うさぎ穴の姫

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「ここで私がおまえの足を潰しても、なんの得にもならんわ」ダンケルクはそういって、まずそうに葉巻をふかせた。「そうしたが最後、私は犯罪者となり、おまえよりも社会的に立場が低くなってしまう。この社会的な立場、信頼、実績こそが、おまえと私の越えることのできない差だ。おまえはいま私におどしをかけたが、そんなことで私より優位に立てると思うのか?社会の前に個人的な心理など問題にないに等しい。よく考えてもみろ。おまえのような病院通いの老婆が騒ぎ立ててどうなる?たしかにおまえは町民から特別嫌われているわけでも不信をかっているわけでもないかもしれない。ただの病院通いの多い婆さんだ。でも、町民のおまえに関する知識はそこまでだ。おまえが病院に通う確かな理由は誰も知らない。おまえは足を引きずって歩いている。みな足が悪いのだろうと思う。実際、おまえの足は改善の限界なんだ。それ以上によくなる様子もないのに、なぜ病院に通い続けるのか。違う用件で通っているのかもしれない。それはなんだろうか。特別外傷があるようには見えない。ということは、身体の内側の目に見えない部分の病気なのだろう。ひとにとってもっとも目に見えないものはなんだろう。そう、それは精神だ。おまえは精神の病気なのかもしれない」
 ダンケルクはまだ半分残っている葉巻を惜しみなく灰皿ですりつぶすと、椅子に座りなおした。
「私は医者だ。町民から先生と慕われている医者だ町民にそう思わせることなんて、指先ひとつほどの力でできるのだよ」
 ダンケルクは老婆をきつくにらんだ。老婆はすでに意気をほとんど削がれていたが、なけなしの気概をふりしぼった。
「私は孤独な老人だから、いまさら町民になんと思われようとかまわない。やってみる価値はある。はじめは信じてくれないかもしれない。お主のいうとおり狂人と思われるかもしれない。でも、どんなに頑丈に編まれた織物も、ひとつほころびが生まれたらそこからほどかれていくものさ。町民全体にお主に対する疑惑の芽をほんの少しでも植えつけることができれば、私はそれでもかまわない。いつかお主の罪は暴かれるだろう!」
 老婆はそういうと精魂尽き果てたように首からうなだれたが、息は荒く、肩を上下させた。ダンケルクは意気消沈した様子の老婆をみて、満足そうに笑った。ダンケルクはあと一枚カードを切れば、老婆を打ちのめすことができるだろうと見て取った。ダンケルクは老婆の脳に直接刺激を与えようとするように、老婆に耳元に顔を寄せた。




 






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