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犯罪者達の鎮魂曲(レクイエム)
偽りの楽園
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時は少し遡る。
ポールに連れられたキャリーは、黒人が描かれた大きな看板が目立つ店に到着していた。
ネオンで照らされた看板は街の景観とまるで合っていない。かなり悪目立ちをしている。
「さあキャリー。ここが俺っちの店、情報屋『マーリー』さぁ! いかすだろぉ?」
「あの、えっと、ポールさんも受刑者なんですよねぇ?」
「あーん? 受刑者が店を開いちゃダメだってのかい?」
「いえ、そうじゃないんですけど。あの看板……」
困惑するキャリーは看板を指さすが、ポールは喜んで話す。
「あれは俺っちがモデルさぁ! まぁ、ついて来いよ!」
ポールは自慢の店の中へと入る。
不安感はあったがキャリーもその後を追って店に入った。
カランカラン……
広い部屋に並べられたいくつかの机と椅子。奥にはカウンターが見える。
中央には金髪の巻き髪を揺らすグラマラスなバニーガールが立っていた。
二人が店に入ってきたことに気付き、木製の床にカツカツとヒールを当てて近づいてくる。
「もうどこ行ってたのよポール。なんなのその子? 新人?」
「ちょっと散歩さぁリップ。こいつはキャリー、宿を探してるらしいぜぇ?」
「あの、ポールさんのお仕事を手伝えば宿を紹介してくれるって……」
バニーガールはキャリーに近づき、ふうん、と全身を眺めた。そして、キャリーの胸をいきなり鷲掴みにした。
「ひゃっ!!」
「あたしほどじゃないけど胸はそこそこあるみたいね。どうやら顔だちも悪くないし」
「あのあのああのあのあのあのあの……」
キャリーは真っ赤になって目をぐるぐる泳がせている。
人から胸部を触られたことの無かったキャリーは気が動転していた。
そんな事に構わず、キャリーの胸から手を放したバニーガールは自分勝手に自己紹介を始める。
「あたしは『リップ・ヒップホップ』。ポールの助手よ。歓迎するわ、キャリー」
リップはキャリーに手を差し伸べて軽く握手をした。
その右手には腕途計がついている。それは彼女が犯罪者ではなく、管理者である事の証明だった。
「あの、よろしくお願いします……」
深々と頭を下げるキャリーにリップは微笑む。
「とりあえず今日はもう遅ぇから、空いてる部屋に案内してやんなぁ」
「こっちよキャリー、ついてきなさい」
リップは振り向き、店の奥に向かった。
ヒールをカツカツと鳴らし、くびれを左右に揺らしながら、金髪の巻き髪を揺らしながら、大きく育った胸部を揺らしながら歩く姿は、キャリーでは出せない大人の色気を感じさせる。
「ここがお風呂。着替えくらいは用意してあげるわ」
「あの、一泊いくらするんですか?」
貯金が少ない事に不安なキャリーは尋ねた。
「うん? ここは宿屋じゃないのよ? ポールの家なんだからタダに決まってるでしょ」
「でもあの私、いいんでしょうか……?」
困惑するキャリーにリップは笑いながら答える。
「あぁ、言い方が悪かったわね。宿賃のかわりに、ポールとあたしの仕事を手伝ってもらえれば、それでいいのよ。人手も足りなかったら丁度いいわ」
「そうですか……、それであの、一つ聞きたいんですけど?」
「どうしたのよ? 遠慮せずに言いなさい」
「あの、リップさんは右手に腕途計をしてますけど、管理者の方なんですか?」
リップは小さくため息をつき答えた。
「そうよ。あたしはあなた達と違って犯罪者じゃないわ。仕事は仲介人よ」
「で、でも、あの、ポールさんは左手に腕途計をしていましたよね?」
「そう、彼は犯罪者。世間を騒がせた連続爆破事件の犯人よ。それがどうしたの?」
さも当然の様に答えるリップにキャリーは疑問しか感じなかった。
「あの、でもそれっておかしくないですか? 服役中の受刑者と刑務所の管理者が一緒に仕事してるって……」
リップはこの子はなにを言っているんだ? と言いたげな表情だ。
「あなた何にも知らないのね。このレクイエムは管理者なくして犯罪者は生きられないし、犯罪者なくして管理者は生きられないのよ? 仲良くしてれば、自分の死を覚悟してまで私たちに襲いかかるやつなんていないしね」
「あの、私……」
「大丈夫よ。あたしはあなたが犯罪者だろうと気にしないわ。それよりここがあなたの部屋よ」
リップが一つの部屋の戸を開け、その中を指さした。
キャリーはその部屋を覗き込む。
ハーディが借りた部屋よりは狭かったが、ベットが置いてあり窓が付いている。
個室な事がわかるとキャリーの不安感は少し和らいだ。
「あなた自分では気づいてないかもしれないけど、かなり疲れてるみたいよ。今日はもうゆっくり寝なさい。明日仕事の時間になったら起こしてあげるから」
「あの……、ありがとうございます!」
キャリーが部屋に入ると、リップはにっこり微笑んだ後、戸を閉めた。
レクイエムに来てから不安で胸一杯だったが、やっと安心できる空間に辿り着いたキャリーはベットにぼふっと仰向けになった。
天井を眺めながらキャリーは呟く。
「一日でいろんなことがあったな……情報収集の仕事って言ってたけど……」
キャリーは目を閉じた。
「私記者だもん、大丈夫だよね。お母さん」
キャリーは母親の顔を頭に思い浮かべ、ベットの柔らかさに安心したのか、そのまますぐに眠りについた。
*** *** ***
ドンドンドン……
「キャリー、仕事よー。起きなさぁーい」
リップが戸を叩く音でキャリーは目を覚ました。
窓からは陽の光が差し込んでいる。
ベットから身を起こし、キャリーは戸を開けた。
「あの、おはようございます、リップさん」
「わお、すごい寝癖ね。まずお風呂に入りなさい。あなた昨日入ってないでしょう?」
自分の体をクンクンと嗅いだキャリーに向けて、そんなつもりで言ったんじゃないわよ、と笑うリップ。二人は昨日軽く案内したマーリーの風呂場に向かった。
「タオルと歯ブラシなんかはこれ使いなさい」
それらを手渡され、リップが風呂場から出ていくのを見届けるとキャリーは服を脱いだ。
風呂場に入り、熱いお湯を出す。
久しぶりのシャワーが気持ちいい。
ここが刑務所であることをキャリーはすっかり忘れていた。
「キャリー! あんたの服ー! 洗濯しとくからー! ここに替え置いてあるから着なさぁーい」
「はーい! ありがとうございまーす!!」
ひとしきり汗を流して体を拭く。
脱衣所に戻ったキャリーが見たリップの用意した服は、無造作に置かれたバニーガールの衣装だった。
「えっ!?」
一瞬固まり顔が引きつったが、全裸で外に出るわけにはいかない。
しぶしぶバニーガールに変身し、風呂場を出たところでキャリーはポールに出くわした。
「おおー! キャリー! 似合ってんじゃねーか!!」
「あの、あんまり見ないでください……恥ずかしいです……」
そう言ったがポールにじろじろ見られ、キャリーは顔を赤くしてもじもじする。
「俺は知ってたぜぇ~? キャリーにバニーちゃんの適正があることを!」
ポールは手をわしわししながらキャリーの胸を触ろうとした。
すかさず横から飛び出したリップがポールに飛び蹴りした。
「やめんかこのスケベ野郎! いきなり婦女子の胸を揉もうとするな!!」
(あの、私は昨日あなたにいきなり揉みしだかれたんですけど……)
そんなキャリーの心の声が聞こえるはずもなく、リップは笑顔でキャリーに話しかけた。
「ご飯にしましょキャリー、もうできてるわ」
「お前昨日キャリーの胸もみし――ブッ!!」
ポールが何か言っていたが、それが言い終わる前にリップの拳骨がポールの顔面にめり込んだ。
*** *** ***
3人は店のテーブルにつき、朝食を食べ始めた。
机にはサンドイッチ、サラダ、そしてホットコーヒーが3人分用意されていた。
ごく普通の、ありふれた朝食風景である。
いただきます。そう言ってキャリーはサンドイッチに手を付ける。
「んっ!? おいしい……。あの、リップさんってお料理上手ですね!」
「そいつぁ違うぜキャリー。こいつぁ俺っちのお手製だ」
「こいつ顔のわりに料理上手くてね~。あたしはさっぱりだけど」
見た目も味も店が開けるレベルの料理だった。3人はサンドイッチを片手に語る。
「それで、私は一体なにをしたらいいんですか?」
「昨日も軽く言ったけど、ポールは情報屋。レクイエムにいる犯罪者から情報を買い、それを高値で売りさばいて生活してるわ。でも、犯罪者間での刑期の譲渡には仲介人が必要ってわけ」
「そこで俺っちはリップを専属で雇って、刑期の受け渡しをしてもらってる。くっそ高い仲介料でな!!」
リップはポールを睨み付けたがポールは目をそらした。
「キャリーには、その仕事の雑用とかをやってもらいたいのよ」
「別に気に入らなきゃ好きな時に店を出てっていい。オラトリオにいたらいつまでも刑期が減らねぇからなぁ。だがここで働くうちは住み込みで面倒見てやるぜぇ?」
「あの、気に入らないなんて、そんなことないです!」
行く当ての無かったキャリーには願ってもない話だ。
二つ返事でここで働くことにした。
刑期を減らそうにも一人で外に出るのはあまりにも危険すぎる。
「それにしてもあんたみたいな娘が犯罪者とはねぇ。一体外でなにしたのよ?」
「おい! リップ!」
「あ、ごめん。言いたくなきゃ言わなくてもいいのよ……」
レクイエムでは入所した経緯を聞くのはマナー違反とされ、受刑者達は暗黙のルールを定めていた。そこからおおよその刑期が露呈してしまうのと、好き好んで話したがる奴はいない為、トラブルが起きやすいからだ。
「いえ、いいんです。あの、私は法に触れることはしていません。冤罪でレクイエムに落とされました」
「なるほどなぁ。冤罪でレクイエムに送られる人間は珍しくねぇ。そいつぁ気の毒だったな」
「でもこんな若い子が落ちる事はまずないわ」
リップは不思議そうにキャリーの顔を見る。
「若い女だと、殺人だの強盗だのの疑いがかかりにくいからなぁ。言われてみればそうかもしれねぇ」
「冤罪と言うかあの、確証は在りませんが恐らく嵌められて……」
「キャリー、あなた、嵌められてって言うのは政府にって事?」
「私は仕事でレクイエムについて調べていました。えっとあの、多分、それで……」
リップの質問にキャリーの目は泳ぐ。
「やっちまったなキャリー。レクイエムは政府にとって、触れられたくないことがいくらでも出てくるブラックボックスだぜぇ? 10年位前にもそれで落とされた女がいたなぁ……」
キャリーはハッとして立ち上がった。
座っていた椅子がバタンと倒れる。
「ちょ、いきなりどうしたのよ?」
「あの! ポールさん、その人のこと教えてください!」
キャリーの真剣な眼差しに思わずポールは語りだす。
「まぁほとんど知らねーがなぁ。あいつに会ったのは俺が入所したてだったからよく覚えてるぜぇ? 当時女はほとんどいなかったからなぁ。年は30くらいで名前は知らねえなぁ。俺っちはこのオラトリオでそいつを見かけて」
「ナンパしたのね」
リップの推測にポールは正解っと言わんばかりに親指をたてた。
「結局ふられちまったが少し話してよぉ、確かレクイエムについて詳しかったって言ってたぜぇ?」
「あの、その人は今もこの街にいるんですか!?」
「どうだかなぁ。その女に会ったのはその1回きりだし、俺っちも情報屋とはいえ全てを知ってるわけじゃねぇ」
「あの、そうですか……」
キャリーは残念そうに倒れていた椅子を起こし再度座った。
「キャリー、あなたその女と知り合いなの?」
「えっと……、多分私の母です。あの、確証はありませんが、母も私と同じようにレクイエムに10年ほど前に入れられてますから……」
「悪いなキャリー。俺っちはそれ以上のことは知らねぇ。その情報が入ったらお前に格安で……」
リップはキッとポールを睨み付ける。ポールは言い直した。
「お前に無料で譲るとして……」
ポールは飲みかけのコーヒーをグイッと飲みきり、腕途刑をポンポン叩く。
「そろそろ開店時間だぜぇ?」
「そうね。今その話をしてても進展しそうにないわ。キャリー、食器を下げてちょうだい」
リップも残りのコーヒーを一気にすすって席を立った。
ポールは店の入り口から正面にあるカウンターの奥の席に腰かけ、新聞を読み始める。
キャリーは食器を洗い場で洗い、それから店内に戻ってきて椅子に腰かけるリップに話しかけた。
「とりあえず客がくるまでやることないわね」
「おいおいリップ。それまでに店の決まりを叩きこんでくれないと困るぜぇ? うちは接客業なんだからよぉ」
ポールは新聞を読みながらリップにそう言った。
不真面目な態度で力はいつも抜けているが、それでもポールは経営者なのである。
「わかったわよ。キャリー。まずはお客さんが入ったら元気に明るく挨拶よ。ちょっとやってみなさい」
キャリーはだれもいない店の入り口に向けて発声した。
「いらっしゃいませー!」
「弱い」
「弱いわね」
さっそくポールとリップからダメ出しが入る。
「あの、えっと、今のダメでしたか?」
「俺っちの店はオラトリオ一の情報屋だぜぇ? インパクトが足りねぇよ」
「もっと笑顔でやってみなさいな。作り笑いでいいから」
キャリーはありったけの笑顔を作り、だれもいない店の入り口に発声した。
「いらっしゃいませー!!」
「弱い」
「弱いわね」
「あの、何がダメなんでしょう?」
言われたとおりにしても入るダメ出しに、キャリーは早くもどうしたらいいかわからない。
「せっかくバニーガールの衣装を着ているのだから、もっと胸を強調すべきよ。あなた、あたしほどではないにしても胸が無いわけではないんだし」
「もう少し客との距離を詰めてみたらいいんじゃねぇかぁ? なんだか固っ苦しいんだよぉ」
キャリーはありったけの笑顔を作り、胸の谷間を強調するポーズで、だれもいない店の入り口に向けて発声した。
「いらっしゃーい!!」
「弱い」
「弱いわね」
キャリーは泣きそうな顔をしながら震える声で質問した。
「今度は……なにがダメでしたか……?」
「明るく、元気にとは言ったけど、キャリーの場合は天真爛漫な可愛らしさを押した方が受けるわ」
「年下の子に旦那様と呼ばせたい中年男性のツボを攻めてみろよぉ。その方がきっと受けるぜぇ?」
店のドアがカランカランと開いた。
「今日1人目のお客さんだぜぇ!」
「今までのつらい練習の成果を出す時が来たのよキャリー!」
キャリーはありったけの笑顔を作り、胸の谷間を強調するポーズで、顔が赤面するくらいはずかしい声色を使って、上目遣いで店に入ってきた男に向かって発声した。
「旦那様ー!! いらっしゃーい!!」
キャリーも、その男も、世界ですらも一瞬固まり沈黙が流れる。
やがて男が口を開いた。
「てめぇ……、なにしてやがる……?」
*** *** ***
マーリーに入ってきたハーディの姿を見るとリップの顔は引きつり、ポールはというといきなり立ち上がって揉み手をしだした。
作り笑いをしてはいるが、ポールは冷や汗をかいている。
ハーディが入った瞬間、明らかに店の空気が変わった。
「これはこれはハーディの旦那ぁ。今日はどんなご用件で?」
リップはハーディの左腕を見た。
袖で隠してはいるが間違いない、あれは腕途刑だ。
「あんた……、まさか……」
ハーディはリップに目もくれず、ポールのいるカウンターまで歩み寄った。カウンターにバン! と手をつきハーディはポールに質問した。
「ポール。今日は情報を買いに来ただけだ。『ドン・ドドンパ』は今どこにいる?」
「ドンの居場所ねぇ……、ちょっと俺っちにはわかりかねますなぁ」
その答えに明らかに不快感を示したハーディは、ポールの胸倉を掴み怒鳴った。
「嘘つくんじゃねぇ! この辺でキリシマを見かけたやつがいる。あいつがこの辺りをうろつくのはエモノの手入れの時だけだ」
「へぇー、あのキリシマがこの辺に! こりゃしばらく外は出れねーなぁ!」
ハーディはポールに顔を近づけ睨んだが、ポールはハーディと目を合わせようとしない。
「ドンがこの街にいるとしたらてめぇが知らないわけがねぇだろう?」
「……だってハーディの旦那、相棒取り戻したら絶対暴れるじゃねぇっすかぁ。もう勘弁してくだせぇよぉ……」
ハーディはため息をついた後、ポールに自身の左腕を出し腕途刑を見せた。
「これなら安心か?」
「旦那っ! これは……!? ……なぁんだ! そう、そうゆうことなら早く言ってくださいよぉ!!」
ポールがポンポンとハーディの腕をタップすると、ようやくハーディは胸倉から手を放した。
「俺っちがドンを見かけたのは3日前でさぁ。あのじいさん多分まだこのオラトリオの中にいますぜぇ?」
「そいつぁ丁度よかったぜ。いくらだ?」
ハーディはポールに向けて左腕を差し出した。
「いえいえ、旦那からは刑期は取りませんよぉ。俺っちもまだ店を潰したくないもんで……」
「ハーディ、あなた! その腕途刑――」
ビーッ!!ビーッ!!ビーッ!!……
リップがハーディに話しかけた瞬間、突然店の外から大音量の電子音が聞こえてきた。
「うっわ、やべえ! おい、店の奥に隠れろぉ!」
ポールとリップはその電子音を聞くと、マーリーの奥へと走っていく。
「チッ! あのじじい!!」
ハーディには音の出所に心当たりがあった。
――奴はいつもこうだ。後先を考えねぇ。
ハーディはすぐに店の外に向かって走り去っていく。
電子音のせいで止めるリップの声も耳に入らなかったキャリーは、ついハーディの後を追って店を出てしまった。
*** *** ***
店の前の広場で昨日のランバダ兄弟と、背の低い一人の老人が怒鳴りあっていた。
その近くには老人が持っていたであろう杖と黒いカバンが落ちており、ゲルノの頭からは血が出ている。
「おめぇなにしやがる、くそじじい!」
「いきなり杖でなぐりやがって! このくそじじい!」
「だまれ小童ども! わしのような老人にぶつかっておいて謝罪の一つもないとは何たる狼藉か!!」
話を聞くと、どうやら老人がランバダ兄弟に殴り掛かったらしい。
「おめぇの腕途刑から警告音が鳴ったってことはおめぇの刑期の方が長かったってことだよなぁ!?」
「すぐ刑殺官がきて、てめえは殺されるんだよォォォォ!!」
「そんなの関係ないわ! 小童の性根を叩き直してやろうとしてるわしが、人に恥じることなどなにもない!!」
老人の腕途刑から流れるこの警告音は、まもなく刑殺官が訪れ処罰をするという合図である。
戦闘禁止区域での自分より短い刑期の者への暴力行為――
それを犯した受刑者へ向けて最後の……
――死刑へのカウントダウンである。
突如、一軒の屋根から若い女がものすごい速さで老人に向かって飛び降りてきた。
その様子はまるで天から降り降ろされるギロチンのようだった。
一瞬の出来事だった。
女が腰から細剣を抜き、上からそれを老人めがけて突き出した。
ガキィィィイイイイイイイイイイイイイイインンンン!!!!
周囲にけたたましい金属音が響く。
その音に傍で見ていたキャリーは思わず耳を塞いだ。
女の突き出した細剣は老人を貫くことはなかった。
老人の前にはハーディが立ち塞がり、女の細剣を落ちていた黒い鞄で止めていたからだ。
軽装の西洋甲冑に身を包んだ女が地に降り立ち、白銀の美しすぎる直髪がふわりと舞う。
手に持った細剣をハーディの持つカバンに突き刺したまま女刑殺官はニヤリと笑った。
「あれぇ? はーでぃはん。おひさしぶりですなぁ?」
ポールに連れられたキャリーは、黒人が描かれた大きな看板が目立つ店に到着していた。
ネオンで照らされた看板は街の景観とまるで合っていない。かなり悪目立ちをしている。
「さあキャリー。ここが俺っちの店、情報屋『マーリー』さぁ! いかすだろぉ?」
「あの、えっと、ポールさんも受刑者なんですよねぇ?」
「あーん? 受刑者が店を開いちゃダメだってのかい?」
「いえ、そうじゃないんですけど。あの看板……」
困惑するキャリーは看板を指さすが、ポールは喜んで話す。
「あれは俺っちがモデルさぁ! まぁ、ついて来いよ!」
ポールは自慢の店の中へと入る。
不安感はあったがキャリーもその後を追って店に入った。
カランカラン……
広い部屋に並べられたいくつかの机と椅子。奥にはカウンターが見える。
中央には金髪の巻き髪を揺らすグラマラスなバニーガールが立っていた。
二人が店に入ってきたことに気付き、木製の床にカツカツとヒールを当てて近づいてくる。
「もうどこ行ってたのよポール。なんなのその子? 新人?」
「ちょっと散歩さぁリップ。こいつはキャリー、宿を探してるらしいぜぇ?」
「あの、ポールさんのお仕事を手伝えば宿を紹介してくれるって……」
バニーガールはキャリーに近づき、ふうん、と全身を眺めた。そして、キャリーの胸をいきなり鷲掴みにした。
「ひゃっ!!」
「あたしほどじゃないけど胸はそこそこあるみたいね。どうやら顔だちも悪くないし」
「あのあのああのあのあのあのあの……」
キャリーは真っ赤になって目をぐるぐる泳がせている。
人から胸部を触られたことの無かったキャリーは気が動転していた。
そんな事に構わず、キャリーの胸から手を放したバニーガールは自分勝手に自己紹介を始める。
「あたしは『リップ・ヒップホップ』。ポールの助手よ。歓迎するわ、キャリー」
リップはキャリーに手を差し伸べて軽く握手をした。
その右手には腕途計がついている。それは彼女が犯罪者ではなく、管理者である事の証明だった。
「あの、よろしくお願いします……」
深々と頭を下げるキャリーにリップは微笑む。
「とりあえず今日はもう遅ぇから、空いてる部屋に案内してやんなぁ」
「こっちよキャリー、ついてきなさい」
リップは振り向き、店の奥に向かった。
ヒールをカツカツと鳴らし、くびれを左右に揺らしながら、金髪の巻き髪を揺らしながら、大きく育った胸部を揺らしながら歩く姿は、キャリーでは出せない大人の色気を感じさせる。
「ここがお風呂。着替えくらいは用意してあげるわ」
「あの、一泊いくらするんですか?」
貯金が少ない事に不安なキャリーは尋ねた。
「うん? ここは宿屋じゃないのよ? ポールの家なんだからタダに決まってるでしょ」
「でもあの私、いいんでしょうか……?」
困惑するキャリーにリップは笑いながら答える。
「あぁ、言い方が悪かったわね。宿賃のかわりに、ポールとあたしの仕事を手伝ってもらえれば、それでいいのよ。人手も足りなかったら丁度いいわ」
「そうですか……、それであの、一つ聞きたいんですけど?」
「どうしたのよ? 遠慮せずに言いなさい」
「あの、リップさんは右手に腕途計をしてますけど、管理者の方なんですか?」
リップは小さくため息をつき答えた。
「そうよ。あたしはあなた達と違って犯罪者じゃないわ。仕事は仲介人よ」
「で、でも、あの、ポールさんは左手に腕途計をしていましたよね?」
「そう、彼は犯罪者。世間を騒がせた連続爆破事件の犯人よ。それがどうしたの?」
さも当然の様に答えるリップにキャリーは疑問しか感じなかった。
「あの、でもそれっておかしくないですか? 服役中の受刑者と刑務所の管理者が一緒に仕事してるって……」
リップはこの子はなにを言っているんだ? と言いたげな表情だ。
「あなた何にも知らないのね。このレクイエムは管理者なくして犯罪者は生きられないし、犯罪者なくして管理者は生きられないのよ? 仲良くしてれば、自分の死を覚悟してまで私たちに襲いかかるやつなんていないしね」
「あの、私……」
「大丈夫よ。あたしはあなたが犯罪者だろうと気にしないわ。それよりここがあなたの部屋よ」
リップが一つの部屋の戸を開け、その中を指さした。
キャリーはその部屋を覗き込む。
ハーディが借りた部屋よりは狭かったが、ベットが置いてあり窓が付いている。
個室な事がわかるとキャリーの不安感は少し和らいだ。
「あなた自分では気づいてないかもしれないけど、かなり疲れてるみたいよ。今日はもうゆっくり寝なさい。明日仕事の時間になったら起こしてあげるから」
「あの……、ありがとうございます!」
キャリーが部屋に入ると、リップはにっこり微笑んだ後、戸を閉めた。
レクイエムに来てから不安で胸一杯だったが、やっと安心できる空間に辿り着いたキャリーはベットにぼふっと仰向けになった。
天井を眺めながらキャリーは呟く。
「一日でいろんなことがあったな……情報収集の仕事って言ってたけど……」
キャリーは目を閉じた。
「私記者だもん、大丈夫だよね。お母さん」
キャリーは母親の顔を頭に思い浮かべ、ベットの柔らかさに安心したのか、そのまますぐに眠りについた。
*** *** ***
ドンドンドン……
「キャリー、仕事よー。起きなさぁーい」
リップが戸を叩く音でキャリーは目を覚ました。
窓からは陽の光が差し込んでいる。
ベットから身を起こし、キャリーは戸を開けた。
「あの、おはようございます、リップさん」
「わお、すごい寝癖ね。まずお風呂に入りなさい。あなた昨日入ってないでしょう?」
自分の体をクンクンと嗅いだキャリーに向けて、そんなつもりで言ったんじゃないわよ、と笑うリップ。二人は昨日軽く案内したマーリーの風呂場に向かった。
「タオルと歯ブラシなんかはこれ使いなさい」
それらを手渡され、リップが風呂場から出ていくのを見届けるとキャリーは服を脱いだ。
風呂場に入り、熱いお湯を出す。
久しぶりのシャワーが気持ちいい。
ここが刑務所であることをキャリーはすっかり忘れていた。
「キャリー! あんたの服ー! 洗濯しとくからー! ここに替え置いてあるから着なさぁーい」
「はーい! ありがとうございまーす!!」
ひとしきり汗を流して体を拭く。
脱衣所に戻ったキャリーが見たリップの用意した服は、無造作に置かれたバニーガールの衣装だった。
「えっ!?」
一瞬固まり顔が引きつったが、全裸で外に出るわけにはいかない。
しぶしぶバニーガールに変身し、風呂場を出たところでキャリーはポールに出くわした。
「おおー! キャリー! 似合ってんじゃねーか!!」
「あの、あんまり見ないでください……恥ずかしいです……」
そう言ったがポールにじろじろ見られ、キャリーは顔を赤くしてもじもじする。
「俺は知ってたぜぇ~? キャリーにバニーちゃんの適正があることを!」
ポールは手をわしわししながらキャリーの胸を触ろうとした。
すかさず横から飛び出したリップがポールに飛び蹴りした。
「やめんかこのスケベ野郎! いきなり婦女子の胸を揉もうとするな!!」
(あの、私は昨日あなたにいきなり揉みしだかれたんですけど……)
そんなキャリーの心の声が聞こえるはずもなく、リップは笑顔でキャリーに話しかけた。
「ご飯にしましょキャリー、もうできてるわ」
「お前昨日キャリーの胸もみし――ブッ!!」
ポールが何か言っていたが、それが言い終わる前にリップの拳骨がポールの顔面にめり込んだ。
*** *** ***
3人は店のテーブルにつき、朝食を食べ始めた。
机にはサンドイッチ、サラダ、そしてホットコーヒーが3人分用意されていた。
ごく普通の、ありふれた朝食風景である。
いただきます。そう言ってキャリーはサンドイッチに手を付ける。
「んっ!? おいしい……。あの、リップさんってお料理上手ですね!」
「そいつぁ違うぜキャリー。こいつぁ俺っちのお手製だ」
「こいつ顔のわりに料理上手くてね~。あたしはさっぱりだけど」
見た目も味も店が開けるレベルの料理だった。3人はサンドイッチを片手に語る。
「それで、私は一体なにをしたらいいんですか?」
「昨日も軽く言ったけど、ポールは情報屋。レクイエムにいる犯罪者から情報を買い、それを高値で売りさばいて生活してるわ。でも、犯罪者間での刑期の譲渡には仲介人が必要ってわけ」
「そこで俺っちはリップを専属で雇って、刑期の受け渡しをしてもらってる。くっそ高い仲介料でな!!」
リップはポールを睨み付けたがポールは目をそらした。
「キャリーには、その仕事の雑用とかをやってもらいたいのよ」
「別に気に入らなきゃ好きな時に店を出てっていい。オラトリオにいたらいつまでも刑期が減らねぇからなぁ。だがここで働くうちは住み込みで面倒見てやるぜぇ?」
「あの、気に入らないなんて、そんなことないです!」
行く当ての無かったキャリーには願ってもない話だ。
二つ返事でここで働くことにした。
刑期を減らそうにも一人で外に出るのはあまりにも危険すぎる。
「それにしてもあんたみたいな娘が犯罪者とはねぇ。一体外でなにしたのよ?」
「おい! リップ!」
「あ、ごめん。言いたくなきゃ言わなくてもいいのよ……」
レクイエムでは入所した経緯を聞くのはマナー違反とされ、受刑者達は暗黙のルールを定めていた。そこからおおよその刑期が露呈してしまうのと、好き好んで話したがる奴はいない為、トラブルが起きやすいからだ。
「いえ、いいんです。あの、私は法に触れることはしていません。冤罪でレクイエムに落とされました」
「なるほどなぁ。冤罪でレクイエムに送られる人間は珍しくねぇ。そいつぁ気の毒だったな」
「でもこんな若い子が落ちる事はまずないわ」
リップは不思議そうにキャリーの顔を見る。
「若い女だと、殺人だの強盗だのの疑いがかかりにくいからなぁ。言われてみればそうかもしれねぇ」
「冤罪と言うかあの、確証は在りませんが恐らく嵌められて……」
「キャリー、あなた、嵌められてって言うのは政府にって事?」
「私は仕事でレクイエムについて調べていました。えっとあの、多分、それで……」
リップの質問にキャリーの目は泳ぐ。
「やっちまったなキャリー。レクイエムは政府にとって、触れられたくないことがいくらでも出てくるブラックボックスだぜぇ? 10年位前にもそれで落とされた女がいたなぁ……」
キャリーはハッとして立ち上がった。
座っていた椅子がバタンと倒れる。
「ちょ、いきなりどうしたのよ?」
「あの! ポールさん、その人のこと教えてください!」
キャリーの真剣な眼差しに思わずポールは語りだす。
「まぁほとんど知らねーがなぁ。あいつに会ったのは俺が入所したてだったからよく覚えてるぜぇ? 当時女はほとんどいなかったからなぁ。年は30くらいで名前は知らねえなぁ。俺っちはこのオラトリオでそいつを見かけて」
「ナンパしたのね」
リップの推測にポールは正解っと言わんばかりに親指をたてた。
「結局ふられちまったが少し話してよぉ、確かレクイエムについて詳しかったって言ってたぜぇ?」
「あの、その人は今もこの街にいるんですか!?」
「どうだかなぁ。その女に会ったのはその1回きりだし、俺っちも情報屋とはいえ全てを知ってるわけじゃねぇ」
「あの、そうですか……」
キャリーは残念そうに倒れていた椅子を起こし再度座った。
「キャリー、あなたその女と知り合いなの?」
「えっと……、多分私の母です。あの、確証はありませんが、母も私と同じようにレクイエムに10年ほど前に入れられてますから……」
「悪いなキャリー。俺っちはそれ以上のことは知らねぇ。その情報が入ったらお前に格安で……」
リップはキッとポールを睨み付ける。ポールは言い直した。
「お前に無料で譲るとして……」
ポールは飲みかけのコーヒーをグイッと飲みきり、腕途刑をポンポン叩く。
「そろそろ開店時間だぜぇ?」
「そうね。今その話をしてても進展しそうにないわ。キャリー、食器を下げてちょうだい」
リップも残りのコーヒーを一気にすすって席を立った。
ポールは店の入り口から正面にあるカウンターの奥の席に腰かけ、新聞を読み始める。
キャリーは食器を洗い場で洗い、それから店内に戻ってきて椅子に腰かけるリップに話しかけた。
「とりあえず客がくるまでやることないわね」
「おいおいリップ。それまでに店の決まりを叩きこんでくれないと困るぜぇ? うちは接客業なんだからよぉ」
ポールは新聞を読みながらリップにそう言った。
不真面目な態度で力はいつも抜けているが、それでもポールは経営者なのである。
「わかったわよ。キャリー。まずはお客さんが入ったら元気に明るく挨拶よ。ちょっとやってみなさい」
キャリーはだれもいない店の入り口に向けて発声した。
「いらっしゃいませー!」
「弱い」
「弱いわね」
さっそくポールとリップからダメ出しが入る。
「あの、えっと、今のダメでしたか?」
「俺っちの店はオラトリオ一の情報屋だぜぇ? インパクトが足りねぇよ」
「もっと笑顔でやってみなさいな。作り笑いでいいから」
キャリーはありったけの笑顔を作り、だれもいない店の入り口に発声した。
「いらっしゃいませー!!」
「弱い」
「弱いわね」
「あの、何がダメなんでしょう?」
言われたとおりにしても入るダメ出しに、キャリーは早くもどうしたらいいかわからない。
「せっかくバニーガールの衣装を着ているのだから、もっと胸を強調すべきよ。あなた、あたしほどではないにしても胸が無いわけではないんだし」
「もう少し客との距離を詰めてみたらいいんじゃねぇかぁ? なんだか固っ苦しいんだよぉ」
キャリーはありったけの笑顔を作り、胸の谷間を強調するポーズで、だれもいない店の入り口に向けて発声した。
「いらっしゃーい!!」
「弱い」
「弱いわね」
キャリーは泣きそうな顔をしながら震える声で質問した。
「今度は……なにがダメでしたか……?」
「明るく、元気にとは言ったけど、キャリーの場合は天真爛漫な可愛らしさを押した方が受けるわ」
「年下の子に旦那様と呼ばせたい中年男性のツボを攻めてみろよぉ。その方がきっと受けるぜぇ?」
店のドアがカランカランと開いた。
「今日1人目のお客さんだぜぇ!」
「今までのつらい練習の成果を出す時が来たのよキャリー!」
キャリーはありったけの笑顔を作り、胸の谷間を強調するポーズで、顔が赤面するくらいはずかしい声色を使って、上目遣いで店に入ってきた男に向かって発声した。
「旦那様ー!! いらっしゃーい!!」
キャリーも、その男も、世界ですらも一瞬固まり沈黙が流れる。
やがて男が口を開いた。
「てめぇ……、なにしてやがる……?」
*** *** ***
マーリーに入ってきたハーディの姿を見るとリップの顔は引きつり、ポールはというといきなり立ち上がって揉み手をしだした。
作り笑いをしてはいるが、ポールは冷や汗をかいている。
ハーディが入った瞬間、明らかに店の空気が変わった。
「これはこれはハーディの旦那ぁ。今日はどんなご用件で?」
リップはハーディの左腕を見た。
袖で隠してはいるが間違いない、あれは腕途刑だ。
「あんた……、まさか……」
ハーディはリップに目もくれず、ポールのいるカウンターまで歩み寄った。カウンターにバン! と手をつきハーディはポールに質問した。
「ポール。今日は情報を買いに来ただけだ。『ドン・ドドンパ』は今どこにいる?」
「ドンの居場所ねぇ……、ちょっと俺っちにはわかりかねますなぁ」
その答えに明らかに不快感を示したハーディは、ポールの胸倉を掴み怒鳴った。
「嘘つくんじゃねぇ! この辺でキリシマを見かけたやつがいる。あいつがこの辺りをうろつくのはエモノの手入れの時だけだ」
「へぇー、あのキリシマがこの辺に! こりゃしばらく外は出れねーなぁ!」
ハーディはポールに顔を近づけ睨んだが、ポールはハーディと目を合わせようとしない。
「ドンがこの街にいるとしたらてめぇが知らないわけがねぇだろう?」
「……だってハーディの旦那、相棒取り戻したら絶対暴れるじゃねぇっすかぁ。もう勘弁してくだせぇよぉ……」
ハーディはため息をついた後、ポールに自身の左腕を出し腕途刑を見せた。
「これなら安心か?」
「旦那っ! これは……!? ……なぁんだ! そう、そうゆうことなら早く言ってくださいよぉ!!」
ポールがポンポンとハーディの腕をタップすると、ようやくハーディは胸倉から手を放した。
「俺っちがドンを見かけたのは3日前でさぁ。あのじいさん多分まだこのオラトリオの中にいますぜぇ?」
「そいつぁ丁度よかったぜ。いくらだ?」
ハーディはポールに向けて左腕を差し出した。
「いえいえ、旦那からは刑期は取りませんよぉ。俺っちもまだ店を潰したくないもんで……」
「ハーディ、あなた! その腕途刑――」
ビーッ!!ビーッ!!ビーッ!!……
リップがハーディに話しかけた瞬間、突然店の外から大音量の電子音が聞こえてきた。
「うっわ、やべえ! おい、店の奥に隠れろぉ!」
ポールとリップはその電子音を聞くと、マーリーの奥へと走っていく。
「チッ! あのじじい!!」
ハーディには音の出所に心当たりがあった。
――奴はいつもこうだ。後先を考えねぇ。
ハーディはすぐに店の外に向かって走り去っていく。
電子音のせいで止めるリップの声も耳に入らなかったキャリーは、ついハーディの後を追って店を出てしまった。
*** *** ***
店の前の広場で昨日のランバダ兄弟と、背の低い一人の老人が怒鳴りあっていた。
その近くには老人が持っていたであろう杖と黒いカバンが落ちており、ゲルノの頭からは血が出ている。
「おめぇなにしやがる、くそじじい!」
「いきなり杖でなぐりやがって! このくそじじい!」
「だまれ小童ども! わしのような老人にぶつかっておいて謝罪の一つもないとは何たる狼藉か!!」
話を聞くと、どうやら老人がランバダ兄弟に殴り掛かったらしい。
「おめぇの腕途刑から警告音が鳴ったってことはおめぇの刑期の方が長かったってことだよなぁ!?」
「すぐ刑殺官がきて、てめえは殺されるんだよォォォォ!!」
「そんなの関係ないわ! 小童の性根を叩き直してやろうとしてるわしが、人に恥じることなどなにもない!!」
老人の腕途刑から流れるこの警告音は、まもなく刑殺官が訪れ処罰をするという合図である。
戦闘禁止区域での自分より短い刑期の者への暴力行為――
それを犯した受刑者へ向けて最後の……
――死刑へのカウントダウンである。
突如、一軒の屋根から若い女がものすごい速さで老人に向かって飛び降りてきた。
その様子はまるで天から降り降ろされるギロチンのようだった。
一瞬の出来事だった。
女が腰から細剣を抜き、上からそれを老人めがけて突き出した。
ガキィィィイイイイイイイイイイイイイイインンンン!!!!
周囲にけたたましい金属音が響く。
その音に傍で見ていたキャリーは思わず耳を塞いだ。
女の突き出した細剣は老人を貫くことはなかった。
老人の前にはハーディが立ち塞がり、女の細剣を落ちていた黒い鞄で止めていたからだ。
軽装の西洋甲冑に身を包んだ女が地に降り立ち、白銀の美しすぎる直髪がふわりと舞う。
手に持った細剣をハーディの持つカバンに突き刺したまま女刑殺官はニヤリと笑った。
「あれぇ? はーでぃはん。おひさしぶりですなぁ?」
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