うさぎ穴の姫

もも

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 オルレアンがパスィヤンス病院に近づいたのは、ブラーヴから消えたうさぎを追うためだった。結果、パスィヤンス病院にうさぎはいなかったわけだが、その代わりに大物を引き当ててしまった。オルレアンはうさぎをエサに、トラの首の根をつかんだようなものだった。アルルはダンケルクの秘密であり、その秘密をつかんでいることは、ダンケルクの生殺与奪の権利を握っている。
 しかしオルレアンがダンケルクの権力の座を揺することに関心があるだろうか。アルルを恋焦がれる思いなどあるのだろうか。
 オルレアンを突き動かしていたのは、純粋な好奇心だけのはずだった。その好奇心が満たされさえすれば、パスィヤンス病院の秘密の鍵を開けるのは誰でもいいと思っているのではないか。
「そうなんだ。そのとおりだ。ぼくはそれがほしくて、きみのことを待っていたんだ」
「どうして、きみはこれが必要なんだ?そもそもきみには、これがなんなのかわかっているのか?」
「それは、パスィヤンス病院の図面だ」
「そのとおりだ」
「ぼくがそれを必要なのはつまり、先生に頼まれたからなんだよ」
 ニームは出まかせをしゃべりながら、その続きの出まかせを頭の中で練った。ウソをつなげてつなげて、連想ゲームのようにうさぎに導くにはどうしたらいいか。無理だろうか。いや、自分にならできる。やるしかない。
 ニームがそのように意気込んで、身体の中の血液をすべて脳に費やしているかのように目を充血させていると、オルレアンは涼やかな表情で、図面を四つ折りにして、それをポケットの中に戻した。
「やはり、きみにはこれは渡せないよ」
 オルレアンのその口調は最後通告のようだったが、ニームはそれにかまわず食い下がった。
「まて、早まるな。これはきみにも利益のあるはなしだぞ!」
「醜いウソはやめたまえ」オルレアンは食い気味に、ニームの言葉をピシャリとさえぎった。「ぼくにはまやかしのきみと話している時間はないんだ。あるのは真剣がきみと話す時間だけなのだ。それじゃあ」
 オルレアンが振り返って歩き出そうとすると、ニームはその肩をつかんで抑えた。ニームの言葉は懇願に変わっていた。「時間!そう時間がないんだ!一生のお願いだ。きみはぼくになにもいわずにそれを渡してくれないだろうか」
 追い縋るニームの手が、虫が這うようにオルレアンのポケットに伸びていくのを、オルレアンは慌てて払い落とした。「時間がない?時間がないとはどういうことだ」


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