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第1章:殿さまになっちゃうゾ
大商人の夢みせたげる
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1538年10月上旬
鹿島灘犬吠埼北1里北国船上
磐梯屋藤兵衛
(ちょい悪行商人。29歳)
麒麟児に会った。
齢4歳にして商いの本質を理解し、その応用で教わるでもなく米の売買方法を思いつき、実際に掛る費用を計算、実入りの計算までやる。
ついでに金利と米の減損まで理解していやがる。さらには海上輸送の益と鹿島灘の制覇についてまで語る……
参ったね。
1年間、商人司、土倉・座の仕組みや、関を通る際の経費などを聞かれまくった。
最初は内藤様の戯れから始まったこと。それに付き合っていれば、長野家との商売もできると打算で話していたが……
とんでもない。
質問攻めで圧倒された。
そのうち、俺が知らないことまで「教えて教えて~」とせがんできやがる。
極めつけは「北条氏綱の主治医を篭絡して~」と。
なんなんだ、こいつは??
それでわかったよ。こいつは後々すごい奴になると。これはもう青田買いだ。乗るか反るかの大勝負。
会津の梁田様から強引に暖簾分けしていただいたのは、こういった血沸き肉躍る商いがしたかったからだ。
うだつのあがらねえ行商人にやっと巡ってきた幸運か、はたまた破滅の罠か。
夢に乗ってやるか。
◇ ◇ ◇ ◇
「磐梯屋さんよ。
ようやっと犬吠埼が見えてきたぜ。
幸運だな。風の神様が味方した。
ついてるな、あんた」
船頭が指をさす方角に、微かに陸地が見えてきた。
鹿島灘は難所と聞く。2日で乗り切るとは運がいいそうだ。
1000石を一気に運べた。あと4000石、石巻から海路に賭けるか陸路でちまちま運ぶか。
だが、これからの海が荒れる季節、もう賭けは通用しなさそうだな。
コネのある佐竹様の米倉をお借りするか。清水峠・碓井峠を通っての越後米運送は、2000石が精一杯だな。
厩橋のお城じゃまずいとか言っていたから、烏川沿いの倉賀野の商家に頼むか。
そこまで運んで冬を越し、夏に坂東にて売れば少なくとも損はしない。松風丸様の賭けが当たれば、夏に野分で米価は大暴騰。既に運んである分は直ぐ捌ける。
お侍さんは米がないと戦にならぬから、買い手に苦労はしない。
その実入りで西国の収穫米をまた運んでくる。今度は海路が簡単だ。一気に利殖できるぞ。
来年夏には梁田様からの借財は完済。
梁田様には普通の土倉の年利9割を、格安の半年2割で受けていただいたが、少しは上増ししておこう。
俺の懐にも1割、多分200貫文以上は転がり込んでくる。不発に終われば儲けは無し。信用も失わない。
だが何が起きるかわからないのが商いだ。できる手は打っておこう。
夢よ、醒めるなよぅ!
◇ ◇ ◇ ◇
1540年8月中旬
上野国厩橋長野道忠屋敷
長野道忠
(主人公を猫かわいがりする大男185cm)
雨戸が軋むほどの強風が打ち付けている。
雨の勢いも凄まじい。
領内の水路をしっかりと閉ざして備えていなければ、今年も大洪水になったかもしれぬ。
昨年は、松風の言う通り、畿内と坂東を3回もの野分が立て続けに襲った。そのため、事前にいささか大げさに備えていた厩橋長野家の領地以外は、大変な被害を被った。そして松風の言うとおり坂東での米の値段は、普段の倍になった。
秋の収穫期にもかかわらず、収穫量が足りない国衆や大身の豪族は、賦役や不意の出陣に備えなければならず、大枚をはたいて挙って買い占めに走った。
このご時世、いつ籠城ということになるかしれない。
米の需要はなくならない。
200貫文を質に借りた1000貫文。
金利100貫文と共に会津の豪商・梁田屋に無事返し終え、証文も取り返すことができた。
問題は口止めだが、
「商人は口が軽いと商いができませぬ」と、口止め料もいらぬということだ。
磐梯屋に言わせると、松風様はこれからきっと大物になることを確信したのでしょう、とのこと。
梁田屋に松風が関東管領家の胤とにおわせてしまったのは詮無きこと。そうでもしなければ有利な条件で、こうも大金を借りることはできなんだ。
「叔父上~~。
藤兵衛さんに今、山陽山陰・九州に出向いてもらっています。
手間賃や運送費、水軍の通行料などを差し引いても、
今年は1万8000貫文の実入りは固いですね~♪」
なんと。
6万石の大身の年貢1年分か?
