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か
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指輪を握らされた老婆の手は小刻みに震えていた。それがアンティーブ夫人に対する怒りなのか、高価な指輪を手にした喜びなのか、単なる老化による筋肉の震えなのかは、オルレアンにはわからなかった。
老婆は震える手をもらった指輪ごと懐にしまった。「勝手にすればいいさ」
「ですって。よかったわねえ」夫人はオルレアンのほうに振り向いてそういった。
「ありがとうございます」オルレアンは老婆と同じくらい夫人がどうして自分のためにここまでしてくれるのかわからなかったが、ひとまず礼をいった。
「ごめんなさいね。こんなボロ宿に泊めることになって」夫人はオルレアンの手を取ってオルレアン目を見つめた。オルレアンはこの時、黒真珠のようだと思っていた夫人の目の色が、わすがに青みがかっていることに始めて気がついた。「本当は私の家に泊めて差し上げられるのが一番なんだけど、主人がけして許してくれないでしょうから」
夫人がそういったとき、オルレアンはこの家の中の空気が震えたように感じたが、実際にびくりと震えたのはニームの身体であって、ニームの足元できしんだ床の棚板が、建物中の木材に反響しただけであった。
「そこまでご迷惑はかけられませんから」
オルレアンはそういいながら、思わず握られていた夫人の手をほどいた。夫人が意味ありげに話したこの言葉から、オルレアンは自分が庭に入ってアルルと話していたところを夫人に見られていたのではと考えた。オルレアンは今からでも全てを断って、自分の故郷に帰るふりをして、この場を離れるべきではないかと思った。しかし、夫人の親切な行為に賭けるべきとも思った。オルレアンはその決断をする思索に入ろうとしたが、
「私はもう眠いんだ」という老婆のいらだった声にそれはさえぎられた。「勝手にしてはいいといったがね。それは泊まるかどうかのことだ。ここを集会所にしていいとは誰もいっていないよ」老婆はそういうと、眠りにつくように目を閉じた。
「そうね、そろそろ帰らなきゃ。あなたもそうでしょう?」夫人はニームにそう声をかけた。
「はい」ニームはそう答えた。夫人に対するニームの緊張ははじめとほとんど変わっていなかったが、夫人の思わぬオルレアンへの親切から、ニームの夫人に対する態度はやや柔らかくなったように見えた。
ニームと夫人を見送りながら、オルレアンはふたりに繰り返し礼をいった。オルレアンはそのときにはニームに顔を隠そうとしていたことをすっかり忘れていたのだった。
老婆は震える手をもらった指輪ごと懐にしまった。「勝手にすればいいさ」
「ですって。よかったわねえ」夫人はオルレアンのほうに振り向いてそういった。
「ありがとうございます」オルレアンは老婆と同じくらい夫人がどうして自分のためにここまでしてくれるのかわからなかったが、ひとまず礼をいった。
「ごめんなさいね。こんなボロ宿に泊めることになって」夫人はオルレアンの手を取ってオルレアン目を見つめた。オルレアンはこの時、黒真珠のようだと思っていた夫人の目の色が、わすがに青みがかっていることに始めて気がついた。「本当は私の家に泊めて差し上げられるのが一番なんだけど、主人がけして許してくれないでしょうから」
夫人がそういったとき、オルレアンはこの家の中の空気が震えたように感じたが、実際にびくりと震えたのはニームの身体であって、ニームの足元できしんだ床の棚板が、建物中の木材に反響しただけであった。
「そこまでご迷惑はかけられませんから」
オルレアンはそういいながら、思わず握られていた夫人の手をほどいた。夫人が意味ありげに話したこの言葉から、オルレアンは自分が庭に入ってアルルと話していたところを夫人に見られていたのではと考えた。オルレアンは今からでも全てを断って、自分の故郷に帰るふりをして、この場を離れるべきではないかと思った。しかし、夫人の親切な行為に賭けるべきとも思った。オルレアンはその決断をする思索に入ろうとしたが、
「私はもう眠いんだ」という老婆のいらだった声にそれはさえぎられた。「勝手にしてはいいといったがね。それは泊まるかどうかのことだ。ここを集会所にしていいとは誰もいっていないよ」老婆はそういうと、眠りにつくように目を閉じた。
「そうね、そろそろ帰らなきゃ。あなたもそうでしょう?」夫人はニームにそう声をかけた。
「はい」ニームはそう答えた。夫人に対するニームの緊張ははじめとほとんど変わっていなかったが、夫人の思わぬオルレアンへの親切から、ニームの夫人に対する態度はやや柔らかくなったように見えた。
ニームと夫人を見送りながら、オルレアンはふたりに繰り返し礼をいった。オルレアンはそのときにはニームに顔を隠そうとしていたことをすっかり忘れていたのだった。
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