霊装探偵 神薙

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第四章 咎人

十九話 新年早々

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 まるで棺の中を思わせるような冷たい空気の中、酸欠の魚があえぐ様に、男はパクパクと口を動かした。
 差し詰め、灰色の影が立体的に周囲を埋めるみたいな薄暗い室内にて、天井を仰ぎ、目を強くつむりながら思った。
 ――息が、息が出来ないんだ。肉体のではなく、心の息が、と。

「……」

 男は思った。この人間社会なるものは、まるで自分の周囲の酸素濃度だけが、妙に薄い気がすると。一人でいる時も、他人といる時も、仕事している時も、食事の時も、常々そう感じていた。
 とうしてみんな、あれほど上手に呼吸が出来るのだろう? 心の、呼吸が。

「く、くそっ――」

 酸素不足が、深刻な障害を引き起こして、こんなことになってしまったのだろうか?
 などと今更、気狂いな言い訳をしても全く無意味だ。目の前の惨劇さんげきについて、やってしまったものは、もう元には戻せない。
 当初は、多少なりとも義憤ぎふんの熱を意思として宿していた男も、今となっては痩せ細ろえて年老いた溝鼠ドブネズミの様に、怯え、震える始末であった。
 ――夜があたりへ降り立つ中、気がつけば男は仄暗い古ぼけた、月桑市ちほうとしのとある路地を、右へ左へと走り逃げる。逃げる、逃げる。

「ハァ、ハァ。なんで、どうしてっ!」

 * * *

「なかなか、混んでいるな」

 長身の青年が白い息をくゆらせる。
 二千二十一年、一月初旬で、時刻は午前八時であった。穏やかな冬の陽が差し込み、冷たくも清浄なる大気が、ある神社の境内けいだいに満ち満ちていた。

「だね~」

 隣に立つ小柄な女性が応じる。
 ここは月桑市市内にある空橋大社そらばしおおやしろであった。平安時代の延喜式神名帳えんぎしきじんみょうちょうに大社として列格されている、由緒ある神社の一柱と言えた。神道しんとうに詳しい参拝者は県内外を問わず訪れ、この時期には特に賑わっていた。

「じゃあ早速、お参りしようよ!」

 女性こと星宮輝の元気な声が、そばの青年こと神薙へと向けられる。

「まずは手水ちょうず(※手を清める行為)からだ。基本中の基本だぞ」

 あ、そっか。っと手水舎へ向かう彼女は、温かなコンサムボレロを羽織り、赤と紺のチェックスカートを穿いていた。一方の神薙は、薄い黒のコートを羽織り、紺のワイシャツに灰色のスラックスという格好であった。

「じゃあ柄杓ひしゃくで水をすくってぇ。うぅ。つ、冷たそ~(寒)」

 星宮は萎縮いしゅくしつつも、柄を握り持つ。

「おい待て。手水も当然だが手順がある。まずは――」

 鮮やかな青空の底、手水の順序を厳しく指摘され続ける。さながら姑のごとき細かな叱責を受け続ける彼女は、一言もらした。

「す、すみません。お義母さん(汗)」

 三が日も過ぎ、それでも人がまばらな大社にて出勤前の参拝を静かに行う。参道の端を歩き、拝殿に到達して賽銭を投げ入れて、静かに本坪鈴ほんつぼすずを鳴らす。

「「……」」

 二礼二拍手一礼を捧げた後、同時におもてを上げては順番を後人へ譲る。

「う~んっ。これぞ日本人のお正月って感じだね!」

「儀式儀礼を済ませただけで満足するな。神道しんとうとは中々に奥の深いものだ。いいか? 祖霊崇拝それいすうはいうたわれる日本固有の民族宗教の一つであり、やはり精霊信仰アニミズムの関係とは切っても切り離せない――」

