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【モーガンと相棒―其の四】
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ーーあれは俺がまだ冒険者になって10年も経たない、まだ若造だった頃の話だ。
ギルドで依頼を受け、それなりの難易度の依頼を事もなく達成させて報酬を得るだけの毎日に、そんな夢の無い冒険者生活に飽きちまって、俺は武者修行の旅に出た。
てめぇの可能性ってのを、俺は過大評価してた。俺はもっと強くなる。ギルドに飼われるような底辺冒険者で俺は終わらねぇと大言を吐いて住み慣れた街を後にしたんだ。
冒険者としてそれなりの数の修羅場を潜って生きてきた俺は、旅に出てからもやべぇ山に当たることもなく自分を高めることの出来る機会を探して宛もなく彷徨っていた。
あの頃の俺は、誰かに教えを乞うなんて真っ平御免ってぇふざけた野郎だったから、我流で腕を磨いた。
時には道場破りのようなことをしたし、隊商を襲う野党の巣をロハで壊滅させたこともある。要は、てめぇの強さを誇示したかったんだ。
そんな粋がって尖っていた俺が、強い剣術師がいるって噂を聞き付け、そいつが住んでる大国に向かって旅してた時だ。
旅の途中、一晩寝床にする宿を求めて、安もんの大雑把な地図を片手に目的地の村を探していた。
その日はやけに風が強く吹いていて、村があるという森の中では風が唸って聞こえるほどだった。
辺りはとっくに日が落ちちまって、小さなランタンを片手にまだ村に着かねぇのかとイライラしてたんだ。
すると、俺に向かって吹いてくる風が、何だが焦げ臭くなって来たことに気が付いた。
直ぐに山火事だと察して、村のことは諦めて風上に移動した。今日は野宿だ、なんてイライラに拍車をかけながらな。
風向きを頼りに小高い禿げ山まで辿り着くと、そこには数十人の人だかりができていた。ピンと来たぜ。こいつらは俺が向かっていた村の連中だろうってな。
恐らくこの火事で村が呑まれちまうから逃げて来たんだ。
ただ、おかしいと思ったのは、荷物を持ってる奴がやけに少なかったことだ。いくら火事とはいえ、後の生活のことを考えると手ぶらで逃げ出す訳にゃいかねぇ。そんなことする奴は、大間抜けか火事を知らねえ奴のどちらかだ。
俺は人だかりに近付いて、燃える麓の森を眺めてぼーっと突っ立ってるおっさんに声をかけた。「そんなに火事が珍しいのか?」ってな。
するとおっさんは力ない顔で振り返ると「火事なんて初めてのことだ。村は何十年も火事にあったことはない。村の長老も初めて体験したと言ってたくらいだ」と言った。
俺は、ちぃっと違和感を覚えた。
突然、横から俺に声を掛けてきた女がいた。俺より幾つか若ぇ女だった。栗色の髪の毛でいかにも村娘って身なりだったな。
その女は、俺と目が合うなりこう言った。
「カイが! カイがまだ村から逃げて来ないんです! 私達を逃がして、最後に逃げて来る筈なのに! 何時まで経っても来ないんです!」
俺は、誰だよそいつは。と思ったが、まぁどうせ女の恋人だろうと思って、ふぅん、と返した。森が丸々燃える程の火事だ。逃げ遅れたんなら死ぬ。それくらい誰にだって分かる。
村の連中がそのカイって奴以外揃っていてまだそいつが来ねぇってんなら、火事に呑まれて死んじまったんだろう。そういうことだ。この女も、それが分からねぇ訳じゃあるまいに。
まあ、俺には関係無ぇことだよ。俺は安全な場所で一晩過ごせりゃそれで良いんだから。
火が伸びて来ない禿げ山で、火事が治まるまで待たせてもらうだけだ。
……そう、思ってたんだが、その時俺は嫌な空気に気付いた。
違う。空気じゃねぇ。
嫌な力の波動、邪の波動だ。
魔術師や剣術師なんかでも強い力を持つ者が発する力や波動を一般的に魔力と呼ぶが、その時俺が感じたのはそういうもんじゃなかった。
人間が発する力じゃなかった。
俺の身体がぶるりと震えた。
そして、こう思ったんだよ。
当りだ。ってな。
そして、俺に向かってまだぎゃーぎゃー言ってる女の口を押さえて黙らせ、尋ねた。
「そのカイって奴は、化け物かなんかじゃあねぇよな?」
女は意味が分からねぇとばかりに不快そうな顔をして、俺の顔をねめつけて来た。
俺にはそれで十分だった。
あの火事の中に、何かやべぇのが存在る。
