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安直

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 食べられないなら目に毒と、再びあの暗く不気味な廊下へと戻る。
 二十メートルほど歩くと、やはり病院にてよく見られる小さな待合室らしき場所に出る。
 無人の受付カウンターには受話器の外れた電話、コインケースが外れている金銭登録機キャッシュレジスターが無造作に置かれており、へやの中央部分には待合用の椅子や木片が散乱していた。
 いたるところで蜘蛛の巣や埃が見られて、歩くの一苦労であった。ふと視線を外すと、少し先に上階への階段があるも鎧戸シャッターが降りていた。そのすぐ近くに電気制御室と書かれた扉が目に入る。
「か、階段?」
 倒れている椅子や壊れた雑品を避けつつ、階段へ近づくが、やはり鎧戸が邪魔で利用することは出来そうになかった。
 ただし、鎧戸の近くに鍵穴や読み取り機器リーダーが無いことから、電気制御室での開閉が可能かもしれないと思い、その扉の取っ手に手をかける。
 ガチャ――。
「ヴェア~」
「ひっ!」
 おぞましい声を聞き、反射的に閉じそうになる手を、寸でで止める。
「落ち着け、落ち着け」
 未だに聞き慣れない女の声なので、声で落ち着こうとするのにはあまり意味がなかったが、深呼吸をする。
 ――ヒトガタがいたにも関わらずそうした理由は二つ。一つは大きな音を立てないため、もう一つは。
「つ、繋がれている?」
 そろりと覗き見るに、こちらに背を向ける恰好で、肘掛椅子アームチェアのみたいな椅子に繋がれているらしい。
 腕や胴をバンドで固定されており、さきほどは音に反応しただけで、こちらの詳細そんざいには気付いていない様子であった。
 また電気制御室は薄暗く、十畳ほどの広さで、他には小さな机と空の棚、そして壁に設置されている制御盤くらいのものであった。
「く、臭い」
 充満している臭気は、このヒトガタが長時間ここに拘束されていることを意味していた。
 僕は中央のヒトガタを大きく迂回して、端にある制御盤へ足を運ぶ。
「ヴェ?」
 その途中、視界の関係上、ヒトガタがこちらの存在に気付く。
 なぜかこちらの顔を何度も確認した後、僕の細腕うでから零れ落ちそうな乳房を視姦しかんし、いやらし気に笑った。
「っ」
 ゾワッ、っとする感覚を押し殺し、制御盤を見る。
 薄暗い灯りの元、機械知識に乏しい僕であったが、開閉器スイッチの隣に英語で注釈が記されており、必死に読み解く。
 どうやら先ほどの階段の鎧戸シャッターを開けられそうであった。手順も簡単で、三つの小さなボタンを順番に押すだけで良さそうだ。
 背後から聞こえる呻き声から少しでも早く離れるため、まず一つ目のボタンを押すと。
 カチリ――シュ。
「え?」
 扉の付近のヒトガタから小さな器械音が鳴り響く。嫌だったが、仕方なく振り返ってヒトガタの方を視る。
 首、胴体、腕を拘束していたバンドの、胴体に当たる部分が無くなっていた!
「嘘っ、なんで」
 恐怖に加え、空腹と喉の渇きによる歪力ストレスで、僕はボタンを間違えたのかと慌てて確認するも、最悪なことに正しかった。
「――ま、さか」
 そう、そのまさかであった。おそらく、ボタンを全て押したら鎧戸は上がる、が、おそらくこのヒトガタは解き放たれる。
「(どう、すれば)うっ」
 もう一度、ヒトガタへ目をやる。
 初めて遭った個体より身体は少し大きく、服装も違った。
 ニタニタと嗤いつつ、を拡げては閉じてを繰り返した。開いた口からは悪臭を投棄しつつ、まるで挑発アピールするかのごとく、大きな舌をこちら側へ見えるように動かした。
「い、いっそのこと。いや、ダメだ」
 ヒトガタの動きは確かに遅いが、ボタンを押し終わった後に走っても、身体か服のどこかを掴まれたら強姦おしまいだ。
 さっきのような脱出方法が、無くはないだろうが……。
「ハァ、ハァ」
 過呼吸気味になり、片手で頭を抑える。
 死にたくない、逃げのびたい。この身体に何が起こったのか、ここが何なのかを知り、男に……いや、元の生活に戻りたい。
「(そのためなら何だって)はぁ、フゥ」
 長時間ここにいるのはよくない。そこで、前例にならうこととした。
 僕は両の腕をだらん、っと下げて、ヒトガタに近付く。剥き出しの乳房が弱い光に当る中、小さく揺れる。
 ヒトガタはそれに呼応するかのように、ゆっくりと頭を右へ左へ振り、呼吸を荒くする。
 そんな、ヒトガタの口に乳首を捧げる――ことはせず、その手前、つまりは足の位置にて屈む。
「ヴェ、アー、アァー」
 ボロボロの赤黒いジーンズらしき物を履いているヒトガタの、膨れた股間部に震える指を伸ばす。
 ジッ、ジジジジ。
 ボロン!
「!」
 ファスナーを開けた瞬間、音が聞こえるほど勢いよく、醜悪な肉棒ペニスが出現する。
 怒張しつつあるソレは、他の身体の部分と同様に灰色でただれていた。
「く、ぅ」
 ――作戦というほどでも無いが、さっきと同様に射精はてさせ、脱力している間にボタンを押して上階へ離脱する。
 芸が無いとは言え、僕が持つ唯一の抵抗手段が肉体これしか無い以上、仕方がないと言い聞かせた。
「ヴェ、アー」
 意図を察してか、相変わらず不気味に顔を歪めて、涎を垂らす。
「(――う)うぅ」
 下劣な笑みを浮かべるヒトガタに見下される姿勢で、自身の意志により肉棒に触れることは、ただでさえ残り少ない自尊心を削りに削る行為と言えた。
「(生きるため、逃げるため)くぅ」
 ――だが、僕はこの時、気付いていなかった。
「(いく、ぞ)っ」
 この愚かな行為が、真に狂った世界へ、大股で足を踏み入れてしまう危険を孕んでいたことに――。
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