イソギンチャクは浴槽で夢を見る

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二本目 餌の時間

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「あ~、疲っかれたぁ」

 玄関の扉がいつもより重く感じるのは、時刻が午後九時という理由だけではなかった。

「結論の出ない会議の、何と不毛なことか」

 毎週ある定例の営業会議があった。会議自体は昼過ぎ開始の夕方で終わったが、押しに押したせいで、事務の残務が溜まりに溜まってしまっていた。
 一応は事務処理専任の中年の女性社員が一人いるが、常時定時ダッシュなため、こういう時は全く頼れない。

「てか、営業なのになんであんなに事務作業が多いんだよ。支払いの督促とくそくはまだしも、自社製品の在庫管理までってどういうこと?」

 今日はもうシャワーを浴びて寝よう、っと脱衣して力なく浴槽の扉を開ける。

「へっ?」

 お湯の張られた浴槽から立ち上る湯気を見て、驚きつつも思い起こす。昨日の夕方に事が発端した、この色とりどりなイソギンチャクらの出会いと、風呂場環境の変化を。

「あぁ、そう言えば。飼い始めたんだっけ?」

 眉間に皺を寄せつつ浴槽を覗き込み、まず臭いを嗅ぐ。この時期に一晩放置しておくと、何とも言えない雑巾臭みたいなのがするはずだが、全くしない。それどころか、お湯は透明かつ温かく、また昨晩と同じか、僅かに澄んでいるとすら思えた。

「え、すごくないか? いくら梅雨で暖かいとは言え、四十度近くの温度を保ちつつ、しかもこんなに綺麗だなんて」

 今日は昨日ほど躊躇ちゅうちょせずに、かかり湯の後、浴槽に身体を預ける。
 適温および柔らかくてほんのり温かい感覚に、早々に瞼が降りてくる。

「ふぅ~。あ~」

 ユラユラと海藻みたく揺れる触手の何本かが、脇腹辺りをくすぐる。――けど、それは不快なものではなく、ややもすれば、まるで子犬がじゃれ合って来ているみたいであった。

「僕が女の子だったら、絵的にエッチくて大変素晴らしいんだろうけど。

 くだらない事を言いつつ、左手の指で何本かの触手をつまんでみる。人肌みたいで心地良く、グニグニとゴムの管みたいな弾力が面白かった。
 次に、尾てい骨の辺りで、尻に敷いている本体を擦ってみた。こっちは硬めの感じだが、口盤か体幹に生えているイボイボみたいなのが腰や尻の辺りを擦って、痛気持いたきもちいいマッサージみたいだった。
 ――ブル、っとここで身体が震える。

「あ。シャワーと思ってトイレに行ってなかったんだ」

 仕方なく上がろうとした時、ふと例の店長との会話の一部が思い出される。

「――えっと。確かオシッコはこのイソギンチャク達の、養分だか餌になるんだっけ?」

 本当かなぁ。

「……まぁ、気になるならお湯を入れ替えたらいっか。水道代と光熱費がちょっともったないけど」

 腹筋に少し力を入れる。トイレとかだと条件反射で出やすくなるが、それ以外の場所だと、意図的に出そうとしないと出ない。
 ――水中のため音もなく、触手の狭間にある肉棒ペニスから、僅かに黄ばみた尿が噴射される。

「風呂でオシッコするなんて、子供の時以来――うん?」

 なんだ? よくよく見ると、尿が広がる方向に、付近の触手が伸びていっている気がする。真下にいる本体にいたっては、ノロノロと口を開いている風に見えなくも無い。

「うはっ。餌にするって本当かもな」

 風呂の中でオシッコすると、入れ替わるみたく浴槽のお湯が体内に入ってくるみたいで、微かにくすぐったく、変な感じがした。
 とは言え、さすがに自分のでも尿が混ざった風呂に、そのまま入り続けるのはためらわれた。

「また、明日だな」

 だんだんと、こなれてきた感を出しつつ、とりあえずは風呂から上がることにした。


 * * *


 翌日、会社から真っすぐ帰宅して、すぐに風呂場へ向かう。
 三日目の風呂だが、やはり臭さは微塵みじんもなく、お湯は綺麗なままだった。まるで誘うみたいに、触手が踊る見たく揺れ動いている。

「すご」

 今日はかけ湯もせずに入湯する。もちろん、皮膚の汚れや垢をも餌にすると思ってのことだった。

「はぁ~、極楽」

 パシャパシャと、肩にかけ湯する。
 ――にしても、ガス抜きをしっかりするって本当に大切だな。今日は会社でのイライラが、いつもよりちょっとマシだった気がした。おそらくこうやって風呂でリラックスできる時間が増えているからだと思う。
 人によってそれは、他者との交流だったり、酒だったりネットだったり、セックスだったりするんだろうけど、僕に至っては、まさかの風呂となってしまった。前世はローマ人(※ローマ人は大衆浴場など風呂文化を好んだ)だったのかもしれない(笑)。

「風呂ならし、コスパは抜群にいいねぇ」

 そう言いつつ、お尻の辺りをグリグリして、柔くて硬い感触を楽しんだ。

「……」

 脇の隙間にて揺らぐ、赤い触手が目に付いた。その内のいくつかの先端が、丸くなくて少し尖っており、小さな孔があった。
 ――確か体液には、人間に必要な栄養素が含まれているとか? 
 出会ったあの日ならいざ知らず、三日目ともなってくると、警戒心も徐々にだが、確実に薄れてきた。だって、今のところ、店長の言った事に、嘘偽りは一つも確認出来なかったのだから。
 摘まみ引っ張ると、何の抵抗も無くゴムみたく伸びてきた。先端を指で押すと、白い液体が一雫垂れてくる。

「(まぁ、一滴で死ぬなんてことは)――どれどれ」

 チュパ。
 おそるおそる、口をすぼめて一舐めする。

「……」

 薄い。っというかあんまり味が無い気がする。
 ――けど、何だろうか。どこか遠い遠い日々のどれからで、味わった事があるみたいな、懐かしさを覚える。

「なんだっけ? チュウ」

 思い出すために舐め、また舐めるたびに思い出せそうな気がした。十回ほど繰り返すと、やがて出なくなったので、別の黄色の触手を一摘み。
 今度は口に含んで甘噛みしたり、舌先で先端を突く。するとさっきより大粒の雫が垂れ出てきた。

「チュゥ。微妙に味が違う、かも? レロ」

 ボーっとして来た頃には、三本目の触手を口にしていた。肩の力が抜けてくる。無理矢理リラックスされているみたいな、未知の体験とも言えた。
 舌先で青い触手をの先っちょを、ビンタしていた時であった。

「へっ?」

 思わず目を見開き、股間をガン見してしまう。どういうわけか、カチコチのフル勃起状態なのだ。
 ――え、なん、で? 何一つエロい妄想なんてしていないのに。
 触手の茂みから亀頭の先端を覗かせている男性器ペニスは、過去一なくらいの充血っぷりであった。

「……ゴクリ」

 生唾を思わず飲み込んでしまう。
 いやだって――――というのは予感どころか確信に近い、直感とすら呼べた。思わず呼吸を早めつつ、利き手を伸ばして握る。
 お湯の中でグニグニと陰茎みきを擦り始める。既に我慢汁カウパーえきが染み出ており、汚れみたくお湯の中へ溶けていった。

「ハァ、ハァ」

 すごい。眼の前にエロいものが何も無いのに、ウチからあふれる衝動というか、白い熱源が、ただただ射精してほしいと、睾丸の内側を引っ掻いていると錯覚するほどだ。
 竿も、まるで痒いみたくうずき、どれだけ摩擦まさつに励んでも、痛みは全くなく気持ちいいだけ。

「く、ぅ。で、射精るっ!」

 ドピュ、ドポ、ビュルル。
 す、すごいぃ。ここ、しばらく疲れと忙しさで、自慰オナニーをしていなかったのを差し引いても、吐精の量がすごかった。何より――。

「やば。マジ、やば」

 ナニがヤバいかって、気持ち良さの強度そのものは、普通いつもの射精のちょい上くらいだった。
 けど何より、射精した時の快感の持続時間が五秒、十秒と続く。

「こんな、オナニー、はじ、初めて」

 ウットリと恍惚こうこつな、脱力しきった顔で、天井を眺める。
 ……その時は快楽の余韻のために気付かなかった。いや、気付いても気にしなかったかもしれない。
 湯の中で泳ぐ精子に、触手がそれとなく伸びている事に。そして、小さな乳首が、なぜか、キュッとしなっていたことに――。
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