うさぎ穴の姫

もも

文字の大きさ
上 下
49 / 101

しおりを挟む
 オルレアンはそう尋ねながら、老婆の震える手からロウソクの燭台を優しく取り上げた。老婆はおとなしくそれを手放した。老婆は震えたままの手を宙に浮かせていたが、その迷い子のような手は不安にかられると、落ち着きどころを探すようにオルレアンの手を取った。老婆の両手は祈るように、オルレアンの手を包んで、老婆のシワとだらけの額の前に据えられた。
「私は精神病者なんかじゃないぞ。私はなにも知らない。なにも見ていない。私をあのようなおぞましい監獄にぶち込まないでくれ」
 オルレアンは老婆の骨のような手を握り返して、言った。「ぼくはけしてそんなことしないさ」
 もちろんオルレアンには、それが言葉だけのことだとわかっていた。老婆が恐怖の膜を突き破り、そこから出てきてもらうためには、オルレアン自身も一線を超える必要があることをオルレアンは自覚していた。
「ぼくのことが信じられないなら、いいかい、この町の外れに、捨て子があったことがあっただろう?そう、町外れの森の入り口のところに、竹で編まれたカゴの中に入れられて置かれてあった子だ。あなたも知っているだろう、町の中で誰かが引き取るのか、あるいは、川に流すなり熊に喰わすなり、町中で議論があったらしいから」
「ああ、それは知っている」老婆はそれは知っているということを口にすることさえ、細心の注意を払っているようだった。
「その子どもの背中の真ん中、背骨の真ん中のところに、小豆くらいの大きさのあざがあるはずだ。知っていたかい?」
「知っているもんか。偉い祭司さまに拾われた子だぞ。私などおそろしくて教会に入ったこともないわ」
「では、一度教会に行ってみるといい。あそこは本来あなたのようなひとのためにあるのだから」
「私がそんなところに行ってどうする。私には祈るものなどない。すがるものもない。信じるこころもないというのに」
「そんなことはしなくていい。ただ、あなたの愛しき神より授かり子を一目みたいとそう願い出ればいいのだ」
「祭司など信じられん。祭司の背後には金と権力の暗い気配が渦巻いておるわ」
「ぼくは保証するが、祭司はあなたとその子を必ず面会させてくれるだろう。祭司はその子を神からの自らへの祝福の証であると考え愛している。神から授けられたものは、我が物にするのではなく、全ての民に分け隔てなく振る舞わなければならないとそう考えているからね」
「私みたいな、信仰心のないものにもか」
「神を信じる心を持たないものはいない。それを導き出すのが自分の仕事だと、彼はそう考えているよ」
「しかし、その拾われっ子に会って、背中を見て、それがらなんになる」
 老婆にそう聞かれるとオルレアンは着ていたシャツを脱いで、老婆に背中を見せた。
「その子の名前はオルレアンというだろう。ぼくの名前も同じオルレアンだ。ぼくのこのあざをよく見て覚えておくれ。祭司にもらわれたその子の背中にこれと同じものがあったのなら、ぼくの話を真剣に聞いてほしい」





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

由紀と真一

廣瀬純一
大衆娯楽
夫婦の体が入れ替わる話

入れ替わった恋人

廣瀬純一
ファンタジー
大学生の恋人同士の入れ替わりの話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...