うさぎ穴の姫

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ダンケルク、語り続ける。

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「3階よりも上にはなにもないんですか」オルレアンはここまで来る道を夢のように忘れてしまっていたので、そう聞いた。
「あるさ。用具室であったり、過去の書類を収納する倉庫であったり、休憩室だったり。ただ、上の階にあがればあがるほど、何にも使われていない。人はいなく、物もない。部屋と呼ぶへぎ空間があるのさえ、わからないほどだ」
「自分で建てたのにわからないんですか?」
「わからない。建物の内部や内装に意味はなかった。建てることに高くすることに意味があったんだ」
「なぜ?」
「オルレアン君は、我々が大組織であるがゆえに、何か悪事を働いているも疑って、私に会いに来たとそう聞いている」
 オルレアンはもちろんそうとばかり言えなかったのだが、とにかく黙ってうなずいた。ダンケルクはそれを見て、続けた。
「私にもし、やましさが何かあるとすれば、それはもともとたくさんあった病院たちを廃業に追い込んだことだろう。彼らにも生活があった。私は彼らから患者を奪った。私には夢があったから、彼らより努力したが、彼らのあり方が愚かだと批判することは許されない。私が彼らより欲が深かっただけなのかもしれない。欲が深いゆえに、それを得ようとした努力で、彼らの努力の不足を笑うことは許されない」
「でもそれ以外は、ご自分の過去に後悔はないのですよね?」
「ない」ダンケルクはキッパリと言った。「私のしてきたことはブラーヴにとって有益だったと断言することがてまきる。実際、疫病の際は、パスィヤンス病院がなければブラーヴという町ひとつが地図から消えててもおかしくなかった。他の医者たちはみな病人たちから逃げたんだ」
「それはひどい」オルレアンには、そうした経緯があるなら、パスィヤンス病院が他の病院より町民の支持を集めるのは当然だと思った。
「しかし、それを逃げたと解釈し、解釈するだけならまだしも、それを非難するようなことがあるなら、私はやはり彼らのことをどこかで侮蔑し、見下しているところがあるのかもしれないと思った」
「その非難は真っ当なものだと思います」オルレアンはダンケルクを支持した。
 ダンケルクはそれには薄い笑みを浮かべるだけでなにも言わず、「だから私は病院を高くし続けた。増築してはやめ、また内なる衝動にかき立てられては増築することを繰り返した。私は私の中で膨らんでいく虚栄心を、建物に逃したのだ。私はそうして自分の中の恐ろしい悪魔から逃れ、心の底から親身に患者に寄り添えるように自己を律し続けた。オルレアン君、君はパスィヤンス病院の歪な形を見て、私たちが何かよからぬことを企んでいると考えたのだろう。私はそういう青年に真摯に対応しなければならないと思っている。なぜなら私にとっても、これは誇れるものでないからだ。だから私は君をここに呼んで、包み隠すことなく話した。この建築物は確かに、青年たちが時に抱く悪の観念に当てはまるものだ。私もそれは認めよう。しかし、私は今君にその全てを打ち明けた。もうこれ以上、君に話すことはない」
 オルレアンは強制的に話をそう打ち切られた。
 ダンケルクとの別れ際、アンティーブ夫人に次いで院長室を出ようとした時、ダンケルクは、
「医者というのは因果な商売でね。君とまた会える日を楽しみにしている、というわけにはいかないんだ。君が私にもう会う必要がないような、パスィヤンス病院に来る必要がないような、幸せな人生を送ることを祈っているよ」
 と、そう言って、オルレアンのことを見送った。






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