86 / 101
C
しおりを挟む
だから本来、これは自分の思い違いを反省しなければならないようなことではなかったのけれど、ニームは強く自分を責めた。胸をかきむしるような思いだった。胸の中で後悔の炎がたかぶるほどに、炙り絵のように浮かびあがる過去の旅人は、明らかにオルレアンの顔をしていた。自分はどうしてそれを思い出せなかったのか。オルレアンと出会ったときにそれとわかっていれば、このような辛い思いも苦しい決断もしなくてよかった。ニームには、少年期のオルレアンの顔は消えてしまっても、どうしても消えないあの顔、アルルが喜びという血潮に満ちた血色のよいあの微笑みが、自分に向けられることがあるのなら。
ニームがそうしてオルレアンの前であることも忘れて、暗い感情におぼれていると、オルレアンはニームにそっと問いかけた。
「なあ、きみ」
ニームはハッと我に返って、返答した。「なんだい?」
ニームにはまだ仕事が残っていた。もっとも勇気の要する大仕事だ。オルレアンを昏倒させ、そのズボンのポケットにしまわれている図面を奪い取るという仕事をすませるためには、まず、オルレアンを家に帰す道に進ませなければならない。そして、オルレアンを介抱するようについていくふりをして、このすぐ近くに隠してある鉄の棒でオルレアンの背後をおそうのだ。それまでは、自分の意図を察せられてはいけない。
ニームがそうして作り笑いをその顔に浮かばせると、オルレアンは悲しそうにため息をついた。
「きみはこれが欲しいのだろう」オルレアンは手をズボンのポケットに入れると、四つ折りにされた紙をそっと取り出した。
ニームはそれをみて、息をのんだ。そう、それがなによりもほしいものだ。それを手に入れるということはアルルを手に入れるのと同じことだ。そしてそれをオルレアンから奪うことは、オルレアンからアルルを取り戻すことと同じことだ。
「それはいったいなにかね?」ニームは平静を装ってそういったが、額からから流れ落ちる汗がそれが無意味な繕いであることを教えていた。
自分はオルレアンに見抜かれている。そして試されている。オルレアンが自らそれを無防備にさらけ出すとは、つまりそういうことだ。どうして見抜かれたのか、それはこのさい考えてもしかたない。いまどうするかだ。
オルレアンはもしかしたら、自分にそれをくれるつもりなのかもしれない。ニームはそれを自分の欲望がみせる妄想ではなく、十分ありえることのように思えた。
ニームがそうしてオルレアンの前であることも忘れて、暗い感情におぼれていると、オルレアンはニームにそっと問いかけた。
「なあ、きみ」
ニームはハッと我に返って、返答した。「なんだい?」
ニームにはまだ仕事が残っていた。もっとも勇気の要する大仕事だ。オルレアンを昏倒させ、そのズボンのポケットにしまわれている図面を奪い取るという仕事をすませるためには、まず、オルレアンを家に帰す道に進ませなければならない。そして、オルレアンを介抱するようについていくふりをして、このすぐ近くに隠してある鉄の棒でオルレアンの背後をおそうのだ。それまでは、自分の意図を察せられてはいけない。
ニームがそうして作り笑いをその顔に浮かばせると、オルレアンは悲しそうにため息をついた。
「きみはこれが欲しいのだろう」オルレアンは手をズボンのポケットに入れると、四つ折りにされた紙をそっと取り出した。
ニームはそれをみて、息をのんだ。そう、それがなによりもほしいものだ。それを手に入れるということはアルルを手に入れるのと同じことだ。そしてそれをオルレアンから奪うことは、オルレアンからアルルを取り戻すことと同じことだ。
「それはいったいなにかね?」ニームは平静を装ってそういったが、額からから流れ落ちる汗がそれが無意味な繕いであることを教えていた。
自分はオルレアンに見抜かれている。そして試されている。オルレアンが自らそれを無防備にさらけ出すとは、つまりそういうことだ。どうして見抜かれたのか、それはこのさい考えてもしかたない。いまどうするかだ。
オルレアンはもしかしたら、自分にそれをくれるつもりなのかもしれない。ニームはそれを自分の欲望がみせる妄想ではなく、十分ありえることのように思えた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる