45 / 101
お
しおりを挟む
オルレアンがニームの震える方にそっと手をおいて呼びかけようとしたとき、
「千ランスでいいのね」と、これまでふたりの後ろに下がっていたアンティーブ夫人がふたりの前に乗り出した。「私が払うわ。それでもいいんでしょう」夫人はそう高飛車にも思える態度でそういって、老婆をすっと見据えた。
「わかっているのか?千ランスという大金だぞ。おまえとて、一ビーブルたりともまけんぞ」
「上等よ。あなたこそ、わたしがダンケルク夫人だと、わかってらっしゃるのかしら」
「なぜおまえがその坊やのためにそんなことをする」
「いいじゃない。そうしたいんだから」
夫人の一歩も引かぬ態度に、老婆は面食らっていた。老婆は夫人が冗談でいっているわけでもなく、一度いったことは我の強さがあることも、そしてそれを可能にする財力があることも知っていたのだった。
「そんなことしてもらっていいんですか?」これまでずっと黙っていたオルレアンだったが、自分がこの場でようやく正当に扱われ始めたのを感じて、初めて口を開いて、夫人にそう聞いた。
「だってうちの患者さまなんでしょう?大切にしなきゃ」夫人はそういって、なめかましく目を細めて笑った。
「でもぼくはまだ診察を受けたわけではないですよ」
「でもここに泊まって、明日来てくれるのでしょう?」
「お約束します」
「それならお言葉に甘えなさい」
「わあ、うれしいなあ」
「まてまてまて」
オルレアンと夫人は言葉少なくともほとんどお互いの同意に至ったが、そこに老婆は割って入った。「今すぐにだ。今すぐに千ランスもらえねば泊めることはできない。アンティーブ、おまえも皮のハンドバッグひとつでここまできたようだが、そのなにも入らないようなバッグの中に、紙幣の束が入っているとでもいうのか」
老婆はそういうと口の端でにひっと笑った。オルレアンに肩を支えられて立っていたニームが「あいつ、たましいが腐ってやがる」と食いしばった歯の隙間からそう言葉を漏らした。
「あらあら、そんな言葉を口にするものじゃないわ」夫人はニームをそうたしなめながら、自分の薬指から指輪をすっと抜いた。「あなたの言うとおり、いま私、お金を持っていないの。だからこれでいいかしら?」
夫人は老婆に歩み寄ると、その指輪を手渡した。「これを担保に受け取ってもらえる?後日、お金を持ってくるわ。それとも今すぐお金で支払えというの?それならこの指輪を差し上げるというのはどうかしら。千ランスの数百倍という価値があるのだけど」
「千ランスでいいのね」と、これまでふたりの後ろに下がっていたアンティーブ夫人がふたりの前に乗り出した。「私が払うわ。それでもいいんでしょう」夫人はそう高飛車にも思える態度でそういって、老婆をすっと見据えた。
「わかっているのか?千ランスという大金だぞ。おまえとて、一ビーブルたりともまけんぞ」
「上等よ。あなたこそ、わたしがダンケルク夫人だと、わかってらっしゃるのかしら」
「なぜおまえがその坊やのためにそんなことをする」
「いいじゃない。そうしたいんだから」
夫人の一歩も引かぬ態度に、老婆は面食らっていた。老婆は夫人が冗談でいっているわけでもなく、一度いったことは我の強さがあることも、そしてそれを可能にする財力があることも知っていたのだった。
「そんなことしてもらっていいんですか?」これまでずっと黙っていたオルレアンだったが、自分がこの場でようやく正当に扱われ始めたのを感じて、初めて口を開いて、夫人にそう聞いた。
「だってうちの患者さまなんでしょう?大切にしなきゃ」夫人はそういって、なめかましく目を細めて笑った。
「でもぼくはまだ診察を受けたわけではないですよ」
「でもここに泊まって、明日来てくれるのでしょう?」
「お約束します」
「それならお言葉に甘えなさい」
「わあ、うれしいなあ」
「まてまてまて」
オルレアンと夫人は言葉少なくともほとんどお互いの同意に至ったが、そこに老婆は割って入った。「今すぐにだ。今すぐに千ランスもらえねば泊めることはできない。アンティーブ、おまえも皮のハンドバッグひとつでここまできたようだが、そのなにも入らないようなバッグの中に、紙幣の束が入っているとでもいうのか」
老婆はそういうと口の端でにひっと笑った。オルレアンに肩を支えられて立っていたニームが「あいつ、たましいが腐ってやがる」と食いしばった歯の隙間からそう言葉を漏らした。
「あらあら、そんな言葉を口にするものじゃないわ」夫人はニームをそうたしなめながら、自分の薬指から指輪をすっと抜いた。「あなたの言うとおり、いま私、お金を持っていないの。だからこれでいいかしら?」
夫人は老婆に歩み寄ると、その指輪を手渡した。「これを担保に受け取ってもらえる?後日、お金を持ってくるわ。それとも今すぐお金で支払えというの?それならこの指輪を差し上げるというのはどうかしら。千ランスの数百倍という価値があるのだけど」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる