うさぎ穴の姫

もも

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「自分の思う十年後の自分の予想と、他人が約束してくれた十年後の他人の姿なら、どちらのほうが信用できるかしら」
 ニームはアルルの唐突な問いかけに動揺した。
「それはたとえば、お嬢様がいま思い浮かべている十年後のご自身の姿と、ぼくがいまいった十年後の姿、つまり家業を継いでいるだろうということですが、そのどちらのほうがそうなりうる可能性が高いか、ということでしょうか?」
 アルルの問いかけは一般論だった。ニームのあげた例は、個別的なことだった。アルルの問いかけが本当に一般論であれば、ニームのあげた例をもとに検討していっても差し支えないはずだった。一般論はあらゆる個別的事例をふくまなければならないからだ。
 ニームはアルルの回答を恐れながら待った。動悸が高鳴り、心臓の鼓動が小刻みに波打つと、ニームの体温はあがり、顔は上気していったが、手や足の身体の端っこのほうはどんどん冷えていくようだった。ニームは実際おびえていた。しかし、アルルはそんなニームを、本当のニームとは全く別に見ていた。アルルにはニームが、まるで自分の発した言葉に確信をもち、まして、自分がニームの十年後になにかしらの信用や期待を抱いているのかもしれないとニームはまさか強引にそう解釈して高揚しているのではないかと、そんな嫌な想像が一瞬頭をよぎった。それはアルル本人も自覚していない感情にはちがいなかった。言葉を並べて表すより、紫色の靄のようなそんなイメージのほうがアルルにはぴったり合っていた。その黒い靄が、寒い朝の日の肌寒くも爽やかな空気の中、玉の露がまるでカーテンのように連なる、白く朧げな霧を追い払っていくような。
「そんなの全然ちがうわ!」アルルはその靄を払い除けるように、頭を左右に振りながらそう叫んだが、自分の声の大きさに驚くと、ハッと冷静になった。「そういうのじゃないわ。だってニームは私に急に聞かれて、考えもせずになんとなくで答えたでしょう?私がいっているのは、もっと面向き合って、目と目を合わせて、手と手をとりあって、神に誓うように述べる、そんな約束のことよ」
 アルルは自分でそういいながら、自分はニームにたいしてだいぶ不親切だと思った。これは約束というより、誓いであり契約だ。ニームが約束という言葉にそれほどの深い意味を込めてとらえていないのであれば、ニームのいったことはなにも間違ってはいなかったのだ。「あの、ごめんなさいね、ニーム。きのう読んだ本につい憧れてしまったの。物語に思い入れが強すぎたのね。怒るようにいってしまってごめんなさい」




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