うさぎ穴の姫

もも

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「そしてなぜ、ひとは十年前の約束など破ってもかまわないと思ってしまうのか」こうなってしまうと、ニームはただの演説家でしかなかった。「それは、約束を交わした相手の忘却を期待するからです。つまり、あいつもどうせあんな約束なんて覚えちゃいないさ、ということを期待するのです。忘れるということは、もっとも罪のない約束の破棄です。覚えていて約束を破ることは罪悪感をともないますが、忘れてしまったのならとぼけてごまかすしかありません。十年後なら、忘れてしまったのだろうと相手を許すしかありません。もちろん双方とも覚えているのに実行されなかった約束など、世の中にはごまんとあるでしょう。それがなぜおおきな問題を起こさないのか。それはそうした約束は全て同じ文言により、煙のようにたち消えていくからです。どうせ覚えてなんていないさ、と。問題の火種にすらならない」ニームはそこで呼吸を整えるように言葉を切って、つばをのみこんだ。「つまりもし、お嬢様自身がどなたかと十年後の約束を結ばれていたとして、もちろんこれは仮定の話ですが、もしその約束が破られてしまったとしたら、それはお嬢様がその約束を忘れてしまったのと同義なのです」
「私は忘れたりなんてしない」アルルのそういう声はどこかしめっていたが、涙は見せまいと決然とくちびるをかみしめているようだった。
「お嬢様が忘れるか忘れないかは問題ではないのですよ。そのお相手のひとが約束を破棄した時点で、お嬢様は分裂するのです。約束を覚えているお嬢様と、忘れてしまったお嬢様に。そのお相手のこころの中では、十年前に交わした心許ない約束などにとらわれず、自由気ままに生きているお嬢様だけが生き残るわけです」ニームの口はとまらなかった。息をするように、アルルをおとしめる言葉が泥水のように流れ出た。ニームは自分の口とのどが勝手に動いているようだった。だれか自分をとめてほしいと思った。しかしこの口は、アルルの涙を見るまでは、止まることはないだろうとあきらめてもいた。
「あなたって、よっぽどかわいそうなひとよ」アルルは同情するような目でニームをみた。
「ぼくもそう思います」ニームはアルルに同意した。同意どころか自ら主張したかった。自分を特別な存在と自負していたひとが、自分はどこにでもいるありふれた存在なのだと気づいたときの、うつろな悲しみを。
「ニームはかわいそうなひとだから知らないのよ」
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