66 / 101
は
しおりを挟む
「いえ、いいんですよ」ニームはそういってあいまいにわらった。戸惑いを隠すためだった。目とのどが震えているのがわかった。ニームはそれがアルルに見えないように、うつむいて床をみた。
いいんですよだって?全然よくないじゃないか!
ニームはこころの中で叫んだ。
お嬢様の白いほほにさしたあの紅みはいったいなんだったのだろうか。それはまるで白昼の太陽が山の稜線に沈みつつあるときの暖かい赤であった。それはまるで、白い絹を、植物の紅から抽出した色素にそっとつけて、それが絹の端からだんだんとほのかに立ち上っていくような、そんな優しい染色だった。
あれは怒りでも恥じらいでもない。あれは喜びだ。
なぜぼくはアルルの表情をみて、そう思うのだろう。ぼくに幸福とはなにかを語ったひと。そうだ、幼いころに聞かされたこの町でただひとりの祭司様の言葉だ。幸せとは神からの祝福だ。そして、祝福を受けたものは喜びで満たされる。そのとき祭司様は喜びについてなんと語っただろう。
怒りや恥じらいなら、マグマの噴火のように、もっと突発的に、まるで表と裏で色の違う色画用紙を反転させるように、瞬時にして、表情に出るはすだった。特に怒りであれば、自分の意識と違うところで起こり爆発するが、そのあとは自分の意思で沈めることができるものだ。実際、アルルは一度、激情のような言葉を発しながら、そのあとすぐに自分に謝った。あれはもしかしたら怒りだったのかもしれない。
しかしそれに続く、アルルが自身の約束の意味を粛々と述べながら、まるで遠慮がちに咲いた野薔薇のような、慎み深くも目を奪われる美しさの、その表情全体でかもしだされる微笑みは、おそらく本人も自覚していなかっただろうが、それは喜びの表情にちがいなかった。
自分の意思とは別に表れてしまう点では、怒りと喜びは同じだった。しかし、怒りは冷めやすく、また、内側に溜め込むことのできるものだ。それはまさに火山の噴火だ。マグマだ。内側でぐつぐつと煮え続け、あるとき爆発する。怒りは冷めると、こころに岩を残す。植物が育つことのできない、枯れた岩だ。岩はこころの中に残り続ける。
喜びはそれとは違う。喜びは泉だ。水のわきでる源泉だ。それは内側から切れ目なく押し寄せてくる穏やかな流れだ。それは自分で押しとどめることができない。押しとどめなければいけないものでもない。喜びは常に内側からわきいでて、身体全体に行き渡る。感覚は開かれ、身体はあたたまり、意識は時間の進む正しき方向を見る。
いいんですよだって?全然よくないじゃないか!
ニームはこころの中で叫んだ。
お嬢様の白いほほにさしたあの紅みはいったいなんだったのだろうか。それはまるで白昼の太陽が山の稜線に沈みつつあるときの暖かい赤であった。それはまるで、白い絹を、植物の紅から抽出した色素にそっとつけて、それが絹の端からだんだんとほのかに立ち上っていくような、そんな優しい染色だった。
あれは怒りでも恥じらいでもない。あれは喜びだ。
なぜぼくはアルルの表情をみて、そう思うのだろう。ぼくに幸福とはなにかを語ったひと。そうだ、幼いころに聞かされたこの町でただひとりの祭司様の言葉だ。幸せとは神からの祝福だ。そして、祝福を受けたものは喜びで満たされる。そのとき祭司様は喜びについてなんと語っただろう。
怒りや恥じらいなら、マグマの噴火のように、もっと突発的に、まるで表と裏で色の違う色画用紙を反転させるように、瞬時にして、表情に出るはすだった。特に怒りであれば、自分の意識と違うところで起こり爆発するが、そのあとは自分の意思で沈めることができるものだ。実際、アルルは一度、激情のような言葉を発しながら、そのあとすぐに自分に謝った。あれはもしかしたら怒りだったのかもしれない。
しかしそれに続く、アルルが自身の約束の意味を粛々と述べながら、まるで遠慮がちに咲いた野薔薇のような、慎み深くも目を奪われる美しさの、その表情全体でかもしだされる微笑みは、おそらく本人も自覚していなかっただろうが、それは喜びの表情にちがいなかった。
自分の意思とは別に表れてしまう点では、怒りと喜びは同じだった。しかし、怒りは冷めやすく、また、内側に溜め込むことのできるものだ。それはまさに火山の噴火だ。マグマだ。内側でぐつぐつと煮え続け、あるとき爆発する。怒りは冷めると、こころに岩を残す。植物が育つことのできない、枯れた岩だ。岩はこころの中に残り続ける。
喜びはそれとは違う。喜びは泉だ。水のわきでる源泉だ。それは内側から切れ目なく押し寄せてくる穏やかな流れだ。それは自分で押しとどめることができない。押しとどめなければいけないものでもない。喜びは常に内側からわきいでて、身体全体に行き渡る。感覚は開かれ、身体はあたたまり、意識は時間の進む正しき方向を見る。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
お尻たたき収容所レポート
鞭尻
大衆娯楽
最低でも月に一度はお尻を叩かれないといけない「お尻たたき収容所」。
「お尻たたきのある生活」を望んで収容生となった紗良は、収容生活をレポートする記者としてお尻たたき願望と不安に揺れ動く日々を送る。
ぎりぎりあるかもしれない(?)日常系スパンキング小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる