霊装探偵 神薙

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第二章 シロガミ

十一話 羽化

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 ガチャ、ギィー。
 扉の開閉に反応してか、地下室こちらも自動で照明が点くも、やや仄暗ほのぐらい。
 十五畳分ほどの広さで、壁は煉瓦を模したブリックタイルにて構成されていた。程よい濃薄を伴った赤褐色の壁に、ずらりと並ぶは、やはり赤と黒のみの色彩で構成された異様な絵画群であった。
 それら以外で変わったことと言えば、向かって右側に引き出し付きの木製の机が一つ置いてあり、その壁際には、絵画は飾られていなかった。
「お、お化け屋敷でも、お、同じネタなら、び、びっくりしないもんねっ」
「だったら俺の前を歩け。あと袖を引っ張るな、動きにくい」
 前に出るわけでも無く、神薙の黒の上着を引っ張る力を緩めるわけでも無く、口を閉じるだけの星宮であった。
「外場がいつ来るかわからない。早々に調べるぞ」
 そう言うと、何も置かれていない机へと向かう。
 綺麗に磨かれたニス加工の机には、長い引き出しが一つ、短いのが縦三段に連なる、ごく一般的な机であった。
 ガラッ。神薙は無遠慮に引き出し内を探る。
「な、何かありそう?」
 二人以外に誰もいないはずが、まるで誰かに見られているような錯覚のためか、身体を縮こまらせる星宮が、背後から尋ねる。上から二段目の引き出しの中に、市販されているB5版の帳面ノートを見つける。
 表紙には【diary vol3】と記載されていた。
「日記、か」
 神薙は抑揚の無い声でそう告げると、携帯を取り出しつつ、星宮へ指示を飛ばす。
「持ち去るとバレた時の対応が面倒だ。内容を静画もしくは動画で撮影する。その間、この机に確認再現リワインドを行ってくれないか?」
「睡眠障害の音の原因を調べるってことだよね。――でも、それなら外場さんの絵画を直接調べた方が良くない?」
 思ったより冷静で的を射ている発言を、星宮は身震いしつつ言い放つ。
「……」
 部屋に溢れる絵画へ一瞥を投げ掛ける神薙は、瞬きもせずに考える。星宮の一言はおよそ正しく、反論の必要性は無いように感じられた。
 だが、――何というか、有り体に言う所の、やはり経験や感性センスに凝縮された直感めいたものが告げる。
 ――絵画群あれらは危険だ。まるで、であるかのごとく――、
 産まれた背景も原因も必要性もわからないが、神薙達こと、霊装能力者ですら慎重に事に当たるべき存在だ。……少なくとも今はまだ。
「――いや、客観的視点を得るなら、怪しい絵画群と僅かでも距離を取っている、この机がいいと思う」
 神薙にしてはやや自信が無さそうな回答であったが、彼を盲信する星宮は簡単に頷く。
 ――もっとも、このたしかな判断が、星宮をどれほど保護したかは、後にも先にも判別がつかなかった。
「薙君がそう言うなら、そうするよ。時間は昨晩の二時くらいでいい?」
 両の手を、あまり埃が付着していない綺麗な机に付けて、静かに目を閉じる。
「霊装、確認再現リワインド!」
 星宮の周囲の霊子が揺れ動く。
 その間、神薙は急ぎ日記を開き、内容を複写していく。思ったより枚数が少なく、この枚数なら時間をかけずに行えそうであった。
 ある種の、耐え難い沈黙が満ちる中、神薙が最後のページを複製しようとしたその時――、
「ぃっ! いやあぁぁっ!」
「星!」
 突如、跳ねるように机から距離を取る星宮は、強く地面に臀部しりを打ち付けたにも関わらず、痛みに気づけなかった。
 今までに類を見ない叫び声に、神薙は作業を放棄して駆け寄る。
「――だ、だめ。な、なぎ、薙く」
「落ち着け! 何があっても俺が守」
 屈みながら星宮の肩に手をやるも、
「ちがっ、は、早くここから、で、出て!」
「! ――肩に手をっ」
 シャキン。その時、部屋の右奥の方から音が聞こえた気がした。
 音と言っても害虫が這う音でも、壁に掛かっている絵画が偶然落ちた音でも、家鳴りの類でも無かった。
 何か、鋭い大型のはさみが、勢い良く何かを切断した際に響かせるような、金気かねけのある音であった。
「ひぅ!」
「……」
 逃走するよりも周囲への警戒を優先した神薙は、怪画群へ鋭い眼光を飛ばしつつ、自身を壁として扱うように、星宮の前にて覆い立つ。
 ガシャンガシャン。
 ――と、今度は左奥から、重い鉄製の何かか、自由落下に任せて落ち、互いにぶつかりってひしゃげ合うような怪音が聞こえる。
 グチュ、ベしャん、グラっグらッ、ぎィぃ。
 先程の二つ音を皮切りに、まるで来客者達ふたりへ敵意を表現してか、部屋の四方から不気味な不協和音が鳴り響く。
 ソレらは神薙らの外耳道を通り、鼓膜を震わせ、中脳の下丘かきゅうへ這うように伝わる。
 同時に脳を冒す、あるいは犯されているかのごとく肌が泡立ち、精神に内包される大事な何かを、チリチリ、っと焼き削るがごとき、異質な気色悪さを放っていた。
「なぎ。薙、くん」
 ぺたん、っと臀部でんぶを冷たい石床に付けたまま、へたり込み、瞳を震わせた星宮は、ただただ神薙の名を連呼した。
「……そこでじっとしていろ」
 臨戦態勢の神薙は微動だにせず、視線を周囲へ突き刺す。
「(星宮が霊装で再現確認した景色がこれだったのか)ふむ」
 音はいよいよ狂ったように共鳴する。それらはまるで、悪人が善人を罵るような、悪魔が天使を侮蔑するような、死者が生者を呪うような絶叫を彷彿とさせて、もはや絵画から発せられていることは、誰に目、いや耳にも明白であった。
 星宮が耳を手で塞ぎ、まぶたをぎゅっ、と閉じて下を向こうとした瞬間、不図に音がヤむ。
「や、止ん、だ――?」
「油断するな!」
 次の瞬間、正面奥と左右の壁に飾られている、一枚ずつ、合計三枚の絵画の表面の一部が小さく膨れあがる。
 メリメリ、っと次第次第に大きくなり、ついに人の腕ほどまでに隆起した後、微かな振動と共に、亀裂が走る。
 そしてまるで雨上がりの中、昆虫がさなぎより変態するかのごとく、グチャクチャ、っという水音と汁を吐き出す。最初に成形すがたを現せた羽? は、黒緑の粘液を伴いつつ、ぬちゃ、っと糸を引いて伸び出てくる。
「なに、何ナノ、コレ?」
 数秒後、頭部にあたる部分がほぼ同時に、いやらしい粘着音を響かせ、各絵画を引き裂いて、顔を覗かせる。
「……」
 神薙が黙して睨む中、それらは飛び出すと同時に奇妙に羽を動かし、ふらつきながらも地に落ちることなく飛翔する。
 ビチャビチャ、と体に付着した粘液を振り飛ばしつつ、空中浮遊ホバリングする。
 三匹の蟲型の頭部は蜻蛉とんぼのような複眼を六つ持ち、また口部分についてはヤゴのように下唇が折り畳み式で、鋏状の牙が対で二つずつ備わっていた。
 三十センチメートルほどの長さの胴の部分は百足のごとく揺れ動き、その節々にはよく発達した長い四対のはねがあり、尾は鋭く尖りつつ、その先端からは黒い毒々しい液体を雫として垂れ流していた。
「霊装、見えざる霊銃ミラージュ・ガン!」
 周囲に漂う霊子が神薙を中心に集まり、同時に虹彩が蒼く輝く。
 右手に現れし、黒き近代式の自動小銃は、神薙らに仇なす異形へ、剥き出しの戦意をにじませるようであった。
 蟲達は獲物へよだれを垂らすかのように、口をちぐはぐに動かし、飛行に慣れてきたのか8の字を描きながら飛ぶ。
 チャキ。
 神薙の銃口が蟲達に向けられた――その時、
 ブゥゥゥゥンンン!
 けたたましい羽音を鳴り狂わし、不規則な軌道で室内を飛び回る。まるで、物理法則を無視したような奇異な飛び方であった。
「……」
 片手で構える立射姿勢ウィーバースタンスのまま動かない。一方、目を忙しげに動かす星宮は、
「(い、幾ら薙君の霊銃でも、あ、あんなに速く、しかもでたらめな飛び方されたら)な、薙く」
 まるで小馬鹿にするように飛び散らかす三匹の内、二体が、神薙の首元目掛け強襲する。
 ――パン! パン! パン! ――パァン!