それを2年の間に利殖して手に入れるとは。
これまでに松風に大分感化されて、この世は武威だけでなく、年貢や銭・商いも大事だと思うようになった。この大金を自分が手に入れた領地に投資すると言っていた。
「夢が膨らむなぁ~♪」
と、
とてもうれしそうに天井を見上げていた。
「松風。その大金は如何にするのかな?
また米で利殖かな?」
「う~ん、それはもういいや。
でも5000貫文を藤兵衛さんに預けて、適当に増やしてもらうよ~。その片手間で米転がしもするかもね。どうせそろそろ甲斐国で大飢饉があるでしょうからね~」
最近、完全に癖になった、頭を傾けながら髷を弄るいじるしぐさをする。
「これ。その癖をやめなさい」
照れたように一時やめるが、考えをまとめる時になるとまた始まってしまう。
「1万貫文は梁田屋さんに預かってもらい、証文を貰っておこうかな~。残りの3000貫文は、色々と作ってもらいたいものがあるので、それに使いま~す」
何を作るのか聞いてみても、やはり「秘密です~♪」と、ニヤニヤ笑いながらはぐらかす。どうせ聞いてもわからないから気にしないようにしておる。
「あ、1万貫文は、どっかの大名家に貸し付けちゃってもいいかなぁ。越後の長尾家や甲斐の武田家なら年利10割でいいかなぁ。
いや、どうせなら保険の約定を土倉なんかに持ち掛けて、手形割賦を……」
まだまだ、ニヤニヤは続くようだ。
鹿島灘犬吠埼北1里北国船上
磐梯屋藤兵衛
(ちょい悪行商人。29歳)
麒麟児に会った。
齢4歳にして商いの本質を理解し、その応用で教わるでもなく米の売買方法を思いつき、実際に掛る費用を計算、実入りの計算までやる。
ついでに金利と米の減損まで理解していやがる。さらには海上輸送の益と鹿島灘の制覇についてまで語る……
参ったね。
1年間、商人司、土倉・座の仕組みや、関を通る際の経費などを聞かれまくった。
最初は内藤様の戯れから始まったこと。それに付き合っていれば、長野家との商売もできると打算で話していたが……
とんでもない。
質問攻めで圧倒された。
そのうち、俺が知らないことまで「教えて教えて~」とせがんできやがる。
極めつけは「北条氏綱の主治医を篭絡して~」と。
なんなんだ、こいつは??
それでわかったよ。こいつは後々すごい奴になると。これはもう青田買いだ。乗るか反るかの大勝負。
会津の梁田様から強引に暖簾分けしていただいたのは、こういった血沸き肉躍る商いがしたかったからだ。
うだつのあがらねえ行商人にやっと巡ってきた幸運か、はたまた破滅の罠か。
夢に乗ってやるか。
◇ ◇ ◇ ◇
「磐梯屋さんよ。
ようやっと犬吠埼が見えてきたぜ。
幸運だな。風の神様が味方した。
ついてるな、あんた」
船頭が指をさす方角に、微かに陸地が見えてきた。
鹿島灘は難所と聞く。2日で乗り切るとは運がいいそうだ。
1000石を一気に運べた。あと4000石、石巻から海路に賭けるか陸路でちまちま運ぶか。
だが、これからの海が荒れる季節、もう賭けは通用しなさそうだな。
コネのある佐竹様の米倉をお借りするか。清水峠・碓井峠を通っての越後米運送は、2000石が精一杯だな。
厩橋のお城じゃまずいとか言っていたから、烏川沿いの倉賀野の商家に頼むか。
そこまで運んで冬を越し、夏に坂東にて売れば少なくとも損はしない。松風丸様の賭けが当たれば、夏に野分で米価は大暴騰。既に運んである分は直ぐ捌ける。
お侍さんは米がないと戦にならぬから、買い手に苦労はしない。
その実入りで西国の収穫米をまた運んでくる。今度は海路が簡単だ。一気に利殖できるぞ。
来年夏には梁田様からの借財は完済。
梁田様には普通の土倉の年利9割を、格安の半年2割で受けていただいたが、少しは上増ししておこう。
俺の懐にも1割、多分200貫文以上は転がり込んでくる。不発に終われば儲けは無し。信用も失わない。
だが何が起きるかわからないのが商いだ。できる手は打っておこう。
夢よ、醒めるなよぅ!
◇ ◇ ◇ ◇
1540年8月中旬
上野国厩橋長野道忠屋敷
長野道忠
(主人公を猫かわいがりする大男185cm)
雨戸が軋むほどの強風が打ち付けている。
雨の勢いも凄まじい。
領内の水路をしっかりと閉ざして備えていなければ、今年も大洪水になったかもしれぬ。
昨年は、松風の言う通り、畿内と坂東を3回もの野分が立て続けに襲った。そのため、事前にいささか大げさに備えていた厩橋長野家の領地以外は、大変な被害を被った。そして松風の言うとおり坂東での米の値段は、普段の倍になった。
秋の収穫期にもかかわらず、収穫量が足りない国衆や大身の豪族は、賦役や不意の出陣に備えなければならず、大枚をはたいて挙って買い占めに走った。
このご時世、いつ籠城ということになるかしれない。
米の需要はなくならない。
200貫文を質に借りた1000貫文。
金利100貫文と共に会津の豪商・梁田屋に無事返し終え、証文も取り返すことができた。
問題は口止めだが、
「商人は口が軽いと商いができませぬ」と、口止め料もいらぬということだ。
磐梯屋に言わせると、松風様はこれからきっと大物になることを確信したのでしょう、とのこと。
梁田屋に松風が関東管領家の胤とにおわせてしまったのは詮無きこと。そうでもしなければ有利な条件で、こうも大金を借りることはできなんだ。
「叔父上~~。
藤兵衛さんに今、山陽山陰・九州に出向いてもらっています。
手間賃や運送費、水軍の通行料などを差し引いても、
今年は1万8000貫文の実入りは固いですね~♪」
なんと。
6万石の大身の年貢1年分か?
それを2年の間に利殖して手に入れるとは。
これまでに松風に大分感化されて、この世は武威だけでなく、年貢や銭・商いも大事だと思うようになった。この大金を自分が手に入れた領地に投資すると言っていた。
「夢が膨らむなぁ~♪」
と、
とてもうれしそうに天井を見上げていた。
「松風。その大金は如何にするのかな?
また米で利殖かな?」
「う~ん、それはもういいや。
でも5000貫文を藤兵衛さんに預けて、適当に増やしてもらうよ~。その片手間で米転がしもするかもね。どうせそろそろ甲斐国で大飢饉があるでしょうからね~」
最近、完全に癖になった、頭を傾けながら髷を弄るいじるしぐさをする。
「これ。その癖をやめなさい」
照れたように一時やめるが、考えをまとめる時になるとまた始まってしまう。
「1万貫文は梁田屋さんに預かってもらい、証文を貰っておこうかな~。残りの3000貫文は、色々と作ってもらいたいものがあるので、それに使いま~す」
何を作るのか聞いてみても、やはり「秘密です~♪」と、ニヤニヤ笑いながらはぐらかす。どうせ聞いてもわからないから気にしないようにしておる。
「あ、1万貫文は、どっかの大名家に貸し付けちゃってもいいかなぁ。越後の長尾家や甲斐の武田家なら年利10割でいいかなぁ。
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