スーパーの店員、推しに告白される

琢都(たくと)

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第12話

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「キスってさぁー、もっとロマンチックにするもんだろ……。『キスしたら、本気だって伝わりますか?』って、そんな投げやりになってするようなものじゃないじゃん……」

ビールグラスを手にしたものの、口を付けることなく、盛大に吐息しながらテーブルへと突っ伏した。
最寄り駅付近には飲食店が何軒か建ち並んでいて、その中の焼き鳥居酒屋で斎藤と飲んでいた。
彼には事情を話さず、ただ言いたいことを吐き出した。
誰と何があったのか、相手も詳しいことは聞いてこない。
俺の嘆きにただ相槌を打ち続けるという、会話というにはあまりにも一方的なやりとりとなっていた。

「三十にもなって、ロマンチックとか言わない方がいいですよ」
「何で?」
「気持ち悪いんで」
「おまっ……」
「だいたいキスくらいで大袈裟ですよ。久保さん、まさか童貞なんですか?」
「そんな訳ないっての」

失礼極まりない言葉を蹴飛ばしつつ、内心少しばかり動揺してしまった。
これまで斉藤と色恋の話を薄らとしたことはあった。
だけど、元々自分の話すらあまりしない彼が「キスくらい」と放ったものだから、意外な人柄を垣間見たような気がしたのだ。
職場で見ている限りは真面目で慎重派という印象だったけど、恋愛に関しては強気な一面があったりするのかもしれない。
仕事を離れたこともあってか、若者は遠慮というものを知らず、串を置くと、なおも思ったことをそのまま口にした。

「そもそも、相手にそこまで言わせてることが問題だと思いますけど」

事情もよく知らない癖に、それでも的確に痛いところを突いてくる。
鋭い指摘に、一気に勢いを失った。

「わかってるよ…………わかってんだよ、そんなこと……」

グラスを眺めながら、何度も何度も繰り返す。
俺だって、充輝にあんなことを言わせたかったんじゃない。
悪いのは完全に自分なのだと、ちゃんとわかっている。
彼は人として素直で優しくて素敵な人だ。
俺を、「久保義彦」を好いてくれて、真っ直ぐに想ってくれた。
なのに自分は浮ついて、自分本位なことばかり口にしてしまった。
充輝もこんな人間だとわかって、さぞ落胆したにちがいない。
相手の気持ちをちゃんと受け取ることができていれば、もっと違った形で彼と唇を重ねることができていたかもしれない。

「それに、本当にそんな綺麗事だけでキスしなかったんですか?」
「……どういう意味だよ」
「他に、何か理由があったんじゃないですか?」
「………………」

斎藤はどうしてこうも簡単に見抜いてしまうのだろう。
自分でも考えないよう蓋をしていたものを簡単に開けてしまったものだから、反動で口を閉ざしてしまう。
情けなくも、キスをするということ自体がとても久しぶりだった。
だから充輝の顔が近付いてきて、単純に緊張してしまったというのもある。
ただそれとはまた別の緊張で体が強張ってしまったのだ。
あの時、充輝に太腿を触られて、急に彼を男だと意識してしまった。
男に対して嫌悪感が湧いたという訳ではなく、男とキスをすることが初めてだったから、体が反射的に身構えてしまった。
その動揺が、相手に良からぬ形で伝わってしまっていたらどうしよう。

『久保さんを困らせたいわけじゃないんです』

俺は困ってなんかいない。
ちょっとビックリして腰が引けただけだと、馬鹿正直に言えば良かった。
今更悔やんだってどうしようもないけれど、それでも悔やみきれない。
頭を抱えて項垂れる俺に、斎藤は軽い口調で俺という人間を見透かしてくる。

「俺はただ、久保さんのことなので、いざその時になって急に尻込みしたんじゃないかと思っただけです。他意はありません」
「………………」

彼に悪気が無いからこそ、言葉は刃となって俺の心にグサリと刺さった。
見事に言い当てられて何とも言い返せない。
ふて腐れた目で相手を見遣ると、無言を肯定と受け取ったようだ。
相手はそっと息をつくと、おもむろに口を開いた。

「それだけ大切なんですね。その人のことが」

予期せぬ一言だった。
不意をつかれてしまったせいか、一瞬にして目の前がぼやけた。
そうだよ。
俺は「長谷川充輝」が好きで、大切にしたかったんだよ。

「ちょっ……! な、泣かないで下さいよ……!」
「泣いてねぇよ…………」

そう言いながらボロボロと目から零れ落ちていくのは紛れもなく涙だった。
まさか男泣きにまで発展するとは思ってもいなかったのだろう。
斎藤が取り乱すという姿を初めて目にした。
ただ、優しく慰めてくれるのかと思ったら、それは大間違いだったようだ。

「普段からそれくらい仕事にも熱心に励んで下さいよ」
「何だよ、熱心だろ。俺はいつも」
「だったら正月用の紅白かまぼこ、もう少し数減らして下さい。去年売り切れなかったじゃないですか。それなのに同じ数だなんて……」
「ちょっとだけだろ、残ったのは。今年は大丈夫だって。いける」
「どういう理論なんですか」
「残ったから減らすんじゃなくて、売るんだよ。どうしたら目標数に届くのか、そっちを考えんのが仕事なの」
「仕事だとそれだけ強気になれるのに、何で恋愛事になると一気に面倒臭くなるんですか」
「ひどいな。もっと優しい言葉とか無いの?」
「何で俺が久保さんを慰めなきゃいけないんですか」
「慰めてもらうためにこうして連れて来たんじゃないか」
「俺はそんな面倒なことを引き受けたつもりはないです」
「じゃぁ、何しに来たんだよ」

俺の問いかけに、斎藤は店員を呼ぶと追加で何品か注文する。
そして店員が席を離れて行くのを見送って、言い放った。

「飲み食いしに来たんです」


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