うさぎ穴の姫

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「耄碌としたか、ルーベ。私に娘など、いや子どもなどおらぬ。おまえはこの十年、私のもとへ通い詰めた。私はそれを無償で治療してやった。その間、おまえはおまえのいう私の娘とやらについて、一切なにもいわなかったではないか」ダンケルクはルーベに対して揺るぎない絶対的優位を確信して、そうルーベに告げたのだった。
「それはあんたがそれを交換条件にして、私の口封じをしたからだ」老婆は唾を飛ばしながらいった。
「私が記憶していることと食い違っているようだ。私はそんなことは知らない。私がおまえを無償で治療したのは、私が開業医として独立してからおまえが私の初めての患者だったという、ただそれだけのことだ」
「でたらめを」老婆はぎりぎりと歯を軋ませた。
「それにだね、仮におまえがいっていることが正しかったとして、おまえは私と交わしたというその交換条件を破棄するつもりかね。恩を仇で返すとはこのことだ」ダンケルクはそういうと、機敏な動きでいきなり、老婆の痛めている方の足をつかんだ。「それならば、この足を私にへしおられても文句はいえまい」
 ダンケルクはすごみのある声で老婆をおどした。ダンケルクならひと握りで足の機能を損壊させる箇所を知っていてもおかしくない。老婆は恐怖に怯えながらも、声を震わせてダンケルクに対抗した。
「私はもうこの苦境に耐えられんのだ!たしかにあんたのいうとおり私は恩知らずだ。十年前の私は今より若かった。肉体がダメになっていくという事実を受け入れることを、未熟な精神が拒否した。私はおのれの未熟な精神のために、たましいを売った。自分の身体を選んだ。しかし、今はちがう。もっとも、私の精神など今なお取るに足りないものだ。しかし、今では精神も成熟を通ることなくすっかり老いてしまった。この老いた精神など世間様にはなんの役にも立たない代物であるが、自分の朽ちた肉体を朽ちたまま、時がなすままに任せることくらいはできるのさ。そう、私はまるで芽吹いたばかりの若葉に注ぐはずの陽の光をさえぎる老木のようだ。だから、ひとおもいにこの枯れ枝のような足をおるがよい!しかしそうなれば、私はあんたのことを糾弾するぞ!」
 老婆はすっかり正気を失ってそういったが、ダンケルクは老婆の取り乱した様子を見て、かえって落ち着きを増したように、老婆の足から手を離した。
「バカか、おまえ」ダンケルクは老婆をあざけ笑うと、窓の方に立ち上がって、葉巻に火をつけた。



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