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ニームが、芯の抜けた朽ちかけの幹のような足で、パスィヤンス病院にようやく着くと、そのままダンケルクの部屋へと向かった。ダンケルクの部屋へは迷うことなく進めていく自分が、ニームには滑稽に思えた。いまさら過去の自分を恨んでもむなしいだけだった。
オルレアンよりだいぶ出遅れた自分だったから、どういう結果にせよ、決着はすでについているだろう。自分はそれを外から眺めることもできなかった。せめて、ダンケルクからそれを聞き出すしかない。
ニームはダンケルクの部屋の扉をノックすると、一拍だけ置いて、すぐに入室した。ダンケルクからの返事ははなから期待できなかった。ダンケルクが目下体験した事態に比べたら、自分の存在なんてアリほどの大きさでもないだろう。
「先生」ニームはダンケルクにそう呼びかけたが、そこから言葉は続かなかった。ダンケルクはニームに背をむける格好でイスに座り、窓の外を無為に眺めているようだった。
部屋の床には、書類や本が乱雑に撒き散らされてあった。それは医学に関するものだったから、ニームにはそれがなんなのか詳しくはもちろんわからなかったけれど、ニームにはひとつだけわかっていることがあった。なにかで通じ合っているかのようなオルレアンとアルルと比べたらなにもしらないニームであったけれど、ニームにはかれらが知らないことを少なくともひとつは知っていた。それは、ダンケルクがアルルの病気を治療するという希望を捨ててはいなかったということだった。もちろんその原動力は、自分の医者としての向学心であったり興味であったり矜持であったかもしれないし、自分の急所を克服したいという自己本位なものであったりしたかもしれないけれど、ダンケルクはアルルを無きものにしたり、亡きものにしたりすることばかりを考えていたわけではなかった。
ニームが床に散らばった書類をかき集めて整えていると、ダンケルクが苦笑するように鼻で笑った。
「まんまとしてやられたよ。きみの忠告のとおりだったな」
ダンケルクはそういってイスから立ち上がり、ニームに近づくと、ニームの手から書類を奪い取って、それを破り捨てた。「しかし、きみがした忠告に対して誰よりも忠実でなかったのはきみ自身だったな。私も彼にかかわるべきではなかったが、きみも彼を放っておくべきだった。きみはよけいなことをしてくれたものだよ」
ダンケルクのその声に怒りはなく、むしろすがすがしさに満ちていた。ニームがダンケルクにこれまでかけられてきた言葉の中で、もっとも優しさに満ちているもののように思われた。
オルレアンよりだいぶ出遅れた自分だったから、どういう結果にせよ、決着はすでについているだろう。自分はそれを外から眺めることもできなかった。せめて、ダンケルクからそれを聞き出すしかない。
ニームはダンケルクの部屋の扉をノックすると、一拍だけ置いて、すぐに入室した。ダンケルクからの返事ははなから期待できなかった。ダンケルクが目下体験した事態に比べたら、自分の存在なんてアリほどの大きさでもないだろう。
「先生」ニームはダンケルクにそう呼びかけたが、そこから言葉は続かなかった。ダンケルクはニームに背をむける格好でイスに座り、窓の外を無為に眺めているようだった。
部屋の床には、書類や本が乱雑に撒き散らされてあった。それは医学に関するものだったから、ニームにはそれがなんなのか詳しくはもちろんわからなかったけれど、ニームにはひとつだけわかっていることがあった。なにかで通じ合っているかのようなオルレアンとアルルと比べたらなにもしらないニームであったけれど、ニームにはかれらが知らないことを少なくともひとつは知っていた。それは、ダンケルクがアルルの病気を治療するという希望を捨ててはいなかったということだった。もちろんその原動力は、自分の医者としての向学心であったり興味であったり矜持であったかもしれないし、自分の急所を克服したいという自己本位なものであったりしたかもしれないけれど、ダンケルクはアルルを無きものにしたり、亡きものにしたりすることばかりを考えていたわけではなかった。
ニームが床に散らばった書類をかき集めて整えていると、ダンケルクが苦笑するように鼻で笑った。
「まんまとしてやられたよ。きみの忠告のとおりだったな」
ダンケルクはそういってイスから立ち上がり、ニームに近づくと、ニームの手から書類を奪い取って、それを破り捨てた。「しかし、きみがした忠告に対して誰よりも忠実でなかったのはきみ自身だったな。私も彼にかかわるべきではなかったが、きみも彼を放っておくべきだった。きみはよけいなことをしてくれたものだよ」
ダンケルクのその声に怒りはなく、むしろすがすがしさに満ちていた。ニームがダンケルクにこれまでかけられてきた言葉の中で、もっとも優しさに満ちているもののように思われた。
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