上は馬を飛び降りるしかなく、牛は暴れだす。

「ちぃっ! 囲まれたか」

 父上が姿勢を整えつつ、左右の先ほどまで釣り人を装っていた曲者に目をやり舌打ちする。

 こちらは父上と某が戦力としてある。父も某も体躯は抜きんでており、剣もそれなりに使える。

 あとは殿と乳母の福、それに馬子2名。轡持くつわもち槍持ち各1名。
 馬子は悲鳴を上げて川に飛び込み真っ先に逃げた。

 頼みになるかもしれない槍持ちはあろうことか、父上の手槍を持ったまま川に飛び込み、同じく逃げた轡持ちとともに川下へ流されていった。

 もう父上一人で7名の足を止める……無理だ。
 かくなる上は某も足止めをして……

「政影、殿をおぶっていけ! 
 必ずや大胡にお送りいたせっ! 
 いけい!!」

 父は足元から小石を拾い、目つぶしとして投げ始めた。少しでも長く足止めしようとしている。

 後ろ髪を引かれながらも松風様に背中におぶさるように促し、福に叫んだ。

「福! 
 その方はおとなしくなった方の牛を連れて川上を渡れ。
 できるか!?」

 牛の体躯で流れを弱めるためと、矢からの盾とするためだ。福は真っ青になりながらも、ウンウンうなずいている。
 肝の座った女子だ。
 あとは右手川下から飛来する矢は某が身に替えてでも。

「ぐあっ! うう……」

 後ろでうめき声。

「こっちは片づけた。早く追え!」

 父が倒されたようだ。
 父上。
 必ずや大胡へ殿をお送りしまする!

 あとを振り返る暇もなく殿をおぶって川に入る。
 殿はいつもの明るさが隠れ、ぶるぶる震えているようだ。そして小声で何かを言っている。自問自答するような小さな呟きだ。

「……ここか? ここが……やるしかないのか? 
 ええい、決めた。
 ここで使……」

 微かに聞こえるが聞き耳を立てている暇はない。

 幸いにも体が軽いためおぶっていても、足元の悪いこのあたりの河原特有の、苔の多くついた丸石に足を取られずに済んでいる。

 普段は鮎の好物の苔が、今は曲者の足を止めているようだ。

 しかし左右から遠慮なく矢が飛んでくる。
 今は牛の荷が盾となり左は安全だ。
 右の矢に注意しながら、なるべく急いで渡河しようとするが
 遅々として前進できない。

 そうこうするうち、後ろからの声が大きくなってくる。

「ヒヒヒ。お宝が牛に乗っているぜ。
 もっともあの小僧もお宝か?? 
 ええ?」

「よせやい。我ら野盗ぞ? 
 お宝は荷駄だけだろうが」

「おっと、そうであった」

「では野盗らしく。
 お宝おいてけやぁ~」

 もう後ろ、2間もないか。
 振り向いて戦う覚悟を決めた。
 ふと……目を上げると、向こう岸10間ばかりの所を駆けてくる一団。

「松風丸様御一行とお見受けする! 
 しばし防いでくだされ!」

 大声を上げた先頭の武士。
 河原にゴロゴロしている丸石の上を、体重を全く感じさせない身軽さで駆けてくる。膝上付近までの水深をものともせず駆けながら、野袴をたくし上げ腰に固定して足を取られないようにしつつ、急速に近づいてくる。

 苔むす石の上を踏み駆けてくるのではなかろうか? 
 あり得ぬ身のこなし。

 某も振り向き応戦の姿勢をとる。
 殿は後ろから走って近づいて来る手勢を見ているらしい。

 まだ何かをブツブツと呟いておいでだ。
 きっと恐怖に駆られて、念仏でも唱えていらっしゃるのであろう。

「しっかり掴まっていてくだされ」

 太刀を抜きはらい牽制をしつつ、正眼に構える。

 本来ならば某は体躯を生かすようにと上段か八双の構えなのだが、防御に専念するため応用が利くよう正眼に構えた。

 下段は水面が邪魔だ。

「ぅおりゃあああ!」

 右から一人、上段から突っかけてきた。
 しかし浅い。
 これをいなしつつ、左の一人の横腹への薙ぎ払いを太刀で防ぐ。

 そこへ正面の体躯の大きな者が、大降りに太刀を振り下ろす。
 これは真面に受けると不味い。

 大きく退こうとして河床の石に足を取られた。

「!!!」

 大きく腰が流れたところへ、左からの矢が左肩に……

  まずい。

 瞬時にして左手が痺れる。

 筋をやられたか? 
 左腕に力が入らない。
 右手で太刀を振りかざすも、もう死態だ。

 太刀は左手で振るうものだ。

 万事休す。
 もう己が身体を盾にするしかない。

 (父上。お力を!)

 迫りくる3本の太刀に眼が眩み、ツンと鼻の奥できなくさい臭いがする。


 そして……

 気が付いたとき、
 目の前にいた先ほどの3人の野盗は消えていた。
 倒れる飛沫が3つ見えるのみ。

 その手前に立つ、
 細身の武士。
 先ほど先頭に立って駆けていた人物だ。

 切り捨てる瞬間が見切れないほどの手練れな武技。
 川の中にもかかわらず、3方向の敵を受け太刀もせずに躱す身のこなし。

「遅くなり申した。上泉城城主・上泉伊勢守信綱推参!」

 左右の敵は家臣、いや弟子であろう武士に切って捨てられていた。
 逃げ延びたものは短弓を射ていた2名のみ。

「油断であった。
 槍を持ってこなかったのが痛い。
 持ってくれば手傷を負わせずに済んだものを」

「ありがたきお言葉。
 某、松風様が小姓、
 長野政影と申す。
 されど松風様が無事であることだけが大事」

 もと来た川岸に渡った伊勢守の弟子が周囲を警戒しつつ、父の脈をとっている。こちらを見て首を横に振っていた。


 そうか……父上はご自分の願を果たしたのか。

 それから周りを片付け始めた一行。
 ただ一人、殿は福に伴われて父上の亡骸の傍らで、また何かぶつぶつと呟いている。そして父の脇差を抜いて自分の腰に差した。

 振り向いたときにはいつもの顔に戻って
「政影政影~、
 早く矢傷を何とかしなくちゃぁ~」
 と、近づいてくる。

「上泉のおじちゃん? 
 ちょっとその牛さんの背負っている樽に入っているお酒を出してくれる?
 傷を洗うので~」

 と、にこやかに話しかけていた。

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