うさぎ穴の姫

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オルレアン、老婆と話す

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 オルレアンは学校が終わると、早足に自宅へ帰った。鞄を捨て、自転車に乗り換えると、パスィヤンス病院へこぎ出した。いなくなったうさぎはあそこにいるとオルレアンはそれを疑わなかった。
 うさぎを突然見なくなったのに気づいたのがオルレアンでなかったのと同じように、うさぎがパスィヤンス病院に集められているのではと考えたのも、根拠もなくそう風潮したのもオルレアンではなかった。オルレアンは単に、そうした噂を誰よりも信じ込んだだけだった。そしてそれを誰よりもそれを直に確かめないと気が済まないだけだった。
 オルレアンは病院の近くまでくると自転車を止めて、パスィヤンス病院のバス停に立った。バスが到着し、乗客が降りると、オルレアンは片っ端から乗客だった者たちに聞き込みをした。
「うさぎ穴を知っているかい」
 しかしその返答は、
「何を言っているのかね、お若いの。私は知らないよ」ばかりだった。バスから降りてくる老人たちには、うさぎ穴の噂が伝わっていないらしい。それか、記憶に定着せずに右から左に話が流れてしまうからなのだろうか。
「うさぎ穴っていうのはあれかい?うさぎの巣のことかい」ひとりの老婆がオルレアンに聞いた。
「いや、うさぎの巣ではない」
「じゃあなんなんだい」
「ここだけの秘密にしてくれるかい」オルレアンは老婆に耳打ちをした。
「わたしは口がかたいんだ」歯のすっかり抜け落ちた、あごのゆるそうな老婆は、オルレアンに耳を傾けた。
「パスィヤンス病院の、秘密の裏口のことだ」オルレアンは自分が噂に聞いたことをそのまま老婆に教えた。
「入口ならほらそこにあるがな」
「入口ではない、裏口だ」
「ああ、北側の門のことか」
「この場合の裏は、反対側という意味ではない。秘密のという意味だ」
「従業員用の入口ということかね」
「そうではない。パスィヤンス病院のどこかに隠れ穴があるというのだ。それが壁にあるのか、地面にあるのかはぼくはまだ知らないが、その穴に入って抜けたところに、パスィヤンス病院の秘密が隠されているらしい」
「秘密ねえ。お上の目から逃れて金でも隠しているのかね」
「脱税か。そう聞かされると、うさぎ穴もいきなり現実味を帯びてくる」
「だてに人生長く生きてないさ」
 老婆はかっかっかと笑った。
「しかしぼくは違う考えでうさぎ穴を探しているんだ」
「遠回しはやめて、さっさと言わんか」
「ぼくはそこにブラーヴから消えたうさぎが閉じ込められているのだと考えている」オルレアンはとうとう老婆にそう言った。
「たしかに最近うさぎを見ないねえ。あいつらは腹を空かせると、人がいるのもおかまいなしに畑に出てくるものだが」老婆は昔を懐かしむように言った。
「そうだろそうだろ」オルレアンは嬉しそうにそう言った。ニールに対して一本取ったように思ったからだった。
「それでうさぎたちが、不憫にもこのパスィヤンス病院にとらわれていると」
「不憫かどうかはまだ決められない。実はうさぎの楽園のようなところで保護されているのかもしれない」
「なにから保護しているというのかね」
「さあね」オルレアンは特に自分の意見を持っていなかった。
「まあ、場所が場所だけに、パスィヤンス病院は想像をかき立てる気持ちはわかるさ。どんな恐ろしいことが行われているかもわからん。つまりうさぎにとって、楽園どころか地獄と考えたほうが想像はかんたんに膨らんでいく」
「うんうん」オルレアンは老婆の言葉に真面目に耳を傾ける。
「しかしそれはパスィヤンス病院のことを何も知らなければのことだ」
「ぼくはよく知らない」
「私はよく知っているよ」
「ここの患者だから」
「ただの患者じゃない。この病院がまだほんのちっぽけだったころの、医者とナースがひとり、診療用のベッドがひとつきりしかなかったころ、この町にも病院が数えるほどにはたくさんあった時期からのお得意さんだからさ」
「じゃあ、この病院と知り合いなんだ」
「ある意味、親戚より長い付き合いさ。会ってみたいかい。そのたったひとりきりしかいなかったころからの、その医者に」
「ありがとう。ぜひ会いたい」
 オルレアンは老婆の言うその医者が、パスィヤンス病院の創設者であり、現在の院長であるとは気づいていないのであった。それが老婆にはこの青年の、肝の座り方に映ったようで、にやりと笑ったのだった。



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