 黒銃の咆吼が四回、室内にて反響した時点で、接近していた二体の蟲が貫き砕け消える! 四発目の銃撃で、物見していた最後の一匹もバラバラ、っと部位ごとに床へ散り落ちる。
「――えええぇぇ! な、薙君す、ごい! すごっ、すご過ぎないぃっ?」
 未だキーンと響く音で片目をつむりつつも、素っ頓狂な声をあげる星宮は、驚きだの興奮だので、片腕をぶんぶんと振り回し、つられて胸も揺れる。
「ん? ――あぁ。そういえば、お前は俺の霊装の特性をあまり知らなかったな」
「れ、霊装の特性?」
 静寂を取り戻した室内において、現界している黒の霊銃は、もう終わりか? と言わんばかりに、スライド部分を鈍く色めかせてた後、やがて薄れていった。
「俺の見えざる霊銃ミラージュ・ガンは通常の銃火器とは幾つか異なる特性があってな。まず、発射と同時に着弾するという特異性を帯びている」
「ほぇ?」
 神薙に手を借りて起こしてもらいつつ、間抜けな声が漏れる。だがこれでも一応は理解に努めている様子であった。
「普通の銃は発射から着弾まで僅かながらタイムラグが発生するため、移動する標的に当てる場合、移動先の予測や対象との距離を計算し、着弾を誘導する必要がある」
「う、うん。ま、まだわかるよ?」
「厳密には弾速や弾道はもちろん、距離が開けば開くほど、風向きや風力も計算に入れないといけない」
「そ、そう聞くと、本当に難しいね」
 星宮を起こした後、まだ破片が僅かに蠢く三体目へ歩みながら、
見えざる霊銃ミラージュ・ガンは先の特性上、引き金を引く瞬間に照準さえ合っていれば命中する。故に弾速や弾道という概念がほぼ存在しない。俺の射撃の腕が上手く見えたのはそのためだ。実際に三発目は外していたしな」
「け、けど、動く的に照準を合わせられるだけですごいと思うけど(汗)」
「一応は対象が接敵してくる、つまり的がでかくなるのを待ったりと小技も使ったがな――それに、この特性の原理は俺自身もわかっていない。当然、射程も弾数も限られている。他の特性については、まぁ、追々説明していく」
 ひたすら感心する星宮を他所に、神薙は微動している蟲の破片へ目を落とす。
「(星の賞賛ほめぜりふを額面通りに受けたわけではないが、ちょっとした自信にはなったかもな)この生物は――」
「ま、まだ動いてるよぅ」
 神薙の後ろに隠れて、恐怖半分、興味半分と言った感じで、肩越しに覗き見る。
「昆虫の神経節に酷似しているな。他の二体と違い、頭部の一部と翅に着弾したために、まだ姿かたちを残せているようだ」
 眉を八の字に曲げる星宮と異なり、冷静に消えゆく残骸をあらためる。
「部位だけ見たら、蜻蛉トンボやヤゴ、百足むかで、蜂のように見えなくも無いが、全体で見るとやはり異質同体キメラだな。そして、活動が停止すると消失している事実と、これら怪画群から出現したという異常的な出現方法――」
「うぅ、ってことは」
 星宮が最も嫌った、そして最も予想した返答が返ってくる。
「あぁ、幻核生物だろう。見ろ」
 神薙の視線は、蟲達が出現した絵画を指していた。
「う、うん。――あれ?」
 蟲が出現した膨らみが無く、元のままであった。
 最後の蟲の消失を確認した神薙はようやく霊子装甲を解き、日記の画像情報が無事かを確認する。未だに小さく肩を震わせる星宮は、キョロキョロと絵画群へ目をやりつつ、
「で、でもこれで解決……なの?」
「――どこの何の部分が解決したんだ?」
 携帯をしまいながら、呆れ声で応じる。
「今の蟲が音の原因の根幹とは断定できない。それに、外場が何者かますますわからなくなってきた」
「そ、外場さんが幻核生物を操ってる――とか?」
 口元を抑える星宮は、それこそ大きな瞳を大きく震わせる。
「……それは少し性急だな。協会でさえ手を焼ている連中を、操れるなど」
 霊銃を持っていた方の手を顎に当て、神薙も事態の究明に励む。
「過去に幻核生物に寄生されていた一般人と渡たり合ったことはある。一度だけだが」
「(こ、怖すぎる)ど、どうなったの?」
「討伐後、命に別状は無かった。……最も、羽交い締めにして、右手の血管から無理やり幻核生物を引きずり出したため、右腕の腱の損傷による後遺症が――」
「わぁ! わぁ! 安易に聞いてごめんなさいっ!」
 目を瞑り、顔の近くで手を振る星宮へ、
「しかし、外場はそんな感じでは無さそうだ」
「じゃ、じゃあ、どうして。――! ひょ、ひょっとしてボク達をひどい目に遭わせるためにここへ?」
 身震いする星宮は、悲し気に俯くも、
「――それも、どうだろうな」
「えっ?」
「アトリエでの会話の弾み具合から、少なくとも表面上はそれほど心象が悪いように感じなかった。それに絵画の買い取りの件もまだこれからという所で、俺達をいきなり危険な目に遭わせるだろうか?」
 神薙の否定に元気を取り戻した星宮は、
「そ、そうだね。奥さんを心配している素振りも、とても演技には見えなかったもんね」
 そう言いつつ星宮は、幻核生物の残骸があった場所を見つめる。
「なら、この幻核生物と外場さんは関係ないの?」
「そんなわけがあるか。外場が手がけた作品から出てきたんだぞ? あるに決まっているが、問題はどうやって、だ」
「う、うん。睡眠障害の音の原因がここに飾られている絵なら、作り手の外場さんが――」
 そう言いつつも、星宮はまだ外場の何かを信じている様子であった。そんな星宮へ半場呆れ、半場同情する神薙は、
「一つはこの日記だが、外場がこれらの幻核生物を自覚して発生させたのか、あるいは無自覚かで、今後の方針がかなり変わってくる」
 出口の扉へ歩み寄る神薙に、星宮は慌てて付いていく。
「ど、どうやって判断するの?」
「……そうだな。とりあえず戻った後、素知らぬ態度で顔を合わせよう。それである程度はわかる」
 肝もここまで座れば、っという神薙に対し、豆腐程度の強度の肝である星宮は、
「そ、そんなのでわかるの?」
「考えてみろ。仮に危険な生物を、しかも不意打ちでけしかけられた連中が、無傷で戻ってきたらどんな反応をする?」
「あ、なるほど。驚きの具合で、少なくともわざとかどうかはわかりそうだね!」
 ガチャ。
 地下室を出る。同時に、両側の自動照明の洋燈が、やはり橙色に光る。階段を上る二人分の足音だけが静かに響く。
「と、ところで薙君。さっきの幻核生物むしって、危険度で言うどれくらいなの?」
「俺は測定器じゃ無いからわからん――が、経験則で答えるならCからCマイナスだ。この前の築羽団地の奴らと同等くらいじゃないか?」
「(あ、あんな怖くて気持ち悪いのでも、一番下くらいなんだ)お、教えてくれてありがとう」
 階段を昇りきった二人は、廊下に人の気配があるか否か、神経を尖らせる。人知れず階下はいごの地下室前の自動照明は色を失い、再び暗い底溜まりと化した。
「外場さん。来ない、ね?」
「――二階への階段はあっちだったな」
 T字路になっているような場所にて、神薙があごで指し示し、星宮が頷く。
「うん、確か、――え? 薙君、どこ行くの?」
 すると神薙は、そちらとは違い、さりとて戻る道とも異なる方向へ足を向ける。
「外場が来たら、会話で足止めしてくれ。三十秒以内に戻る」
 矢継ぎ早に繰り出される星宮の質問攻めにはとんと反応せず、すたすたと綺麗な廊下を曲がっていく。
「う~、独りにしないでってばぁ」
 ハァ、っと溜息を突く星宮ではあった。改めて見るに、壁の塗装はむら一つなく、窓からの光や消灯の明度、天井や床の色合いも含めて、およそ上品な造りであった。
「で、でも。ボクだって望月探偵事務所の一員(事務でバイトだけど)なんだから、頑張らなくっちゃ!」
 築羽団地の時のごとく、一人で勝手に落ち込み、一人で元気づく。すると、神薙が向かった廊下から足音が聞こえる。
「あっ、薙君の方が先に戻ってきた。おかえり~」
「――あぁ、まだ戻ってないのか?」
「う、うん。ところで、何して来たの?」
 まさか建築物の視察だけではあるまい、っと首をかしげる星宮へ、
「後でわかることになるだろう。……そうでないなら手間が省けるが」
 眉間にますます皺を刻む神薙は、嫌そうな表情を浮かべつつ答えた。
「?」
 やがて、急ぎ階段を蹴り下りる音が響いてくる。外場だ。ぼさぼさの頭髪をさらに掻き乱し、姿を現す。
「す、すみません! 薬の時間だったもので、色々と手間取ってしまい」
 苦笑しながら頭を下げるが、
「(え?)い、いえいえ――」
 星宮だけが気付いたが、目が少し腫れぼったく見えた。神薙はそんな事には意識を割かずに、
「地下室を閲覧させて頂き、ありがとうございました。アトリエにあったものも良かったですが、静寂の中でゆったりと、先生の作品を十点以上も眺められて、とても勉強になりました」
 おざなりな回答をにこやかに答える。表情をほころばせる外場は、だがやはり純粋に嬉しそうであった。
「神薙さんにそう褒めて頂いて嬉しい限りです」
 外場は神薙を相当買っている動静で続ける。
「いかがです? 作品背景バックヤードも含めてご説明したいのですが――」
「(ま、また地下室に戻るの!)え、えぇっと?」
「……私共もそうしたい所ですが、本日は後、二件ほどご訪問の予定がございまして」
 困ったように軽く会釈し、言葉を濁す神薙の背後で、星宮はつぶさに外場を観察していた――が、
「――なるほど。お忙しいのですね。では玄関までお見送りいたします」
「(うぅん。さっきまでの外場さんと、特に変わった様子は無さそう)……わざ、わざわざすみません」
 うなだれる様相は、またの訪問を本気で待ちわびているかの面様で、玄関まで丁重に見送ってくれたほどだ。
 品の良い玄関は、窓から入る斜陽を分厚い窓ガラスにて散光し、赤橙せきとうに色めいていた。比較的新しい建築物であるが、不思議と古ぼけた、どこか懐かしい空間の演出を魅せる。
「あまり買取のお話を進められず、申し訳ございませんでした」
 無表情に神薙が小さく頭を下げる。
「いえいえ、またの機会にでも。――そうそう、が仕上がる予定です。次に来訪された時には紹介しますね」
「……わかりました。それでは」
「し、失礼します!」
 変わらず柔和な笑みを浮かべる外場は、星宮へ視線を向ける。
「先輩の背中を良く見て、頑張ってくださいね。星宮さん」
「(それに関しては反論でき無いですぅ)は、はい!」
 最後まで温和な様相で、外場は若い買い取り業者の男女を見送った。
 敷地外へ出る二人。時刻は十六時半となり、山間部では陽が陰り始める時間だった。
 山際から覗き込む夕日は、驚くほどに優しげであった。それは、広葉樹の広がる山麓を、稲刈りが終わった田を、そして人がながらく使ってきた家々を、そっとあけに染める情景から、見て取れた。
 すすきは去り行く今日へ手を振るように、風の力を借りて小さく揺れていた。
「外場さん。あの様子じゃ知らなさそうだね」
 疲れがどっと滲み出てている星宮の顔面は、夕日が運ぶ紅おかげで、辛うじて血色を保っているように見えた。
「……」
「薙君、とりあえず事務所に戻る?」
「その前に、ちょっといいか」
 星宮の返事も待たず周囲へ目を配る神薙は、この集落にて最初に出会った女性を見つける。
「先ほどはありがとうございました。少しだけ、宜しいでしょうか?」
「あら、あんた達まだいたの?」
 暇ねぇ、っと言わんばかりに息を漏らし、洗濯物の取り入れに忙しそうな女性が仕方なく頷く。
「助かります。早速ですみません、外場さんの奥さんについてですが――」
 その言葉を聞くや否や、女性の顔が強張る。
「え、えっ? な、なによ、今更」
「今更?」
 星宮が思わず漏らす。口籠りつつ戸惑う女性は、最もな疑問を口にする。
「そ、そのことと、今回の不眠の件が関係あるのっ?」
 神薙は、精神の揺らぎを確かめるかのごとく、目を細めつつ、
「まだ調査の途中のため、詳しくはお話できませんが、可能性があるので」
 えっ、っと口を開けた後、女性は腕を組み、少しうつむき、仕方なさそうに答える。
「ミノリさんでしょ? 旦那さんと違って社交的だったんだけど」
「けど?」
「亡くなったのよ。今年の五月に、病気で」
「――えっ?」
 脊髄に直接、つららが触れたのではと思うほどの寒気おかんが走った星宮は、瞳を震わせ、自身の身体が少しずつ凝固していくのを感じた。
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