人外の者が。
俺は女に背を向け、燃える村に向かって駆け出した。
(To be continued)
ギルドで依頼を受け、それなりの難易度の依頼を事もなく達成させて報酬を得るだけの毎日に、そんな夢の無い冒険者生活に飽きちまって、俺は武者修行の旅に出た。
てめぇの可能性ってのを、俺は過大評価してた。俺はもっと強くなる。ギルドに飼われるような底辺冒険者で俺は終わらねぇと大言を吐いて住み慣れた街を後にしたんだ。
冒険者としてそれなりの数の修羅場を潜って生きてきた俺は、旅に出てからもやべぇ山に当たることもなく自分を高めることの出来る機会を探して宛もなく彷徨っていた。
あの頃の俺は、誰かに教えを乞うなんて真っ平御免ってぇふざけた野郎だったから、我流で腕を磨いた。
時には道場破りのようなことをしたし、隊商を襲う野党の巣をロハで壊滅させたこともある。要は、てめぇの強さを誇示したかったんだ。
そんな粋がって尖っていた俺が、強い剣術師がいるって噂を聞き付け、そいつが住んでる大国に向かって旅してた時だ。
旅の途中、一晩寝床にする宿を求めて、安もんの大雑把な地図を片手に目的地の村を探していた。
その日はやけに風が強く吹いていて、村があるという森の中では風が唸って聞こえるほどだった。
辺りはとっくに日が落ちちまって、小さなランタンを片手にまだ村に着かねぇのかとイライラしてたんだ。
すると、俺に向かって吹いてくる風が、何だが焦げ臭くなって来たことに気が付いた。
直ぐに山火事だと察して、村のことは諦めて風上に移動した。今日は野宿だ、なんてイライラに拍車をかけながらな。
風向きを頼りに小高い禿げ山まで辿り着くと、そこには数十人の人だかりができていた。ピンと来たぜ。こいつらは俺が向かっていた村の連中だろうってな。
恐らくこの火事で村が呑まれちまうから逃げて来たんだ。
ただ、おかしいと思ったのは、荷物を持ってる奴がやけに少なかったことだ。いくら火事とはいえ、後の生活のことを考えると手ぶらで逃げ出す訳にゃいかねぇ。そんなことする奴は、大間抜けか火事を知らねえ奴のどちらかだ。
俺は人だかりに近付いて、燃える麓の森を眺めてぼーっと突っ立ってるおっさんに声をかけた。「そんなに火事が珍しいのか?」ってな。
するとおっさんは力ない顔で振り返ると「火事なんて初めてのことだ。村は何十年も火事にあったことはない。村の長老も初めて体験したと言ってたくらいだ」と言った。
俺は、ちぃっと違和感を覚えた。
突然、横から俺に声を掛けてきた女がいた。俺より幾つか若ぇ女だった。栗色の髪の毛でいかにも村娘って身なりだったな。
その女は、俺と目が合うなりこう言った。
「カイが! カイがまだ村から逃げて来ないんです! 私達を逃がして、最後に逃げて来る筈なのに! 何時まで経っても来ないんです!」
俺は、誰だよそいつは。と思ったが、まぁどうせ女の恋人だろうと思って、ふぅん、と返した。森が丸々燃える程の火事だ。逃げ遅れたんなら死ぬ。それくらい誰にだって分かる。
村の連中がそのカイって奴以外揃っていてまだそいつが来ねぇってんなら、火事に呑まれて死んじまったんだろう。そういうことだ。この女も、それが分からねぇ訳じゃあるまいに。
まあ、俺には関係無ぇことだよ。俺は安全な場所で一晩過ごせりゃそれで良いんだから。
火が伸びて来ない禿げ山で、火事が治まるまで待たせてもらうだけだ。
……そう、思ってたんだが、その時俺は嫌な空気に気付いた。
違う。空気じゃねぇ。
嫌な力の波動、邪の波動だ。
魔術師や剣術師なんかでも強い力を持つ者が発する力や波動を一般的に魔力と呼ぶが、その時俺が感じたのはそういうもんじゃなかった。
人間が発する力じゃなかった。
俺の身体がぶるりと震えた。
そして、こう思ったんだよ。
当りだ。ってな。
そして、俺に向かってまだぎゃーぎゃー言ってる女の口を押さえて黙らせ、尋ねた。
「そのカイって奴は、化け物かなんかじゃあねぇよな?」
女は意味が分からねぇとばかりに不快そうな顔をして、俺の顔をねめつけて来た。
俺にはそれで十分だった。
あの火事の中に、何かやべぇのが存在る。
人外の者が。
俺は女に背を向け、燃える村に向かって駆け出した。
(To be continued)
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