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第4章:ちょっと伊勢を切り取ってこよう
南光坊天海(秀吉視点)
しおりを挟む1567年3月
近江国姉川の渡し
<秀吉視点です>
奴、明智光秀はおれの敵か? 味方か?
織田家の一家臣と見れば、明らかに味方なのだろう。
しかし出世争いでは、はるかに上を行くようになった。元から差があったが、さらに差がついちまった。
おれの知行、ようやく800貫文(1600石=足軽4~50人)。
一貧乏農家の子倅からの立身出世。これだけでも夢のようだ。
だがあいつは既に2500貫文(作者注:5000石=通常動員時足軽120人くらいなんだけどネ。収入があれですよ。もっと増えたみたい)。その上、250人の鉄砲隊を任されている。
6年前から出仕した流浪の若造の武士が大した出世だよ。
今では、織田家でも宿老の林様を除く家老、柴田様・佐久間様・丹羽様に次いで準家老と目されている。
おれの配下は、寄騎として蜂須賀のおっさんと前野のあんちゃんが付いているが、所詮野盗まがいの連中。戦となればどれだけ戦えるか全く持って不安。
それに比べて奴の下には、前田利家・利益の2人。おれが泣き落としてでも配下にと思っていた竹中半兵衛。
更には赤母衣衆(精鋭部隊)への任命を蹴ってまでして、光秀の寄騎にと配下に入った金森長近殿。
なぜあいつの所には続々と有望な武将が集まるんだ?
しかもあの鉄砲の威力!
敵の軍勢が腰を抜かして全滅するだと?
尋常じゃねぇ。
このままでは、おれはここまでの男になってしまう。もっと出世するには人材が必要だ。それもとびっきりの知恵者。
戦に長け、内政も見れる。
外交もこなせ、おれに忠誠を誓う者。
そんな奴、そこらにごろごろ転がってはいないか、ハハハ。
小六を従えてお市様の輿入れの護衛に参加してきた帰り。
お市様は1年越しの浅井家との交渉でようやく輿入れが出来た。なんでも上の方で政局が変わったんだそうだ。織田が美濃を取ったせいで浅井長政が焦ったのか?
おれは今、近在の土豪、三田村様の屋敷近くにある姉川の渡し場で舟を待っている。
お市様など天女様じゃ。手が届くはずがない。だが、あのくらいええ女子を見つけられんかの? 寧々ちゃんも光秀に取られた、クソッ!
そろそろおれも身を固めねば。
「そこのお侍。迷いが見えますな」
急に近づいて来た雲水姿の禅僧? 修行者らしき男が話しかけて来た。
「誰だ? 某に迷いなどあるわけがない。只々、主君への精勤に励むだけじゃ」
よくわからんが、無視するに限る。浅井か六角の間者かもしれんからな。
「拙僧は間者ではない故、安心召され。織田家中の木下秀吉殿かの?
それならば拙僧の話を是非とも聞くべきじゃ」
おれの身分名前を知って近づくとは、益々怪しい。
「今、そなたが悩んでいる事を当てて進ぜよう。ズバリ、家臣がいない。これじゃな。もっと出世したいが、それに限界を感じておる」
なんだ?
どうしてそこまで知っている?
「あ、あんたは誰じゃ? 妖のたぐいか?」
おれの大声で周りの配下どもが騒ぎ出すのも気に留めず、その雲水は被っていた菅笠を傾けてこちらを向いた。
鋭い目つき。
「拙僧か? 拙僧はただの雲水、名を天海と申す。どうじゃお主、拙僧を雇って見ぬか? これでも四書五経から孫子呉子、太刀から手槍、鉄砲まで。それに連歌や茶の湯、都言葉まで精通している。
もちろん田畑、その他の産業にも詳しい。将軍家や公家にも伝手がある。
弱いのは酒くらいかの。あと諧謔(冗談)は通じぬ。どうじゃ」
たわけた自己紹介じゃ。
こんな奴を家来にできるわけがないだろう!
「おいっ! てめえ、さっきから馬鹿げたことばかりぬかしやがって。さっさと失せな。さもなけりゃ!」
前野の奴が天海と名乗る僧の腕をつかみ、強引に向こうへ引きづって行こうとする。
が!
前野の身体が半回転して、砂の川原にもんどりうって放り出される。
周りがざわつく。
それを右腕をあげて抑え、雲水の前に立った。
「何が望みだ? それによっては話を聞こうではないか」
「そうさな。拙僧の望みは、日ノ本を清浄にすること。邪悪な文化をはびこらせてはいかぬ。伝統ある皇国を作り上げる事じゃ」
邪悪なる文化が何かはわからんが、朝廷を味方にすれば官軍。当たり前だが正当性を持って天下に号令できるのだろう。だがこんな百姓上がりのおれには、到底望めぬ舞台でのこと。
そんなことにつき合ってはいられんな。
「そのために、よい土産話を持って来たぞ」
なかなか渡し船が来ない。
少し与太話を聞いてやるか。
それに雲水の顔が高齢で多くの皴が刻まれていることで、老人のたわごとと思ったんだ。
だがとんでもない事を言い出した雲水。
「信長様にお会いしたいという方の文を預かって来た。そのお方の使者も一日遅れで出立した筈」
「だれだ? その方というのは」
「越前に居わす、今は亡き第13代将軍足利義輝様の弟君、足利義秋(後の義昭)様。かの御方が上洛の為の兵を上げよとの命である。使者は細川藤孝殿。織田家にとって絶好の機会でござろうて」
!!
昨年、義秋の将軍家就任のための兵を上げるべきとの意見を、光秀のやつが止めた。
まだ斎藤家を潰していないから後方が危ういと。
だが今は状況が違う。
斎藤家は潰れ、美濃と尾張を手に入れ、更には滝川殿が北伊勢の調略を行っている。すでに制圧のめどが立ってきている。
北近江の浅井ともお市様の輿入れと同時に同盟を結び、それに伴って越前朝倉とも友好関係にある。
あとは六角をどうするかだけ。
それで京への道が開ける。
旗頭だ。
次期将軍を押し立てて上洛すれば、織田家がたとえ1万しかいなくとも軽く数万の兵が集まるだろう。
その兵を持って京を制圧。その余勢を駆って畿内(京都大阪・奈良など)を支配する三好を追いやることも可能。
大手柄だ!
この使者を導いたとすれば、その功、国一つ取ったに等しい。大抜擢されるかもしれん!
この怪しい雲水を配下としていれば、おれの手柄。以前から配下とすればいい。勝手働きになるがそんなことは帳消しになるくらいの勲功だ!
「どうかな? 拙僧を使う気になったかな?」
おれを見る目がキラリと光る。
怪しい奴だが、そんな奴でも使いこなさねば上へはいけない。
「ああ。使ってやるぞ。ぜひ某の下で働いてくれんか? 一緒に勲功を立てようではないか、はっはっはっはっ! よく見れば出来そうなやつじゃなぁ!」
「よきかな、よきかな。
これからよろしくお願いいたす。
拙僧、天台の教えを学んでおる南光坊天海と申す」
脱いだ菅笠の下には、80歳もかくやという、しわがれた顔が現れた。
何とも不気味な奴だが、こいつが本当に使える奴なら使い倒すまでだ。
見ていろ、光秀。
貴様を追い越し、出世頭になってやる!
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