うさぎ穴の姫

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オルレアン、裏庭を知る

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オルレアンは、ニームが裏庭に入るための鍵を探すのに手間取ったのはもっともだと思った。裏庭はいつからかはわからないけれど、ほとんど人の手が加われていない鬱蒼とした、庭という言葉の表す範囲からは漏れ出すような、草木が鬱蒼と生い茂る空間だった。裏庭には何年もあるいは何十年も人が立ち入ることをしなかったのだろう。自然のなすがままに放置された裏庭は、病院の正面からオルレアンが見てきた、建築的技巧がなされた建物と管理が行き届いた庭とはちょうど対称的であるようだった。
しかしだからと言って裏庭は、そこにいるだけで不快というような、薄暗くジメジメとした魔物が巣食うようなものからはほど遠かった。それは人が生活するには適さない、人を拒絶する性質を持っているというだけであって、裏庭は全ての生き物にとって悲劇的なものではないどころか、都市化がそれほど進んでいないブラーヴでさえ、人間以外の動物たちには、心地よい、人間たちからの逃避場所のようだった。色鮮やかに花が咲き誇り、蝶が舞い、木が木の実をつけて、それをついばみにきた鳥たちはさえずりで歌っているようであった。もし住んでいるとしたら、それは魔物ではなくて、無邪気な妖精に違いなかった。
「ぼくはとんだ勘違いをしていたのかもしれない」楽園のように広がる裏庭を見て、オルレアンはそうつぶやいた。「しかし、ぼくの考えは当たってもいたのかもしれない」
ニームはオルレアンの言葉に納得できずに首を振った。
「いや、君は素直に自分の間違えを認めるべきだ」
「どうして?」
「この裏庭に人が日常的に立ち入っている痕跡はない。君が怪しんでいた防空壕などどこにあるかもわからない。こんなところにうさぎは隠せない」
「それはわかっている。ここにうさぎは隠せない」
「君は間違いを認めたね」
ニームの問いかけを無視してオルレアンは言った。「しかし、隠す必要などなかった。うさぎたちは自らここを選んで隠れているのかもしれない」
「つまりうさぎは誰かに消されたわけではないと」
「そうだ」
「パスィヤンス病院が直接関与したわけではないと」
「そうだ。パスィヤンス病院はうさぎに隠れ家を知らぬうちに与えていただけだ」
「しかし」ニームはオルレアンの出した答えに言い淀んだ。「君はそのような解決で満足なのか?」
「もしそれがぼくの求めていた答えなら、それで満足さ」
「君はうさぎを見つけて、みんなを目覚めさせたいと言ったじゃないか」
「たしかに言った」
「君はうさぎの消失になんらかの陰謀を疑い、うさぎを見つけることでその陰謀を町民の明るみのもとにさらすのではなかったのか?」
ニームのその言葉の様子はまるで、夢を追いかける青年が壁に打ち当たり途方に暮れているのを、諦めるなと励ましているようだった。オルレアンはそれに気づいて動揺したが、「ぼくはなにも陰謀が隠されているなんて思っちゃいない。うさぎが町から一切消えるなんてふつうにはありえないことが起きた。そういうふつうにはありえないことが起こったのには、きっとなにか意味があるんだろうと思った」と言って反論した。
「君は、それで、どんな意味を見つけたんだ?」ニームは疲れたように肩を落として、言った。
「人は、自然から離れていっている」
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