うさぎ穴の姫

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ニーム、ダンケルクと再会する

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「君と会うのは久しぶりだ。最後に会ったのはこの部屋がこの建物の何階にあったときだろう」ダンケルクはそう軽口を叩いたが、ニームはそういうのがあまり得意ではなかった。
「冗談はやめてください」
「私は最近ある青年にこんなことを言ったんだ。医者とは因果な商売だと。また会おうとは言えない職業なんだと。そういう意味では、私は君とこうして再会したことを大変残念に思うよ」
「それを聞かされたのはきっとぼくの友人です」
「そうでなければ、君が私をこうして訪れてくる理由はないだろう。今の君はいたって健康そうだからね」
「全て院長のおかげです」
 ニームは自分を治療してくれたダンケルクを心の底から尊敬していた。だからダンケルクやパスィヤンス病院に根も葉もない噂を流すような軽薄な市民や、ましてやそれを信じようとする友人も看過することはできなかった。一方で、ダンケルクやパスィヤンス病院の異様さもニームは身をもって知っていた。だから、そうした噂や迷信を誤りと断ずる勇気も持っていないのだった。
 ニームは幼少期に皮膚の病気を患った。山をかけまわり葉の生い茂る中を分け入った際、菌に侵された植物に肌が触れ、そこから感染したようだったが、当時まだ残っていた町医者はその原因を突き止めることはしなかったし、その原因を民衆に説いて納得させることは難しかっただろう。腕の1箇所から感染した皮膚を腐らせるその症状はやがて全身に広がり始め、皮膚がただれ落ちるまでに症状が悪化したニームは、医学に無知な人たちからしたら呪術的な不気味さがあった。ブラーヴの民衆は、自分とその家族に呪いが降りかかることを恐れた。ニームとその家族は、ほとんど迫害される寸前だった。従来の皮膚薬、抗菌薬では効力が出ず、ニームとその家族がかかりつけにしていた小さな皮膚科では対処できずにいた。
 ニームとその家族が絶望に暮れていたころ、ニームの家まで訪問し診療したのがダンケルクだった。ダンケルクはニームの肌から菌をサンプリングし精査し、ニームが感染したと思われる山を延々と歩き回って、ニームの皮膚に付着している菌と同型の菌に感染している植物をようやく見つけた。その植物はカズラと呼ばれる種で、正常なカズラはその菌に感染することはないが、稀にしか現れないその菌に有効な抗菌物質を生み出せない突然変異した個体が菌に感染していた。観察を続けると感染した突然変異体のカズラとその菌は、共生の関係にあるようだった。突然変異体のカズラはその特定の菌に感染しなければ淘汰される運命にある劣性の個体なはずだったが、その菌に運良く感染することで、菌によって生かされ菌に居場所を与えていることがわかった。その菌は突然変異体の稀にしか発生せず、しかも発生した側から淘汰される運命にある、ほとんど自然界に存在していないものを宿木にしていることから、その菌の正体や存在そのものがまだ医学界に知られていなかった。
 ダンケルクにとってはそこまでわかれば十分で、ダンケルクは正常なカズラの個体に菌を付着させ、抗菌物質を抽出、精製し、ニームの肌に塗布した。それによりニームの肌は劇的に改善し、ニームとその家族はブラーヴにおいて居場所を取り戻すことができたのだった。







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