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第13話

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クリスマス商戦を一週間後に控えた今日、勤務する店舗の忘年会が行われた。
昨今、飲み会を億劫に感じる人も少なくなく、年々あっさりとした会になってきている。
今年は一次会で終了し、早々に解散となった。
まぁ、時期が時期だし、付き合いで飲むなら家に帰って寝ていたいという意見には大いに賛同する。
職場の人達と別れ、一人最寄り駅へと向かった。
繁華街はクリスマス当日さながらの盛り上がりようだった。
恋人や家族、友達同士なのだろう。
たくさんの人達で溢れ返っていて実に賑やかだ。
煌びやかな照明で飾り付けられた街を眺めながら、ふと思い出す。
空気が纏わり付くような暑い夏の日、この通りで充輝と出会った。
あれから季節は逆転し、時折吹く冷たい風はアルコールで程よく火照った体から熱を奪おうとするみたいだ。
コートを着込んだ体を竦ませながら、一刻も早く屋内へ避難しようと足を速めた。
充輝とはあの夜以降、連絡を取っていない。
スマートフォンに残された連絡先を眺めてはそっと画面を閉じるということを繰り返し、いつまでも気持ちばかりを引きずり続けていた。
相手ももう見限っているにちがいない。
だから連絡も来ないというのに、未練がましい自分に心底泣けてくる。
このまま精神衛生上、どんどんよろしくない方向に進んでしまうことだけは避けなければならない。
年に数回の大事な商戦を前にして、体調を万全に整えるというのは基本中の基本だ。
とは言え、安息の地だった自宅も充輝に関する物で溢れかえっていることで、そう言い難い場所となりつつあった。
今度の休みにでも、部屋の掃除次いでに片付けてしまおうか。
気を緩めれば、すぐに充輝のことを考えてしまう。
おまけに無意識の内に溜め息の数も増えて熱を奪われてしまい、寒さに凍える一方だ。
なのに、視線があちらこちらへと動いてしまうのはどうしてなのだろうか。
通り過ぎていく人の楽しそうな姿を追い掛けていると、充輝の言葉が過ぎった。

『やっぱり久保さんとは何か縁があるのかもしれません』

こうやって人混みを歩く度、彼を探すような癖が付いてしまったらどうしよう。
自分の諦めの悪さにまた溜め息が零れた。
さらには鍛え抜いた妄想力が頭の中で描き始める。
もし、もう一度彼に会えたとしたら自分はどうするだろうか。
いや、どうしたいか。
ふっと意識を戻した時、一人の男性とすれ違った。
眼鏡をかけ、ネックウォーマーで口元も隠れていた。
すれ違ってから数秒、見知った人だと気付くのと同時に体が動いた。
あの時より、彼とはさほど離れていなかった。
すぐに追いついて遠慮無くその手を掴んだ。
驚いて相手が振り返る。

「あの……っ、時間、ありますか?」

考えるよりも先にどうしても口走ってしまう。
丸い目を瞠ったまま、相手は小さく「はい」と頷いた。
一刻も早く、彼と二人きりになりたい。
そんな一心で周りを見渡し、通りに止まっているタクシーを見つけると、男の手を引いて足早に向かう。
視線だけのやりとりで、相手を先に乗せて自分も乗り込んだ。
自宅以外の場所が思いつかなくて、隣の男の許可も得ずに告げると車は走り出す。
シートに体を預け、小さく吐息したら、一気に動悸が激しくなってきた。
いや初めから、彼だとわかった瞬間から煩いくらいに鼓動していたのかもしれない。
意識する余裕などまるで失くなってしまった。
興奮のあまり、指を動かすことすら容易にできず、手も離せずに繋ぎっぱなしだった。
そして何より、目的地に着くまで隣の相手の顔を見ることもできなかった。
それでも充輝は、何も言わぬままずっと大人しく手を繋がれていた。


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