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「それなのに、君はあの穴が普通でないと、そう思っているんだね」
「そうよ。だって、あなたがとっても不思議なんだもの。あの穴が山でも海でも月でも、どこにつながっていたって、あなたほど不思議じゃないわ」アルルはそういって無邪気に笑った。
「それはおおげさだよ」オルレアンはそういって、苦笑いをした。
「ねえ」やや沈黙があったあと、アルルはオルレアンに、小鳥のさえずりのようなかわいらしさでそう呼びかけた。「なんでまた私に会いにきたのか、はっきりとした理由を聞いてないわ」アルルはオルレアンにそうたずねると、試すように目配せした。
「ぼくは君に約束をしにきたんだ」オルレアンは隠さずそういった。
「約束?」アルルは小首をかしげた。
「そう。十年後の約束を」
「ずいぶんと気が長いのね」
「そうなんだ」
「十年間もひとを待たせて、焦らさせるの」
「それは申し訳ないと思っているよ」
「十年後になにを約束してくれるというの?」
「君にまた会いにくるよ。そして君を助け出すんだ」
オルレアンが真面目にそういうと、アルルはおかしそうに笑った。「気の遠くなるような約束ね」
「でも、ぼくにとってはほんの一瞬で訪れるだろう」
「私には長いわ」
「すまない」オルレアンはまた謝った。
アルルは格別いらだった様子もない口調でオルレアンに迫った。「なぜ、それは今すぐではダメなの?私を助け出してくれるって、いったわよね。この状況をごらんなさい。私を連れ出すのには絶好の機会だわ。あなたはまんまと私の部屋に侵入し、ふたりきりになった。妨害者、つまり、お父様を食い止める協力者もいる。いま、この窓を開けば、そこはもう外よ。ほとんどあなたの勝ちよ。だって、庭の穴にはあなたにしか知らない帰り道があるのでしょう。私も一緒に連れて行ってくれないの?」
アルルはオルレアンをそういって、オルレアンを惑わすように見たが、実際はアルル本人がそうはならないのだろうとわかっているような、肉感のない言葉だった。
「それはまだできないんだ」オルレアンは自分の過去に忠実だった。つまり、オルレアンは自分にとっての現在において、アルルがパスィヤンス病院の迷宮の中の、一室のどこかにいるのは間違いないと思われた。それゆえに、つまり、アルルという秘密を、ダンケルクの秘密を隠そうとして、ニームはオルレアンを穴の中に閉じ込めようとしたに違いなかった。
「残念ね」アルルはそうとわかっていながらも、なけなしの期待を抱いて裏切られたかのように、少し寂しそうにいった。
「もし、いま君を連れ去ったとしても、それはうまくいかないように必ずなっているんだよ」
「そうよ。だって、あなたがとっても不思議なんだもの。あの穴が山でも海でも月でも、どこにつながっていたって、あなたほど不思議じゃないわ」アルルはそういって無邪気に笑った。
「それはおおげさだよ」オルレアンはそういって、苦笑いをした。
「ねえ」やや沈黙があったあと、アルルはオルレアンに、小鳥のさえずりのようなかわいらしさでそう呼びかけた。「なんでまた私に会いにきたのか、はっきりとした理由を聞いてないわ」アルルはオルレアンにそうたずねると、試すように目配せした。
「ぼくは君に約束をしにきたんだ」オルレアンは隠さずそういった。
「約束?」アルルは小首をかしげた。
「そう。十年後の約束を」
「ずいぶんと気が長いのね」
「そうなんだ」
「十年間もひとを待たせて、焦らさせるの」
「それは申し訳ないと思っているよ」
「十年後になにを約束してくれるというの?」
「君にまた会いにくるよ。そして君を助け出すんだ」
オルレアンが真面目にそういうと、アルルはおかしそうに笑った。「気の遠くなるような約束ね」
「でも、ぼくにとってはほんの一瞬で訪れるだろう」
「私には長いわ」
「すまない」オルレアンはまた謝った。
アルルは格別いらだった様子もない口調でオルレアンに迫った。「なぜ、それは今すぐではダメなの?私を助け出してくれるって、いったわよね。この状況をごらんなさい。私を連れ出すのには絶好の機会だわ。あなたはまんまと私の部屋に侵入し、ふたりきりになった。妨害者、つまり、お父様を食い止める協力者もいる。いま、この窓を開けば、そこはもう外よ。ほとんどあなたの勝ちよ。だって、庭の穴にはあなたにしか知らない帰り道があるのでしょう。私も一緒に連れて行ってくれないの?」
アルルはオルレアンをそういって、オルレアンを惑わすように見たが、実際はアルル本人がそうはならないのだろうとわかっているような、肉感のない言葉だった。
「それはまだできないんだ」オルレアンは自分の過去に忠実だった。つまり、オルレアンは自分にとっての現在において、アルルがパスィヤンス病院の迷宮の中の、一室のどこかにいるのは間違いないと思われた。それゆえに、つまり、アルルという秘密を、ダンケルクの秘密を隠そうとして、ニームはオルレアンを穴の中に閉じ込めようとしたに違いなかった。
「残念ね」アルルはそうとわかっていながらも、なけなしの期待を抱いて裏切られたかのように、少し寂しそうにいった。
「もし、いま君を連れ去ったとしても、それはうまくいかないように必ずなっているんだよ」
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