うさぎ穴の姫

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「図面は用意してありますよ。これがパスィヤンス病院の最新のものです。保証しますよ」
 設計士は十年前の姿のまま現れたオルレアンに驚いた様子をまったくみせなかった。設計士はジャケットのうちポケットから、図面の用紙を十二枚取り出してオルレアンに渡した。一枚ごとに一層の図面が描かれていて、それが十二枚あるということは、パスィヤンス病院は表面上はそうみえなくても、十二層ある建物ということのようだった。オルレアンには一見では図面の見方がわからなかったから、設計士に図面の見方を教えてもらった。それに時間をかけるのはオルレアンとしても本意でなかったし、隣でまどろんでいるようなフリをしていた老婆も、じきにいらだつような貧乏ゆすりを始めていたが、読み方がわからなければ宝の持ち腐れだ。オルレアンは時間をかけて丁寧に設計士から教えを受け、ようやくパスィヤンス病院に向かう決意を固めた。
 設計士はまるで自分の弟子を見送るように、出入り口までオルレアンにつきそって歩いた。
「あなたにも責任があると思いますよ」オルレアンはそういって設計士を責めた。
「心外ですね。私になんの責めがあるというのです」
「あんなけったいな建物を建てておいてそれはないでしょう」
「あなたからみたら、それが事実かもしれません。あなたにはパスィヤンスが悪魔の城にもみえるかもしれません」
「ぼくだけじゃないですよ。ほかにも」オルレアンははじめにまずアルルのことが頭に浮かんだが、その名前は口にしなかった。
「しかし、私はそういうひとのためにパスィヤンス病院を建て、増築してきたわけではありません。パスィヤンス病院の主人はダンケルクであり、私はそのために雇われたのですから」
「だから、あなたは満足ということですね」
「ええ。いい仕事ができたと思っています。だって、あなたもいまちょうどみてきたでしょうよ。私の建物にあれほどたくさんのひとが集っているのですから。パスィヤンス病院の発展はダンケルクの適度な傲慢さにあるのです。パスィヤンス病院のその発展は、建物の高さそのものです。それは同義なのです。私といえど、そこに自尊心を感じずにはいられませんよ」
 オルレアンは患者たちが穏やかに散歩する病院の庭をとおってきたばかりだった。「たしかにあなたのおかげで、この町の福祉の水準は大幅に引き上がりました」
 オルレアンはしかたなく設計士の功績をそう認めたが、「まあ、私にはそんなことどうでもよいのですがね」と舌の根も乾かぬうちに自分の発言をひるがえした。
「結局あなたは自分さえ楽しめればそれでよいのでしょう」オルレアンは設計士をそう非難した。オルレアンはさすがにいいすぎたかと、図面を丸めてもっていた自分の手に注意を向けたが、設計士はそれを取り返してやろうという素振りは全然みせなかった。



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