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第1章:殿さまになっちゃうゾ
いよいよ殿さま!
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1541年11月下旬
上野国厩橋城大手門内
長野道賢
(主人公のひい御爺様。長野業政の叔父62歳)
やっとたどり着いたか。
惨敗じゃった。
阿呆の関東管領殿が無益な戦を指示するから、儂ら国衆は大迷惑じゃ。
今年に入り、西は甲斐武田の信虎殿への合力として、西上野の箕輪衆のほとんどが2度にわたり駆り出された。
秋の刈り取りが済めば、今度は東上野の横瀬氏が北条方についたとして新田金山城の攻略を命じられた。
それと同時に扇ケ谷上杉家は、川越城・江戸城まで南下攻撃しているが追い払われ、逆撃を受けている最中だ。
程なくしてその方面に侵攻するか防備するかで、また動員の命が下されるであろう。
これもすべては、これまでにない程の大飢饉が坂東・甲斐信濃を襲ったせいだ。さらに今年の7月、病に倒れていた北条氏綱が遂に死んだ。
跡を継いだ氏康は力量十分であろうが、領国が広いのが災いして仕置に時間がかかる。ここぞとばかりに周りの大名が北条氏に侵攻したのだ。
早い話が略奪だ。
勿論、仇敵北条憎しの侵攻でもあるのだが。
とにかく食糧がない。
それは戦国の世の習いだから仕方ないが、信濃と武蔵、それに東上野3方向に出陣とか、正気を疑うのう。
その兵糧じゃ。
最近まで儂にも内密に道忠が松風と共に米で利殖しておった。
なにを商人の真似事を!
と叱ったが、3年も続いている米の不作で城の米蔵が底をついていた。
そこへ磐梯屋といったか、商人が馬匹の長蛇の列で米を持ってきよった。
何でも道忠の命で
「とりあえず100石」
急いで持ってきたとのこと。
さらに出陣までには、船にて坂東太郎(利根川)を遡上し、途中小舟に移し替え広瀬川にて500石は持ち込めるという。
何処からそのような銭が出ているかを道忠に問いただしたところ、なんと松風に利殖の才があったと。
まさか7歳の童がこれ程の兵糧を用意できるとは。
まだまだ銭が豊富にあると言いおった。なんと情報を集め、氏綱の死をも予見して米を買い漁っていたと言う。
松風丸。
其方の母である松が、身を賭して勝ち取った証文、役に立つときがいよいよ来たぞ。道忠を通してその内容、知ってしまっているようじゃが、先の新田金山敗戦にて大胡氏が断絶した。
お味方から裏切りが出て、大胡の備えが退き口を絶たれた。退き口は突破して退却できたが、その際に殿が崩れ大胡行茂・修茂親子もろとも討ち死に。
今頃、大胡城は通夜であろうか。
隣の領地の国衆であり諍いもあったが何かの縁、混乱した家臣団の統率もあり一刻も早い家臣団と領地の仕置が必要。ここは厩橋長野家が面倒を見るのが順当であろう。それを上杉管領家が差配後押しする。
儂が出向けば角が立つ。
松風に道忠をつけて大胡の血縁で都合の良い者の養子として送り込もう。
松よ。
お主の子が一城の主として独り立ちするぞ。
見守ってやれよ。
出迎えに駆け寄ってきた松風丸を見る己の目が
細くなっておるのがわかるわい。
◇ ◇ ◇ ◇
1541年12月上旬
上野国平井金山城
安中長繁
(史実と違い作者によって悪役にされた可哀そうな人)
全く困ったお方だ。
正しく関東管領には力不足だ。
しかも、この愚か者を担ぎ上げたのは、儂と小幡殿だから始末が悪い。小賢しい長野一族をねじ伏せるためとはいえ、旗頭としては頭がちと軽すぎるようじゃ。
以前、儂らが何とかもみ消した厩橋長野家息女への狼藉。
そのもみ消しのための条件を記した念書を、あの図体のでかい道賢に脅迫され出さざるを得なかった事を、当の本人がすっかり忘れているとは!
道賢の奴は箕輪衆の筆頭、長野業政の叔父。
すべてを打ち捨てて反抗すれば上野の国は大乱じゃ。
そして一番の大事は「あ奴の馬鹿」がばれる!
仕方なしにあの約束をしてしもうた。
「断絶した家名があれば、あの息女の息子に跡目を継がせる」と。
幸いにして大胡の近郷は厩橋だから言い訳は立つ。大胡氏には一族の中に討ち死にした当主の血を濃く引いている者はいない。
いや一人いるか。
当主の末子がいるが幼くして盲いた。よって今は仏門に入っている。
この者の養子として(松風といったか)押し込む。
松風はまだ6歳と聞く。
実権は後見の厩橋長野家の者が握るのだろう。
悔しいのう。
折角、長野一族の勢力を削ったのにもかかわらず、あの馬鹿のせいで大胡領1万石程、長野のものになりおる。
誰か何とかしてくれい、あの阿呆を。
◇ ◇ ◇ ◇
1542年3月中旬
上野国厩橋長野道忠屋敷
福
(設定上は重要な役回りだがあまり活躍する予定のないハズ?の未亡人)
なんと松風様がお殿様になられるとか!
お松様の忘れ形見。私は直接お仕えしたことはないけど、それはそれは大殿や殿、道忠様に可愛がらていたとか。私には乳母としてお仕えした松風様の他に、可愛い方はいない。
亭主は先立っての戦で、足軽として働き傷を負い、それが元で死んじまった。道忠様が松風様の乳母として雇ってくれなかったら、どうなったことやら……
その道忠様が後見として、松風様と一緒に大胡へ行かれる。
途方に暮れていたけど、松風様が
「一緒に行こうよ~」
とぐずってくれたおかげで、私もご一緒できることになった。
よかったなぁ。
お二人との生活が私の人生の、かけがえのないものとなっているのを改めて思い知らされたよ。
向こうでは周りの世話をしてくれる手もないかもしれない。今年で30になる年増の私もまだ人に必要とされている。
頑張って生きていこう。
こんな戦ばかりの世の中でも……
さて、引っ越しの準備を始めるかね。
上野国厩橋城大手門内
長野道賢
(主人公のひい御爺様。長野業政の叔父62歳)
やっとたどり着いたか。
惨敗じゃった。
阿呆の関東管領殿が無益な戦を指示するから、儂ら国衆は大迷惑じゃ。
今年に入り、西は甲斐武田の信虎殿への合力として、西上野の箕輪衆のほとんどが2度にわたり駆り出された。
秋の刈り取りが済めば、今度は東上野の横瀬氏が北条方についたとして新田金山城の攻略を命じられた。
それと同時に扇ケ谷上杉家は、川越城・江戸城まで南下攻撃しているが追い払われ、逆撃を受けている最中だ。
程なくしてその方面に侵攻するか防備するかで、また動員の命が下されるであろう。
これもすべては、これまでにない程の大飢饉が坂東・甲斐信濃を襲ったせいだ。さらに今年の7月、病に倒れていた北条氏綱が遂に死んだ。
跡を継いだ氏康は力量十分であろうが、領国が広いのが災いして仕置に時間がかかる。ここぞとばかりに周りの大名が北条氏に侵攻したのだ。
早い話が略奪だ。
勿論、仇敵北条憎しの侵攻でもあるのだが。
とにかく食糧がない。
それは戦国の世の習いだから仕方ないが、信濃と武蔵、それに東上野3方向に出陣とか、正気を疑うのう。
その兵糧じゃ。
最近まで儂にも内密に道忠が松風と共に米で利殖しておった。
なにを商人の真似事を!
と叱ったが、3年も続いている米の不作で城の米蔵が底をついていた。
そこへ磐梯屋といったか、商人が馬匹の長蛇の列で米を持ってきよった。
何でも道忠の命で
「とりあえず100石」
急いで持ってきたとのこと。
さらに出陣までには、船にて坂東太郎(利根川)を遡上し、途中小舟に移し替え広瀬川にて500石は持ち込めるという。
何処からそのような銭が出ているかを道忠に問いただしたところ、なんと松風に利殖の才があったと。
まさか7歳の童がこれ程の兵糧を用意できるとは。
まだまだ銭が豊富にあると言いおった。なんと情報を集め、氏綱の死をも予見して米を買い漁っていたと言う。
松風丸。
其方の母である松が、身を賭して勝ち取った証文、役に立つときがいよいよ来たぞ。道忠を通してその内容、知ってしまっているようじゃが、先の新田金山敗戦にて大胡氏が断絶した。
お味方から裏切りが出て、大胡の備えが退き口を絶たれた。退き口は突破して退却できたが、その際に殿が崩れ大胡行茂・修茂親子もろとも討ち死に。
今頃、大胡城は通夜であろうか。
隣の領地の国衆であり諍いもあったが何かの縁、混乱した家臣団の統率もあり一刻も早い家臣団と領地の仕置が必要。ここは厩橋長野家が面倒を見るのが順当であろう。それを上杉管領家が差配後押しする。
儂が出向けば角が立つ。
松風に道忠をつけて大胡の血縁で都合の良い者の養子として送り込もう。
松よ。
お主の子が一城の主として独り立ちするぞ。
見守ってやれよ。
出迎えに駆け寄ってきた松風丸を見る己の目が
細くなっておるのがわかるわい。
◇ ◇ ◇ ◇
1541年12月上旬
上野国平井金山城
安中長繁
(史実と違い作者によって悪役にされた可哀そうな人)
全く困ったお方だ。
正しく関東管領には力不足だ。
しかも、この愚か者を担ぎ上げたのは、儂と小幡殿だから始末が悪い。小賢しい長野一族をねじ伏せるためとはいえ、旗頭としては頭がちと軽すぎるようじゃ。
以前、儂らが何とかもみ消した厩橋長野家息女への狼藉。
そのもみ消しのための条件を記した念書を、あの図体のでかい道賢に脅迫され出さざるを得なかった事を、当の本人がすっかり忘れているとは!
道賢の奴は箕輪衆の筆頭、長野業政の叔父。
すべてを打ち捨てて反抗すれば上野の国は大乱じゃ。
そして一番の大事は「あ奴の馬鹿」がばれる!
仕方なしにあの約束をしてしもうた。
「断絶した家名があれば、あの息女の息子に跡目を継がせる」と。
幸いにして大胡の近郷は厩橋だから言い訳は立つ。大胡氏には一族の中に討ち死にした当主の血を濃く引いている者はいない。
いや一人いるか。
当主の末子がいるが幼くして盲いた。よって今は仏門に入っている。
この者の養子として(松風といったか)押し込む。
松風はまだ6歳と聞く。
実権は後見の厩橋長野家の者が握るのだろう。
悔しいのう。
折角、長野一族の勢力を削ったのにもかかわらず、あの馬鹿のせいで大胡領1万石程、長野のものになりおる。
誰か何とかしてくれい、あの阿呆を。
◇ ◇ ◇ ◇
1542年3月中旬
上野国厩橋長野道忠屋敷
福
(設定上は重要な役回りだがあまり活躍する予定のないハズ?の未亡人)
なんと松風様がお殿様になられるとか!
お松様の忘れ形見。私は直接お仕えしたことはないけど、それはそれは大殿や殿、道忠様に可愛がらていたとか。私には乳母としてお仕えした松風様の他に、可愛い方はいない。
亭主は先立っての戦で、足軽として働き傷を負い、それが元で死んじまった。道忠様が松風様の乳母として雇ってくれなかったら、どうなったことやら……
その道忠様が後見として、松風様と一緒に大胡へ行かれる。
途方に暮れていたけど、松風様が
「一緒に行こうよ~」
とぐずってくれたおかげで、私もご一緒できることになった。
よかったなぁ。
お二人との生活が私の人生の、かけがえのないものとなっているのを改めて思い知らされたよ。
向こうでは周りの世話をしてくれる手もないかもしれない。今年で30になる年増の私もまだ人に必要とされている。
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