うさぎ穴の姫

もも

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 老婆はその十字の形をしたあざを目を見開きまじまじと見つめたが、その後、道に迷っている子どものように落ち着かない様子で身体を小刻みに震わせた。オルレアンは服を着直して、「ぼくのあざは大豆ほどの大きさになってしまっていると思うが、それは成長の印だと思って見逃してくれるとありがたい」と真剣とも冗談ともわからないことを言った。
 老婆はちらりと卑屈な様子でオルレアンを見ると、「ちなみに、ちなみにだが、お主が私の力を借りたいとは、一体どういうことかね」と聞いた。
「難しいことも危険なこともなにひとつないさ」オルレアンは胸を張って言った。「ひとつはぼくとともにパスィヤンス病院に行き、ぼくがアルルに再度会い、ぼくが出てきた穴に戻る隙をつくってほしい」
「穴とは庭にあるあの防空壕のことか」
「そうだ」
「それなら請け負える」老婆の目は少しずつ、怯えや恐怖から、はじめにみせた、好奇心や喜びの目に変わっていっているようだった。
「そしてもうひとつの頼みは10年後」オルレアンは自分が体験したつい最近のことを思い出していた。「ぼくがパスィヤンス病院の前でうろちょろしているのを見かけたら、ぜひ声をかけてほしい。そしてぼくをダンケルクに会わせ、そしてその穴のことをぼくに教えてあげてほしい」
 オルレアンは老婆に遠い未来の約束を頼んだ。すると老婆は、オルレアンにはそれが老婆の人格の変化と思えるくらい、老婆はにわかに勇気を回復したようだった。
「わかった。十年後の春、私はパスィヤンス病院でお主を待とう」老婆はそういってつよくうなずいた。
「祭司のもらい子に会わなくていいのか?会わずして、ぼくの頼みを聞いてくれるのか?」
「ああ。お主の頼みごとなど、通院のついでにできるものばかりだからね。教会に行く方がよほど気が進まないよ」
「そうか。ありがとう。ぼくのいうことを真剣に聞いてくれて、願いを聞いてくれて」オルレアンは老婆に感謝した。
「別に全てを信じたわけじゃないさ」老婆は感謝されることに慣れておらず、ぼそぼそとした小声でいった。「だが、私のこのボロ宿がただのボロ屋になりさがるという話はどうも確かのように思えるからな。病院を建てるだけでなく、増築していくとは、欲が深いダンケルクらしい。指をくわえて待っているのではつまらない。ダンケルクに一泡ふかせたいとそう思っただけよ」
「あなたは十年後も確かに元気にしていた。夫人からもらった指輪は大切にしたほうがいい。それがあなたを助けてくれるだろう。」
「いわれなくてもそうするさ。私が死ぬまでの年金をまとめてもらった気分だよ」
 老婆はそういってほくそ笑んだ。そしてその皮肉屋のひねくれた笑みはやがて、オルレアンには見られないようなところで、穏やかなものに変わっていった。その微笑みは、過去の自分を思い出しながら自然と浮かんできたもので、それは慰めるようにして過去の自分を投げかけられていた。それは、赤児のアルルに見つめられてから、アルルのことを気にかけつつも、自分かわいさにたましいを売って、足の治療を無償で受けられることを選んだ自分に。さらに、そしていざ、世間の目から隠されたままの赤児-もっともそのときにはもう少女になっていただろうが-について問いただそうとしたときには、ダンケルクは町民から絶大なる支持を受けていて、自分の力ではどうにもならなず絶望した自分に。
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