うさぎ穴の姫

もも

文字の大きさ
上 下
56 / 101

しおりを挟む
 オルレアンは飾り気のない木目調のドアをノックすると、中から「はい」と張り詰めた弦のような、緊張した声が答えた。ノックしたオルレアンのことをダンケルクだと思っているのだ。常識で考えたら、オルレアン自身のほうが、よほど窃盗か誘拐かをしでかそうとする侵入者であったが、オルレアンは自分が姿を見せたほうが、アルルを和ませられることを疑わなかった。
 オルレアンは部屋のドアを自分の身の分だけ開け、そこに身体をすべりこませると、すばやくドアをしめた。アルルは窓際で椅子に座ってドアが開くのを行儀良く待っていたようらだったが、部屋に入ってきたのがダンケルクではないと気づくと、はっと目を見開いて息をのんだ。しかし、その侵入者がオルレアンだとわかると、こわばらせた肩を撫で下ろしたが、それも束の間のこと、感情が波のように往復するように、目を泳がせた。
「あなた、どうして?」アルルのその言葉は、どうしてまたきたの、というようでもあったし、どのようにしてここまできたのというようでもあった。
「この病院の良客の婆さんと知り合いになってね。その婆さんがいまお父さんの診察を受けている。ちょっとやそっとの足音や物音では気づけないくらい、足の痛みを訴えてやるって意気込んでたよ」オルレアンはそういって笑った。
「受け付けにいる母は?」アルルは信じられないというように首をふった。それは、どうして私を気にしてくれるのか信じられないというようでもあったし、そんな危険を犯す向こう見ずな行動を信じられないというようでもあった。
「お母さんはなにもいわなかったよ。名前も呼ばれていないのに、待合い室から奥に入っていくぼくを見逃してくれた。ぼくは婆さんがヒステリーにわめき立てる喚き声を尻目に君の部屋をのんびりと探させてもらったということさ」
 アンティーブ夫人がオルレアンを見逃してくれることは、オルレアンにはわかっていた。夫人はオルレアンが庭でオルレアンとアルルが話しているのを見つけても黙っていた。老婆とも接触を保っていた。オルレアンの宿の便宜をはかってくれた。オルレアンは夫人に糸で操られているような不気味さを感じながらも、夫人の誘いに乗ったのだった。
「あなた、不思議なひとね」アルルはそういって、ツンと窓の外に顔を向けた。「それで、私になんのご用?それとも、この窓から外に出て、あの穴に戻りたいのかしら。だとしたら遠慮はいらないわ。どうぞ、お通りになって」






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

入れ替わった恋人

廣瀬純一
ファンタジー
大学生の恋人同士の入れ替わりの話

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

令和の俺と昭和の私

廣瀬純一
ファンタジー
令和の男子と昭和の女子の体が入れ替わる話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

処理中です...