85 / 101
B
しおりを挟む
「ぼくを?」ニームは石膏のように固まったオルレアンに怪訝そうにそう聞き返した。オルレアンはそれを手で制して、咳払いをした。
「いや、それはもういいんだ」
オルレアンはニームに、きみがハシゴを外したのだろうとそう追及しようとした。ニームはおそらくそれを否定するだろう。ぼくは知らない、と。本来ならそんな否定は無意味だ。そんな言い訳は通用しない。事実ハシゴがそこになかったのだから、オルレアンを納得させることなどできない。それでもニームがやってないと言い張るならば、両者は水掛け論におちいるだろう。
しかし、ニームにはわかっていた。ニームはその善良そうな顔の裏で、ひそかに計算をしていた。ニームがそれを不遜ともいえるような態度で否定し続ければ、オルレアンはオルレアン自身を疑い始めるだろう、と。
ニームにはなぜその確信があったのか。それはオルレアンが自分を信じるよりも世界を信じたほうがましだと思えるような、そんな現象に巻き込まれたに違いないというこのを知っていたからだ。あるいは、気づいたからだ。ニームがオルレアンを追って、穴の中に入っていた動機はオルレアンにはわからない。もしかしたらその時点では、本当にオルレアンのことを心配して、自分のしたことを後悔して追ってきたのかもしれない。なんにしても、動機がなんだったかなんて、もうすでにどうでもよいことだ。
穴の中にオルレアンを見つけられなかったニームは穴の外に出て、そして穴の中の暗闇ではわからなかった自分の足元を見て、自分の靴が赤土で汚れていることに気がついたのだった。
ニームは少年期に偶然出会った旅人の顔はもう忘れてしまっていた。忘れていなければ、オルレアンを防空壕に下ろしたりなどするわけなかった。
ニームが覚えていたのは、旅人の靴に付着していた赤土と、我が故郷ブラーヴについて語った言葉だった。ブラーヴの盛んな農業を支えているのは肥沃な黒土であること、赤土はブラーヴではめったにみないこと。
ブラーヴで赤土がむき出しになっているのは、ブラーヴを囲む、隆起してできた山の、過去のある一時代を映し出す地層だけだった。少なくとも、ニームはそこしか知らなかった。だから旅人がその靴に赤土を付けたのは、山を越えてきたからだろうと即断するのは無理のないことだったし、当然のことともいえた。いったい誰が、地下に眠ったままの赤土の地層を踏みしめながら、ここまで歩いてきたのだと、発想することができるだろうか。
「いや、それはもういいんだ」
オルレアンはニームに、きみがハシゴを外したのだろうとそう追及しようとした。ニームはおそらくそれを否定するだろう。ぼくは知らない、と。本来ならそんな否定は無意味だ。そんな言い訳は通用しない。事実ハシゴがそこになかったのだから、オルレアンを納得させることなどできない。それでもニームがやってないと言い張るならば、両者は水掛け論におちいるだろう。
しかし、ニームにはわかっていた。ニームはその善良そうな顔の裏で、ひそかに計算をしていた。ニームがそれを不遜ともいえるような態度で否定し続ければ、オルレアンはオルレアン自身を疑い始めるだろう、と。
ニームにはなぜその確信があったのか。それはオルレアンが自分を信じるよりも世界を信じたほうがましだと思えるような、そんな現象に巻き込まれたに違いないというこのを知っていたからだ。あるいは、気づいたからだ。ニームがオルレアンを追って、穴の中に入っていた動機はオルレアンにはわからない。もしかしたらその時点では、本当にオルレアンのことを心配して、自分のしたことを後悔して追ってきたのかもしれない。なんにしても、動機がなんだったかなんて、もうすでにどうでもよいことだ。
穴の中にオルレアンを見つけられなかったニームは穴の外に出て、そして穴の中の暗闇ではわからなかった自分の足元を見て、自分の靴が赤土で汚れていることに気がついたのだった。
ニームは少年期に偶然出会った旅人の顔はもう忘れてしまっていた。忘れていなければ、オルレアンを防空壕に下ろしたりなどするわけなかった。
ニームが覚えていたのは、旅人の靴に付着していた赤土と、我が故郷ブラーヴについて語った言葉だった。ブラーヴの盛んな農業を支えているのは肥沃な黒土であること、赤土はブラーヴではめったにみないこと。
ブラーヴで赤土がむき出しになっているのは、ブラーヴを囲む、隆起してできた山の、過去のある一時代を映し出す地層だけだった。少なくとも、ニームはそこしか知らなかった。だから旅人がその靴に赤土を付けたのは、山を越えてきたからだろうと即断するのは無理のないことだったし、当然のことともいえた。いったい誰が、地下に眠ったままの赤土の地層を踏みしめながら、ここまで歩いてきたのだと、発想することができるだろうか。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる