うさぎ穴の姫

もも

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「私は一介の設計士であり建築士でありますが、私は自分を取るに足らない身分と自覚しているおかげもあり、自分の建てた建築物に自分の面影を残さずにいられています。私は自分の作品に自分の証を残すことにいまいち興味をもてないのです」
「でも、あなたのことを噂で知ったと、病院の先生はおっしゃっていましたよ。あなたはご自分のお名前でさえ、世間に足跡を残されているようですが」オルレアンは設計士の話をさえぎってそういった。
「盗み聞きされていたのですね」設計士は恨むようにオルレアンを見たが、「あなたもわかっていることでしょう」とひるまなかった。
「それは、ただの結果ですよ」設計士は前の言葉を受けていった。「建築物というのはやはり、その所有者のあり様がどんどん浸透していって、最後にはその所有者の生き写しとでもなるべきものなのです。その所有者が個人であっても企業であっても、町や国でも」
「それは当然のことのように思えます。依頼主の要望を取り入れるのが受注者の義務ではないでしょうか」
「おっしゃるとおりです。しかし紋切り型の設計図に依頼主の要望を付け加えただけの設計では、建築士の名は世間に轟かないでしょう。多かれ少なかれ、芸術家としての自己をそこに組み込まなければならない」
「たしかに建築物は、依頼主中心か建築士中心かが両翼のようにおもえます。紋切り型の設計は、ある意味所有者の要望の粋の結晶ともいえますが無個性ともいえますし、逆に建築士の創造性が入り込みすぎるともはや住むに耐えない代物となってしまう恐れもあります」
 オルレアンがそういうと、設計士はオルレアンを讃えて拍手をした。「素晴らしい!素晴らしい分析です!あなたは技術と知識を除けば、ほとんどすでに設計士同然の人材ですよ」
 オルレアンは設計士の冗談に付き合うことはしなかった。オルレアンは真面目な表情で設計士を見た。見られる設計士は気まずそうに咳払いをすると、「ええ、素晴らしい分析ですよ。しかし、私はその分析のどこにもいないでしょう。私の建築物には完成というものがないからです。私の建築物は断続的に変化します。変化させるのです。所有者の変容を象徴するのです。それはさながら、ストーリーのようではありませんか?私はそれを読むのを楽しみにしているひとりの、そしてただひとりの読者なのです。私は所有者の建物を増築しながら、物語を読んでいるのです」




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