霊装探偵 神薙

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第三章 協会

十六話 坊主と遺言

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 冬に近しい秋風がすさぶ中、重い面倒事を背負わされた神薙は、やや前屈みで協会建物を後にした。
 最寄りのコンビニにて、おにぎり二つと水を買って店を出ようとするが。

『――薙君。野菜も食べないと! ――』

 馬鹿げた回想げんちょうが頭をもたげてしまう。それを振り払うための儀式代わりに、小さな漬物パックも追加購入し、竹黙ヶ原方面へのバスに乗り込んだ。
 一番後ろの席に座り、車内と外気の寒暖差を感じつつ、職業柄、外へと視線を配る。
 低く点在するビルが見えなくなったかと思うと、さびれた商店街を二つばかし乗り越えた後、似た様な田園景色が連続する。
 乗客が少なかったため、換気のためにと窓を少し開けつつ、昼食を済ませる。十三時を回った頃、目的地の停留所にて一人降り立つ。
 ブロロロロ。
 普段は遠目に映っていた濃緑色の山々が身近に迫る。稲刈りが終わった田んぼが周囲を埋める中、山々は当に葉を落とし、冬の身支度を整えていた。

「――さて、そろそろ岸堂から連絡があっていい頃だが」

 先に情報収集に動いた岸堂をおもんばかっての一言であったが、早くも今後の対応について思考を巡らせていた。
 電脳世界インターネット経由での電子情報が氾濫する中、調べる手立てが無いことも無いが、なるべくなら効率的かつ確実に進めたい。
 そういう観点からも、同業者の情報は確実であった。手帳を開けつつ逡巡しゅんじゅんする神薙へ、遥か背後より、のほほんとした声が投げかけられる。

「おっ! やっと来よったか、神薙」

「――はっ?」

 苛立ちを含んだ素の声が、思わず口から飛び出る。
 隠れる場所など無さそうな場所であったが、広い敷地を持つ民家の塀の影にいた、岸堂が歩み出て来たのであった。

「えらい時間がかかったな――」

 だがズイッ、と逆に大股で岸堂へ睨み寄る。

「お前の任務は、俺に探索地域の詳細を携帯で教えるだけのはずだ。――なぜここにいる必要がある?」

 詰問する様な、見方によっては侮蔑ぶべつとすら言える視線を示す神薙へ、やや気後れする岸堂だが、いつもの持ち前の明るさで応じる。

「やっ、いや――そうかもやねんけど、より精度の高い情報を提供するには、こうするのが一番と思ってんて」

 髪の無い頭を掻く振りをして、引きる笑顔を作る。

「まさかとは思うが――付いていく――とは言わないだろうな?」

 路傍のスゲが、呆れるように風に揺れた。

「えぇ~、あぁ――け、けどなぁ。に、任務をよりきちんとこなすためやねんで? ほ、報酬は別に上乗せいらんし。……あ、あかんか?」

 軽トラが舗装ほそうされていない県道を走り去る中、左手で眉間を抑える神薙は。

「(星にしろコイツにしろ、なぜ俺の仕事の邪魔をする)……当然、んだろうな?」

 小さな怒気をはらんだ、だがやや諦めた様な一言であった。

「あ、当たり前やろ! それ持ってへんかったらホンマ、何しに来てんって話やろっ」

 かすれた一言が、留飲を下げるのに辛うじて成功する。だが神薙は岸堂へ目も合わせず、手帳片手に山際へ――竹黙ヶ原に向き直る。

「ついて来る以上、報酬は分ける。ただし、自分の身くらい自分で守れよ」

「お、おう。――って、いきなり置いてなや!」

 慌てふためきながら走り追う。
 時刻は十三時十五分。年越しも迫りつつある降誕祭の日に、奇異きいな噂が陰る、竹黙ヶ原の山林を、二人の男が奥へと姿を消す。

 * * *
 
「ハァ、ハァ。お、おい神薙、ちょっとは休憩を挟んでくれや」

 林内へ入ってから四十分以上が経過していた。
 高木層を構成するのは痩せ細ったひのきばかりであり、林内は鬱葱うっそうとしていた。低木層の落葉樹はおおよそ葉を落としているため、見通しが幾らか確保できているものの、群生する篠竹スズタケの背が高く、視界のあちこちをさえぎられる。
 進む際、笹を払う手に注意を割くと、踏みしめが足らず足元の真砂土まさどが崩れる。だが足下へ意を向けると、笹が竹槍のごとく眼前に迫り、進行する二人の意思をくじこうとする。

「ちょ。か、神薙ぃ!」

「何か言ったか? 聞こえなかったが」

「(絶対聞こえとったやろ!)な、なんでお前、そんなにはよう歩けるねん!」

 息も絶え絶えな岸堂に対して、斜面上部にいる神薙は、息を欠片も乱さずに直立していた。

「俺が速いんじゃない。お前が遅いだけだ」

「あっ、あー! お前、絶対ソレ言うために急いで歩いとったやろ!」

「そんなわけあるか……」

 岸堂は水を飲んでは絶叫し、水を飲んでは絶叫した。十二月だというのに、汗がじわりと湧き出るほどに、二人は足早に急いだ。
 耳に触れる音は、二人の歩行音と息遣いを除いてほとんど無かった。時折吹く弱い風に揺らされる、せ細ったひのきを除けば、遠方の椋鳥むくどりの微かな鳴き声くらいのものであった。

「ハァ、ハァ――しっかし、日本の山って、登山道以外なんでこんな歩きにくいねん」

「戦後の拡大造林により、この国の山の半分以上は人工林だ。だが伐採適齢期に達しているにも関わらず、間伐や除伐は当然のこと、伐採がほとんど行われていない。林床の光環境の劣悪化により、下層植生が育っていないためであろう」

 ――なんでそんなこと知ってんの? ――と言わんばかりの岸堂は、立ち止まって息をするためもあって、改めて周囲を見る。
 所狭しと林立する檜と、笹以外に目立った植生が見られない林床。剥き出しの地面は崩れ易く、地表に伸び出る檜の根が時折、足に引っかかった。
 山全体で土が露出していたが、谷部にのみオシダが群生しており、緑は見て取れた。だがオシダの、その花のごとく両の手を開いた様な形状は、暗い林内にて無暗むやみやたらと大きく見えて、不気味な印象を岸堂に与えた。

「日本人は、遠くの山を見れば木があると安心するが、その七割前後がこんな荒れ山だ。昨今の土砂災害も、この辺りの水土保全機能の不全が関係しているという説が多勢だ」

 息でもって頷く岸堂を無視して、感情なく神薙は歩き進む。

「そろそろか? どうだ――岸堂」

 尾根部にて立ち止まり、ようやく彼を待つ姿勢を神薙が示す。

「ゼェ、ゼェ――お、おぉ。ここいらでやるか。任せとけ!」

 活力を取り戻して応じると、荷物から地味な緑色の帽子を取り出す。神薙は表情をそのままに問い掛ける。

「それが霊媒か?」

「そそ、五十四歳の林業試験場の技官さんこと、町盛さんの遺品や。たまたまウチの檀家だんかさんやったから、何とか借り受けられたわ」

 得意がる様相も無く、岸堂はしっかりと帽子を握り持つ。

「周囲の警戒は任せろ。霊装中は指一本触れさせん」

「お前にそう言われると、心底安心するわ」

 笑いながら足を肩幅くらいへと広げる。やがて目をつむり、呼吸を整えて口を開く。

「ほな……霊装【最期の伝言ラストワード】!」

 霊子が岸堂の周囲へと集まる。神薙は警守を保ちつつ、岸堂の霊装内容を思い出す。

「(【最期の伝言ラストワード】は遺品(霊媒)を介して、亡くなった人物の魂――いや、思念の残差ざんさを読み取る能力)久々に見たな」

 岸堂の能力を、今回の事件解決に選定した霊装協会ことふねさんの判断は、およそ正しいと言えた。

「(星宮ほしも広い括りでは霊媒が必要だが、岸堂は遺品が必要な分、発動条件がやや厳しい)その反面、三ヵ月以上の前の出来事でも遡行そこうして行える上、本人への負荷も少ない」

 木々が二回ほど揺れた頃であった。うっすらと目を開ける岸堂は、誰もいない空間に向かって、頭を下げ出す。

「この度はご愁傷様でございます。お悔やみの言葉もございません」

 岸堂には何かが視えているのだろうか? 姿勢を正し、言葉を選びながら話す姿に、思わず神薙が疑問の声をかける。

「ん? お前の霊装のうりょくは、別に霊魂そのものが見えるわけではないんだろ?」

「ん、せやで。俺がえているのはあくまで遺品に留まった残留思念であって、魂やない――けどやな」

 複雑な、あるいは少し辛い表情のまま背筋を伸ばす。

「突発的な事故で気の毒やなぁ、って思ってまうねん。あかんことかな?」

 両の手は、軽く擦り合わさられたままであった。

「――幻覚生物に善悪の定義は存在しない。現代日本では、神隠しに近いと言った説明の方がまだ近い」

 否定的に会話を振る神薙であったが、あまり感情はこもっていなかった。

「そう、やな。ははっ。何、勝手に感傷に浸っとんねんな。――笑うとこやで」

 くしゃ、っと恥ずかしそうに向き直る岸堂に対して。

「別に笑わないさ」

「――へ? なんか言った?」

 なんでもない、っと神薙は水を一口含む。

「それよりどうだ。何かわかりそうか?」

「おっ、それについてやが」

 相変わらず何もない空間に焦点を合わせる岸堂は、神薙と同様に、眉間に皺を刻みながら、説明する。

「知ってるかもやけど、俺の霊装で得られる情報の精度や量は、三つの条件に依存するねん。一つ目、霊媒体の遺品に愛着があったかどうか。二つ目、亡くなられた人物の悔恨かいこんや無念の解決へ向けて行動しているか。三つ目、亡くなってから日数経過が浅いかそうでないか」

 岸堂が持つ帽子は、被害者が仕事中につけていた物で、一つ目の条件については並と言ったところであった。二つ目については、この竹黙ヶ原にて原因があるかにる。三つ目については、一週間前の出来事なので、比較的要件を満たしていた。

「特に一つ目が大事やねんけど――おっ、来た。神薙、手帳開いてくれや」

「わかった」

 岸堂にしか聞こえない波長? 音? ――霊子を通じての交信、あるいは交霊なる作業に入っていく。全神経を集中させていると言わんばかりに、岸堂は難しい顔を作る。

「――オガワ、ササ、ハリ、コントウ?」

 言葉の通りに、神薙は手早く書き留める。

「最後にサル? と、とりあえずは以上や」

 ふぅ~、っと軽く息を突く岸堂は、霊装を解除して腰に手を当てる。

「どや、霊装探偵?」

 手帳を見返し、また周囲の景色に目をやる神薙は、顎に手を当てる。

「小川の近く、周囲は笹で見通しが悪い場所にて、針による刺突など損傷を受ける」

「あ~、なるほど。 ――コントウってなんや?」

「針に刺された際、昏倒こんとうしたということだろう。琴船さんの資料から患部は紫色に変色したとあった。おそらく遅効性の毒で、心臓発作以外に記憶の混濁こんだくなどを引き起こす作用が考えられる。それなら被害者が今の話を、家族らに説明出来なかったこともうなずける」

 まるで答えを得たと言わんばかりに、岸堂は顔を上下に振り、聞き続ける。

「おそらく、サルとはそのまま猿のことだろう。もちろん実在のそれでは無く――」

「幻核生物、やな」

 腕を組む岸堂に向かって、神薙が肝要な部分を説明し始める。

「これだけ情報があれば十分だ。岸堂、相手が幻核生物の可能性が極めて高い。来た道を戻って、早々に林外へ抜けろ。タクシーでも何でも呼んで、町へと戻れ」

 その通りであろう、任務は十分に果たした。

「せやなぁ。俺がおることで、お前の負担が増えたら意味あらへんしなぁ」

 この辺りは星よりも聞き分けがあるな、っと神薙が思ったその時であった。
 ガサガサガサ。

「「!」」

 ……約五メートルほど先の、クマザサの群生地から突如、音が響いたのであった。
 腰を落として身構える神薙に対し、ビクッ、っと身体を硬直させて動けない岸堂だったが。

「?」

 笹の隙間から小型のニホンジカが顔を覗かす。

「な、なんやねん。脅かしよって!」

 鹿は見慣れない人間である二人へ背を向けた後、森の奥へと飛び跳ねていった。

「ほ、ほな。悪いけど帰るわ。す、すまんな」

「――待て」

「へっ?」

 間抜けな声をあげる岸堂へ、神薙は視線も合わせないままに問いかける。

「ここから林外までお前の足で二十分以上はかかる。起伏による高低差に加えて崩れやすい足場、疲労も考慮すると、さらに時間が加算されるのは必定だろう」

「お、おう。そ、それがなんなんや?」

くだんの幻核生物が一ヵ所で動かない行動習性であればいいが、万が一、動き回っており、さらに鉢合わせして襲われでもしたら、お前の霊子装甲だけで切り抜けられるのか?」

「あっ」

 口をぽかんと開ける。岸堂のせっかく閉じかけた汗腺が、再び忙し気に動き始める。

「――まぁ男なら何とかするというものか。じゃあな」

 背を向けて、さらに深部へと歩き進む神薙の足が、ガシッ、と掴まれる。

「神薙っ、後生や。俺も連れて行くか、森の外まで送るか、どっちか頼む!」

「前者は足手まといになるため却下。後者は時間の浪費になるためやはり却下だ!」

「たのむぅ~! 神薙~! 童貞のまま死にとう無いんやぁぁぁ~!」

「ええぃ! 引っ付くな鬱陶うっとうしい!」

 人気ひとけのない林地にて、激憤げきふんする男性の声と悲哀ひあいに暮れる男性の声が交錯し、空しく響いた。
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