うさぎ穴の姫

もも

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 オルレアンがニームの震える方にそっと手をおいて呼びかけようとしたとき、
「千ランスでいいのね」と、これまでふたりの後ろに下がっていたアンティーブ夫人がふたりの前に乗り出した。「私が払うわ。それでもいいんでしょう」夫人はそう高飛車にも思える態度でそういって、老婆をすっと見据えた。
「わかっているのか?千ランスという大金だぞ。おまえとて、一ビーブルたりともまけんぞ」
「上等よ。あなたこそ、わたしがダンケルク夫人だと、わかってらっしゃるのかしら」
「なぜおまえがその坊やのためにそんなことをする」
「いいじゃない。そうしたいんだから」
 夫人の一歩も引かぬ態度に、老婆は面食らっていた。老婆は夫人が冗談でいっているわけでもなく、一度いったことは我の強さがあることも、そしてそれを可能にする財力があることも知っていたのだった。
「そんなことしてもらっていいんですか?」これまでずっと黙っていたオルレアンだったが、自分がこの場でようやく正当に扱われ始めたのを感じて、初めて口を開いて、夫人にそう聞いた。
「だってうちの患者さまなんでしょう?大切にしなきゃ」夫人はそういって、なめかましく目を細めて笑った。
「でもぼくはまだ診察を受けたわけではないですよ」
「でもここに泊まって、明日来てくれるのでしょう?」
「お約束します」
「それならお言葉に甘えなさい」
「わあ、うれしいなあ」
「まてまてまて」
 オルレアンと夫人は言葉少なくともほとんどお互いの同意に至ったが、そこに老婆は割って入った。「今すぐにだ。今すぐに千ランスもらえねば泊めることはできない。アンティーブ、おまえも皮のハンドバッグひとつでここまできたようだが、そのなにも入らないようなバッグの中に、紙幣の束が入っているとでもいうのか」
 老婆はそういうと口の端でにひっと笑った。オルレアンに肩を支えられて立っていたニームが「あいつ、たましいが腐ってやがる」と食いしばった歯の隙間からそう言葉を漏らした。
「あらあら、そんな言葉を口にするものじゃないわ」夫人はニームをそうたしなめながら、自分の薬指から指輪をすっと抜いた。「あなたの言うとおり、いま私、お金を持っていないの。だからこれでいいかしら?」
 夫人は老婆に歩み寄ると、その指輪を手渡した。「これを担保に受け取ってもらえる?後日、お金を持ってくるわ。それとも今すぐお金で支払えというの?それならこの指輪を差し上げるというのはどうかしら。千ランスの数百倍という価値があるのだけど」

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