 厚い厚いNagipediaが開かれたことに、欠片と気がつかない星宮は、だが。

「あっ、薙君。おみくじしようよ!」

 無邪気という断罪の剣でもって、英知に長けた神薙の思考回路を容赦なくぶった斬る美女もとおとこは――社務所の隣の授与所へ小走りで向かった。

「……やらん(怒)。早く事務所へ向かうぞ」

 正月というのに血管に血を張り巡らせた神薙は、カッ、ときびなすを返し鳥居へ向き直る。

「あっ! ちょっと待ってよ。んも~、何を怒っているんだろう?」

 鳥居の端をまたぎ、振り返って一礼をした二人は、最寄りの在来線の駅へと向かった。

「――ねぇねぇ。薙君は何をお願いしたの?」

 気になる、っと言った表情で、券売機で切符を購入した星宮が覗き伺う。

「何も願っていない。せいぜい日頃の報謝ほうしゃくらいだ」

 目も合わせずに短く言葉を切る。通勤混雑ラッシュを過ぎた四両編成の鈍行列車が、発着場プラットホームへ到着する。

「えぇ~? 勿体ない。なんでお願いしないの?」

「単純明快だ。①大勢が一挙に願うこの時期、願いを叶えてもらえる確率は統計的に極めて低い。②そもそも年に数回も参拝しないのに、神を相手に願い事など甚だ図々しい。③願いなんてものは元来、自分自身の力で叶えてこそ価値がある」

 抑揚の無い、理路整然とした神薙の意見を聞いた星宮は下を向き、今年最初と言える嘆声たんせいを吐き出す。

「……薙君って、ほんっっっと夢が無いよね」

「逆に考えるんだ。お前は夢がありすぎるのだ、っと」

 ガタンガタン。
 年老いた三両編成の列車は、冬の冷たい大気を必死に押し退けつつ、陽を浴びて鈍く光る鉄道レールの上を走った。

「あっ! じゃあさ。ボクの願い事、気になる?」

「ならん」 

「……ねぇねぇ、ボクの――」

「ならん」

 一見すると、華奢きゃしゃな女の子の茶目っ気を、乱暴に押し退ける普通の青年という、ちょっと変わった光景を、電車内に繰り広げていた。
 やがて事務所の最寄り駅にて降りる二人は、雑談もそこそこに、急ぎ足で向かう。時刻は九時まであと十分ほどであった。

「ちょ、ちょっと薙君。足、速いよぅ」

「遅刻は俺の最も好まない行為の一つだ」

「初詣のことは所長さんにも伝えてあるし、ちょっとくらい遅れても大丈夫だって」

「それでもだ」

 建物に入った二人は早々に昇降機エレベータを呼び寄せて、事務所のある三階へと急ぐ。鼻を突く、ツンとした古さを印象づける臭気も、正月だからか少し変わった印象を受けた。
 そして定刻に間に合い、ドアノブへ手を伸ばす。

「間に合った」

 扉を静かに開ける神薙は、いつも通りの表情にて。

「おはようございます。所長――」

 見慣れたはずの光景……が広がるはずであった、が。

「あっ、おめっとさーん。神薙にホッシー、今年もよろしゅう!」

 まず地味だがブランドもののジャージに袖を通す、方言使いの半人前坊主こと岸堂が、来客用のソファの端に座っていた。
 だが、問題はそこではなかった。彼の向かいには、グレーのスーツに袖を通す、神薙達の直属の上司にあたる――。

「神薙く~ん、星ちゃ~ん。おけおめ~☆」

 霊装協会第七支部の副支部長こと琴船の、笑い皺を刻みつつ笑っていないその眼を視認した瞬間――バタン――っと無言で扉を閉めた。

「な、薙君?」

「星。忘れてたが俺は今日、有給をとっていた気がする。いや、とっている」

 突如、重々しく言い放つ。だが、残念ながら神薙の次回の年次有給休暇ゆうきゅうは六日後であった。
 そもそも、神薙ともあろう者がそれらを記憶違いするわけがなかった。

「薙君。お、落ち着いて(汗)」

「俺は落ち着いているぞ、星。故に早々に帰宅して、年末くれに取り寄せた古書ほんの数々を読」

 バタン! 逆に勢い良く開けられた安扉が、神薙の耳をかすめそうになるも、持ち前の反射神経で難なくかわす。
 ガシィッ! だが伸びてきた手に襟首を掴まれた神薙は、完全な沈黙状態のまま、まるで被捕食者みたく室内へ引き摺り込まれていった。

「さぁさぁ。お仕事の時間よ~。神薙蒼一く~ん」

 虚空を覗く様な瞳の相棒を、心配そうに眺める星宮も、慌てて室内へ入る。
 バッタン。

「あ、明けましておめで……だ、大丈夫かい? 神薙君」

 岸堂の隣に腰を降ろし、眉間を抑える神薙へ、所長こと望月が心配そうに声をかける。神薙は頭を小さく下げつつ、だが、一応の不服を琴船へ物申す。

竹黙ヶ原ちくもくがはらの怪事からまだ一ヶ月と経っていません。控え目に言って、酷使していませんか?」

 その言に対し、正月ということで出された梅昆布茶に口をつけつつ、やはり目以外の部分を器用に笑わせるのは、言うまでも無く琴船であった。

「ごめんね~。でもぉ、怪事はこっちの都合に合わせてくれないの~。――てか、合わせてくれると思ってんノ?」

 あぁん? 正月早々まだ居眠りかぁ? 第七支部の主力エースだろうがテメェはよぉ? ――っと反社会勢力はんしゃの関係者みたいな空気を作る琴船に、所長はもちろん、星宮も岸堂も顔をひくつかせる。
 神薙は小さく息を吐く。

「えーっと、支部長は?」

 前回に引き続き、今回も副支部長の琴船が主だって動いている現状に気を配り、動静をたずねる。

「それがさぁ、ま~だEU圏内にいるみたいなの。ウケるぅ(笑)」

 仕事を押し付けていつまで遊びほうけていやがる――と言った琴船の心の行間を、三人は器用に読み取った。
 だがまだ言い足りないと、琴船は愚痴っぽく続ける。

「まぁ、私は気を遣わなくていいから楽なんだけどね~」

「え? 普段(アレで)気を遣ってはるんですか?」

 正月の落ち着きなど、秒で吹き飛んだこの状況下、岸堂が思わず余計な口を挟む。

「つるぴか君。なんか言った?」

「いやぁ~、今年もお美しいですわ~」

「ダメよ~ん、あたしには子供も旦那もいるんだからん♪」

 財政の都合上、必要最低限の暖房しか効いていない望月探偵事務所内にて、岸堂らは汗を垂らす。
 腕を組んで眺めていた神薙は観念した様子で、古ぼけた手帳を取り出す。

「……副支部長。業務内容の伝達をお願いします」

 神薙の言に呼応するか様に、星宮と岸堂が頷き合う。彼らと正対し合う形で、琴船と望月は机に資料等を並べ始める。

「四日前。月桑市市内のアパートで、四十五歳の女性が亡くなった事件は知ってる?」

 琴船は警察から極秘裏に回された紙ベースの資料の中から、一枚を摘まみ上げる。

「遺体が見つかったのは市内にある副崎ふくざき町のアパート内の自室で、仰向けに倒れている状態を管理人が発見。死因は窒息死。死亡推定時刻は前日の夕方から夜にかけて」

 黙して手帳に書き込む神薙の隣にて、星宮と岸堂は悲痛な表情で続けざまに問う。

「ち、窒息死ってことは、首を絞められたとかですか?」

「それとも首を括っての自殺とかっすか?」

 付箋ふせんの部分を捲りながら、琴船がそれぞれの質問といに答える。

「被害者の頸部けいぶには紐や手で圧迫されたあとが認められない。気道に何かが詰まっていた形跡も無く、また毒劇物を服用した痕跡も無いわ。首吊りなどに見られる自殺の線も考え難く、遺書らしき物も見つかっていないの」

 互いに顔を見合わせる星宮と岸堂は言葉に詰まった。そして、手帳を書き潰していく神薙は、顔も上げずに口を開く。

「遺体に、チアノーゼなどの異常呼吸を行った痕跡は?」

 星宮と岸堂は神薙を見ると同時に疑問符クエスチョンを頭上へ点灯させる。

「ちあのーぜ?」

「ってなんや?」

「急性呼吸困難で、血中の二酸化炭素濃度が急激に上昇する現象を指す。血圧、脈拍の上昇に伴いさらに進行すると痙攣けいれん失禁しっきんなどを引き起こしていく」

「神薙君のご指摘した通り。それらは全て確認されたわ。また遺体には、死斑しはんが広範囲に現れており、色は暗い紫色だったことも確認されているの」

 琴船の報告の全てが、死因は窒息死であると告げていた。

「ただ外傷が一切無い、か」

 神薙は顎にペンを当てる。

「ど、どないな事件やねん」

「ほ、ほんとに」

 琴船が溜息いきをつく。

「――えぇ。死因と外傷が全く結びつかず、警察も思う様に捜査が進めらないことから、協会へ報告がもたらされた次第よ」

 戸惑う星宮と岸堂を他所に、動揺しない神薙に対して、琴船が顔を向ける。

「神薙君。ここまでで、あなたの所感を聞かせて欲しいわ」

 正月の清浄な光が窓から差し込む中、全員の顔が神薙へ目線を向ける。

「……まだ体質や持病、他の外的要因の可能性を排除し切れていません。――が、外傷と死因の因果関係を科学的に究明できないのなら可能性の一つとして、咎人とがびとによる犯行が考えられます」

 その言を聞き、岸堂と所長の表情が曇る。

「うっそやろ。咎人はマズイて」

「咎人かぁ。当然だけど協会には所属していない人物なんだろうねぇ」

 狼狽ろうばいする男性二人を余所よそに、星宮は小首を傾げる。

「薙君。咎人って何?」

「協会内で使われる、の隠語だ」

「! ……れ、霊装能力を悪事わるいことに使っているって人達ってこと?」

「そうだ。人間社会における霊装能力の悪用は、様々な観点から見て非常に危険かつ非道徳的な行為だ」

 ですよね、っと琴船へ視線を送る。

「えぇ。霊装能力秘匿違反、また庇護対象である非能力者への加害行為、そして人間社会への惑乱活動など、とかく霊装協会はこれらへの厳罰化に重きを置くの。――ある意味、幻核生物を相手にするよりもね」

 霊装協会の規則や制約は正協会員のみに適用されるのが常だが、今回の様に霊装能力者が一般社会に危害を企てた場合、超法規的措置として、非協会員にも対応を迫られる。
 皆の溜息が机の上に渦巻く中、神薙は中空の一点を見据えながら口を開く。

「もし咎人が絡んでいるなら、早々に真偽を明らかにしなければならない。万が一【狩り】の対象にでも指定されたら大事おおごとになる」

 狩り、という単語には、星宮だけでなく岸堂も首を傾げる。

「薙君。狩りって?」

「オレも知らんわ」

 んもぅ、っという眉間に皺を寄せる琴船に続き、神薙が溜息を吐く。

「準会員の星はともかく。なぜ岸堂せいかいいんが知らない」

 明らかに侮蔑の表情を浮かべる神薙に代わって、琴船が説明する。

狩りハントは霊装協会本部もしくは統括支部の認可および指示により効力を発揮する特別指令よ。指定地域内の協会員(準会員含む)は使して、狩りの対象を無力化および捕縛を強行する義務が発生するの。――その際には、生死不問デッドオアアライブが原則よ」

「物騒やなぁ」

 だが琴船は首を振る。

「相手が霊装能力者である以上、こちらも協会員の安全に配慮した上での対処よ。さらに、上記に関してしてしまった場合、霊装協会は手段を問わず、任務遂行者が一般社会からの社会的法的処罰等を受けないよう、全力で守る責務を帯びるの」

 星宮も身をすくめて微かに震える。そんな彼女を横目で見つつ、神薙が口を挟む。

「因みに日本において、狩りの指定がなされることは極めて稀だ。日本霊装協会統括部、つまり今の関東本部の発足以来、一度あるかないかだ」

「そ、そうなの?」

 星宮は恐る恐る顔を上げる。

「あぁ。日本およびアジア圏内では、脅威的なまでに成熟した幻核生物や咎人、あるいはなどの特異案件の件数が、他の地域に比べ格段に少ない」

「(悪魔憑きってなんや? ……でも聞いたらまた何か言われそうやし、黙っとこ)ふ~ん」

 神薙へ手渡す資料を抜き出しつつ、琴船が言葉を足す。

「ちなみに、欧州や中東、北米ではこれらの件数が多く難易度も高いわ。――まぁ逆に言うと、諸外国に比べて、アジア圏の霊装協会支部は、後進国の状態を黙認されているってわけ」

 だんだん話についていけなくなりつつある星宮、組んだ腕に胸を乗せて頷く。

「そうなんですね~」

 神薙も話を終えるタイミングが分からず、惰性的に続ける。

「今の琴船さんの例えでいう先進国と俺らでは、対応能力も雲泥うんでいの差だ」

 岸堂も煎餅をかじりつつ、口を挟んでくる。

「どんくらいの差なん?」

「例えば――そうだな。先進国では狩りを受け持つ専任部隊がいるほどだ」

 新しく触れるその話に、岸堂や星宮は吃驚おどろきの連続であった。というのも、霊装協会の国際情勢については、およそ幹部以外は知り得ないのが常であることも手伝ってはいた。

「まじかいな。そんな危なっかしい仕事ばっかやる連中がおんのか?」

 星宮もその開いた口を手で隠す。

「警察でいう、特殊部隊みたいな人達だねぇ」

「星にしては的確な例えだ。――処置刑罰実行部隊しょちけいばつじっこうぶたいは、通称と呼ばれる精鋭達だ。本部および一部の統括支部にのみ存在し、最高戦力として位置づけられている」

 その物々しい異名を聞き、星宮は整った眉をひそめる。

「な、名前が怖すぎなんですけど(汗)」

「なんちゅう略名や」

「うふふっ。でも処刑隊に入れるのはエリート協会員だけよ?」

 処刑隊の話題に盛り上がる全員を余所に、神薙は早々に資料へ目を通していく。そんな彼の横顔を見つつ、星宮がその細い眉を曲げる。

「薙君なら入れるんじゃない? その処刑隊に」

「せやせや。優秀有能な我らが霊装協会第七支部のエースやしな」

 だが目線も合わせず、鬱陶うっとうし気に返す。

「バカ言え。俺みたいな半端者が通用する世界じゃない」

「ど~かしらね~」

 ふふん、っと笑いながら、琴船は神薙、星宮、岸堂の一人一人へ目線を注ぐ。窓から入り込む冬の日差しは、柔らかで明るいが、やはりまだ弱い。
 ……大方、話も出揃ったと、資料の斜め読みを終えた神薙が手帳をしまう。

「資料、お借りします。――では行きます」

 立ち上がる。隣の星宮はぎゅっと握り拳を作り、岸堂も首を軽く鳴らしつつ、共に立ち上がる。
 琴船は三人を見上げる。

「本案件の行動指針および現場判断に関しては神薙君に一任するわ。星宮さんと岸堂君は彼のバックアップをお願い」

 そう言うと、琴船は本革の手袋を岸堂へ差し出す。

「(被害者の遺品やな)ほな、預かります」

「ごめんなさい。もう少し愛用品を渡せたら良かったんだけど」

「いやいや、充分ですわ」

 所長がお茶を片付けながら、琴船に問いかける。

「琴船さん、警察はどういう動きを?」

「まだ咎人の犯行と断定出来ていないため、通常捜査を続けていますわ。特に末端署員は神薙君達のことを知らないから、何かあったらまず私に連絡をお願いします」

 了解。っと部屋を後にする三人を見送った後、望月が少し心配そうな表情を作る。

「彼らだけで大丈夫でしょうか?」

「神薙君は過去に咎人を捕らえた事もございます。あとご存知の通り、第七支部で戦闘系の霊装能力を所持しているのは、彼を含めて二人しかおりません」

 実際に今回の探索は、咎人の特定と発見という部分の比重ウェイトが大きいのは、望月も重々に承知はしていた。
 ――しかし荒事になった場合、矢面に立つのは神薙であろう。能力上はもちろん、またその性格上。

「いつも彼におんぶにだっこで恐縮ですが、仕方ありませんね」

 琴舟が思い出したみたく、望月へ向き直る。

「所長さん。今回の件、協会経由でここの事務所に依頼したというていでお願いします」

「それは別に構いませんが、岸堂君はどうしましょう? 彼はウチの所員ではありませんから」

「彼については外部支援要員ということで記載しておきます」

 やがて忙し気に机に向かい、書類と格闘し始める二人であった。
 窓から注ぐ陽の光が僅かに陰る。薄い絹雲きぬぐもが太陽に掛かったためであった。
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