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オルレアンははやる気持ちで設計士のもとへと向かった。しかし一方で、そうしたこともあって、ほんの少しでも気の進まない自分がいないかどうかを注意深く点検しながら歩いた。オルレアンの足取りは早かった。それでも気持ちは慎重だった。
オルレアンは設計士がどこにいると細かく決めて約束したわけではなかったが、ブラーヴには宿の体裁をしているものは、この十年間いまだに一件しかなかったし、それでなくても、オルレアンは設計士がそこにいることを予感よりも確かな感覚で確信していた。オルレアンのその確信は、パスィヤンス病院にほど近い、その崩れかけの宿に近づくと、いよいよ確実なものとなった。その建物が宿であることを主張する看板は、オルレアンが生まれる前からずっと、すっかり朽ちて外れかけていたはずだったが、それが生まれ直された姿で、木造の建物の外板に、さびひとつない釘で打ち直されていた。
オルレアンはそこはまだ古腐ったままの扉を開いて、宿の中に入った。「ここはいつからまた宿屋を始めたのですか」
そんな皮肉めいたことをいうオルレアンを、いつかと同じ場所で同じ安楽椅子に座っていた老婆は、旧知のひとに会ったときの懐かしむようなまなざしで見た。「なに、ほんの束の間だけのことさ。このお客さんが帰ったら、また年金ぐらしさ」
「それは短い現役復帰でしたねえ。私の用事も今日で済むようですし、また明日からゆっくりお過ごしなさいな」
「あんた、ここを引き上げる前に扉のひとつでも直してくれないか。すきま風がこたえるのだよ」
「あれはこの建物の味ですので直せませんねえ」
「ふん。評論家になってしまったら、技術者としてはおしまいだよ」老婆はそういって、対峙している設計士を非難した。「まあいいさ。私にはこの家がいちばん落ち着くんだ。下手に直されたら、落ち着かなくて気もそぞろだよ」
老婆はそういって、寒がるような仕草をすると、オルレアンを見上げた。「お主はいつまでつったってるつもりだ。急ぎの用事があるのだろう」
老婆は全てをわかっているような口ぶりだった。実際、全てではなくてもほとんどわかっているのはちがいなかった。
「約束どおり、図面をみせてもらいにきましたよ」
「お待ちしておりました」
設計士は慇懃にお辞儀をしてみせた。さっきまでネズミ色の作業着のような服を着ていた設計士は、正装とはいわないまでも、紺のジャケットとチェックのズボンのしゃれた格好をしていた。設計士は十年の歳月を感じさせない変わりのなさだったが、それは設計士がもともと老けたキツネのような顔をしていたからだった。設計士は老けていたが、もうこれ以上に歳を取らないような顔をしていた。
オルレアンは設計士がどこにいると細かく決めて約束したわけではなかったが、ブラーヴには宿の体裁をしているものは、この十年間いまだに一件しかなかったし、それでなくても、オルレアンは設計士がそこにいることを予感よりも確かな感覚で確信していた。オルレアンのその確信は、パスィヤンス病院にほど近い、その崩れかけの宿に近づくと、いよいよ確実なものとなった。その建物が宿であることを主張する看板は、オルレアンが生まれる前からずっと、すっかり朽ちて外れかけていたはずだったが、それが生まれ直された姿で、木造の建物の外板に、さびひとつない釘で打ち直されていた。
オルレアンはそこはまだ古腐ったままの扉を開いて、宿の中に入った。「ここはいつからまた宿屋を始めたのですか」
そんな皮肉めいたことをいうオルレアンを、いつかと同じ場所で同じ安楽椅子に座っていた老婆は、旧知のひとに会ったときの懐かしむようなまなざしで見た。「なに、ほんの束の間だけのことさ。このお客さんが帰ったら、また年金ぐらしさ」
「それは短い現役復帰でしたねえ。私の用事も今日で済むようですし、また明日からゆっくりお過ごしなさいな」
「あんた、ここを引き上げる前に扉のひとつでも直してくれないか。すきま風がこたえるのだよ」
「あれはこの建物の味ですので直せませんねえ」
「ふん。評論家になってしまったら、技術者としてはおしまいだよ」老婆はそういって、対峙している設計士を非難した。「まあいいさ。私にはこの家がいちばん落ち着くんだ。下手に直されたら、落ち着かなくて気もそぞろだよ」
老婆はそういって、寒がるような仕草をすると、オルレアンを見上げた。「お主はいつまでつったってるつもりだ。急ぎの用事があるのだろう」
老婆は全てをわかっているような口ぶりだった。実際、全てではなくてもほとんどわかっているのはちがいなかった。
「約束どおり、図面をみせてもらいにきましたよ」
「お待ちしておりました」
設計士は慇懃にお辞儀をしてみせた。さっきまでネズミ色の作業着のような服を着ていた設計士は、正装とはいわないまでも、紺のジャケットとチェックのズボンのしゃれた格好をしていた。設計士は十年の歳月を感じさせない変わりのなさだったが、それは設計士がもともと老けたキツネのような顔をしていたからだった。設計士は老けていたが、もうこれ以上に歳を取らないような顔をしていた。
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