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【モーガンと相棒―其の五】
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「この糞餓鬼ぃ! てめぇ何を考えてやがる! ぶっ殺されてぇのか!!」
俺を村まで案内した女が、男を見付けるなり、飛び出して行きやがった。
最悪だよ。最悪。
悪手どころじゃねぇ。投了だ。詰みだ。お手上げ、白旗だよ、ありゃあ。
戦う前に降伏を宣言したようなもんだ。
『私の負けです。どうぞ殺してください。この首をお持ちください』
そう高らかに叫んだみてぇなもんだ。
少なくとも、俺にはそう聞こえた。
どころか、俺が言ったようなもんだ。巻き添えだったがな。
俺が目にしたのは異様な光景だった。
燃える森と家屋。それでもさらに燃え広がろうとする、まるで大蛇のようにうねり渦巻く大火。
その炎の大蛇に四方を囲まれ、遠巻きに見守られる様に、さながら台風の目の内のような静けさの中に在る異形の種と、本物の大蛇に締め付けられ身動き一つ取ることが出来ねぇ男のガキ。
その異形ってぇのが、さっき話したスフィンクスだ。
悪夢だよありゃあ。
俺の体の2倍はあるだろうって獣の胴に裸の女の上半身が生えてやがる。男に巻き付いていた大蛇はスフィンクスの尻から生えていて、その大蛇自身意思を持ってるように見えた。
一番奇怪だったのが、女の顔は『辛うじて女なんだろうと思える』程度にしか跡形がなくなってたことだ。
口は大きく裂け長い舌でぞろりぞるりと男の顔に舌を這わせる姿は、女の頭にもう一匹の蛇が生えてるんだと思っちまう様相だった。
夢に見た日にゃ魘されるだけじゃ済まねぇ絵面だったぜ。
余談だが、その光景を目の当たりにするまでにも、悪夢を想起させるだけの材料はあった。
ただ村に向かうだけでは辿り着けないと俺の後を付いてきた女に道案内をさせ、熱気の中へと進んで行く俺は、次第に強く濃くなる魔力に体の武者震いを抑えられなかった。
まあ、本当のことを先にバラしちまうと、それは武者震いなんかじゃなく、ただその魔力にブルッちまっていただけだったんだがな。
その時の俺は、初めて直面する異常な魔力に当てられて、混乱していたんだと思う。強がって粋がってる奴に限って、マジな山場には弱ぇってことだな。
身体と本能はヤベェと警告を必死に鳴らしていたんだが、俺の慢心しきっていた闘争本能と肥大化した自尊心はその警告に気付かない振り見ない振りを決め込んでいたんだ。
今思うと糞みてぇな野郎だぜ。あの時の俺はよ。
あん?
『お陰で何か大切な出会いになったのでしょう?』だと? はっ、嗤わせてくれるぜ。
確かにちげぇねぇが、もっとまともな思考回路をしていれば、生き残るため、勝ち残るために策を弄して、無難な、『最良の手段』ってのがやれたハズだったんだよ。
生きるか死ぬかみてぇな二者択一をギリギリの状況で選ばなくちゃなんねぇような状況にはならなかったって話だコレは。
教訓ってやつさ。ケイティも覚えておくと良いぜ。
これは俺が教えれる『まともな教訓』の中でも、群を抜いて汎用性が高いヤツだからな。
生き残りたきゃ、冷静でいろ。
勝ち残りたきゃ、平静でいろ。
火事場で強く在るためには、焦っちゃならねぇ。慢心しちゃならねぇ。平常心をドンと持ってなくちゃならねぇんだ。
ま、この教訓を俺自身がちゃあんと活かせるようになんのは、もっと歳を食ってからなんだがな。
男ってやつは粋がりてぇモンなのさ。
別に俺が馬鹿だからじゃねぇぞ。
馬鹿やってたのは認めるけどな。
女が飛び出した時、状況はまさに修羅場だった。
スフィンクスは、蛇みてぇに横に大きく裂けた口をばっくり広げて、今まさに男を丸呑みするところだった。
女の叫び声を聞いたスフィンクスと男は、同時に女へと視線を向けた。
俺の視界に入った男の顔には絶望がべったりと張り付き、スフィンクスの顔には愉悦と狂喜が満ちていた。嫌らしい下卑た笑い顔がこびり付いていたのを今でも覚えてるぜ。
そして、スフィンクスの目尻がとろんと垂れ下がり、新しい玩具を見付けたと舌舐めずりしたのが見えたんだ。
男は俺の存在に気付いていなかったが、スフィンクスは女を上から下、下から上へとじっとりと湿った嫌らしい眼差しで見た後、俺の方にも視線をくれてきた。
視線が交わった俺とスフィンクスは、お互いの力量を一瞬で感じ取った。
すぅ、と俺を無視する様に視線を男へと戻すスフィンクスと、スフィンクスから目を離せず拳を握り締め脂汗を垂らす俺。
俺はその一瞬で自分の力ではこの化け物には到底敵わないことを悟り、スフィンクスは俺など足下に転がる砂利ころと同じだと興味すら持たなかった。
それより目の前に現れた新しい玩具を使ってどんな風に遊ぼうか、その事の方がスフィンクスには重要だったんだ。
ちろちろと舌先を上下させ、男と女の顔を交互に見ては愉しそうに頭を揺らしていた。
女は女で飛び出したはいいものの、これからどうしたら良いのか分からず立ち止まり、男の方には近付けずにいた。
その場の全ての決定権はスフィンクスが握っていて、スフィンクスが全員丸呑みにすると決めてしまえばそうなっただろうな。
だが、そうはならなかった。
(To be continued)
俺を村まで案内した女が、男を見付けるなり、飛び出して行きやがった。
最悪だよ。最悪。
悪手どころじゃねぇ。投了だ。詰みだ。お手上げ、白旗だよ、ありゃあ。
戦う前に降伏を宣言したようなもんだ。
『私の負けです。どうぞ殺してください。この首をお持ちください』
そう高らかに叫んだみてぇなもんだ。
少なくとも、俺にはそう聞こえた。
どころか、俺が言ったようなもんだ。巻き添えだったがな。
俺が目にしたのは異様な光景だった。
燃える森と家屋。それでもさらに燃え広がろうとする、まるで大蛇のようにうねり渦巻く大火。
その炎の大蛇に四方を囲まれ、遠巻きに見守られる様に、さながら台風の目の内のような静けさの中に在る異形の種と、本物の大蛇に締め付けられ身動き一つ取ることが出来ねぇ男のガキ。
その異形ってぇのが、さっき話したスフィンクスだ。
悪夢だよありゃあ。
俺の体の2倍はあるだろうって獣の胴に裸の女の上半身が生えてやがる。男に巻き付いていた大蛇はスフィンクスの尻から生えていて、その大蛇自身意思を持ってるように見えた。
一番奇怪だったのが、女の顔は『辛うじて女なんだろうと思える』程度にしか跡形がなくなってたことだ。
口は大きく裂け長い舌でぞろりぞるりと男の顔に舌を這わせる姿は、女の頭にもう一匹の蛇が生えてるんだと思っちまう様相だった。
夢に見た日にゃ魘されるだけじゃ済まねぇ絵面だったぜ。
余談だが、その光景を目の当たりにするまでにも、悪夢を想起させるだけの材料はあった。
ただ村に向かうだけでは辿り着けないと俺の後を付いてきた女に道案内をさせ、熱気の中へと進んで行く俺は、次第に強く濃くなる魔力に体の武者震いを抑えられなかった。
まあ、本当のことを先にバラしちまうと、それは武者震いなんかじゃなく、ただその魔力にブルッちまっていただけだったんだがな。
その時の俺は、初めて直面する異常な魔力に当てられて、混乱していたんだと思う。強がって粋がってる奴に限って、マジな山場には弱ぇってことだな。
身体と本能はヤベェと警告を必死に鳴らしていたんだが、俺の慢心しきっていた闘争本能と肥大化した自尊心はその警告に気付かない振り見ない振りを決め込んでいたんだ。
今思うと糞みてぇな野郎だぜ。あの時の俺はよ。
あん?
『お陰で何か大切な出会いになったのでしょう?』だと? はっ、嗤わせてくれるぜ。
確かにちげぇねぇが、もっとまともな思考回路をしていれば、生き残るため、勝ち残るために策を弄して、無難な、『最良の手段』ってのがやれたハズだったんだよ。
生きるか死ぬかみてぇな二者択一をギリギリの状況で選ばなくちゃなんねぇような状況にはならなかったって話だコレは。
教訓ってやつさ。ケイティも覚えておくと良いぜ。
これは俺が教えれる『まともな教訓』の中でも、群を抜いて汎用性が高いヤツだからな。
生き残りたきゃ、冷静でいろ。
勝ち残りたきゃ、平静でいろ。
火事場で強く在るためには、焦っちゃならねぇ。慢心しちゃならねぇ。平常心をドンと持ってなくちゃならねぇんだ。
ま、この教訓を俺自身がちゃあんと活かせるようになんのは、もっと歳を食ってからなんだがな。
男ってやつは粋がりてぇモンなのさ。
別に俺が馬鹿だからじゃねぇぞ。
馬鹿やってたのは認めるけどな。
女が飛び出した時、状況はまさに修羅場だった。
スフィンクスは、蛇みてぇに横に大きく裂けた口をばっくり広げて、今まさに男を丸呑みするところだった。
女の叫び声を聞いたスフィンクスと男は、同時に女へと視線を向けた。
俺の視界に入った男の顔には絶望がべったりと張り付き、スフィンクスの顔には愉悦と狂喜が満ちていた。嫌らしい下卑た笑い顔がこびり付いていたのを今でも覚えてるぜ。
そして、スフィンクスの目尻がとろんと垂れ下がり、新しい玩具を見付けたと舌舐めずりしたのが見えたんだ。
男は俺の存在に気付いていなかったが、スフィンクスは女を上から下、下から上へとじっとりと湿った嫌らしい眼差しで見た後、俺の方にも視線をくれてきた。
視線が交わった俺とスフィンクスは、お互いの力量を一瞬で感じ取った。
すぅ、と俺を無視する様に視線を男へと戻すスフィンクスと、スフィンクスから目を離せず拳を握り締め脂汗を垂らす俺。
俺はその一瞬で自分の力ではこの化け物には到底敵わないことを悟り、スフィンクスは俺など足下に転がる砂利ころと同じだと興味すら持たなかった。
それより目の前に現れた新しい玩具を使ってどんな風に遊ぼうか、その事の方がスフィンクスには重要だったんだ。
ちろちろと舌先を上下させ、男と女の顔を交互に見ては愉しそうに頭を揺らしていた。
女は女で飛び出したはいいものの、これからどうしたら良いのか分からず立ち止まり、男の方には近付けずにいた。
その場の全ての決定権はスフィンクスが握っていて、スフィンクスが全員丸呑みにすると決めてしまえばそうなっただろうな。
だが、そうはならなかった。
(To be continued)
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