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【お絹という女―其ノ參】
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「ふぅーっ、ふぅーっ……! あん畜生。よくも、あんなこと言いやがって。悪気が有ろうと無かろうと、言って良いことと悪いことがあらぁ! あたしが一端の女じゃあねぇってことくらい、あたしが一番解ってるってぇのに、それを逆撫でるみたく『そんなこと』なんて言い方しなくても良いじゃねぇかよ。えぇ? それとも何かい、あたしみてぇな半端もんは手前を皮肉ることも許されねぇってのかい。えぇ? 謙遜すんのも手前を皮肉るのも、一端になるような努力をしてから言えってことかい。確かにあたいは色恋だとか頓着しないでこれまで生きてきたけど、それは他にやりてぇ事が幾らでも有ったからで、別に色恋をしたくねぇとかそういうんじゃねぇんだよ。彫吉の野郎だって、手前のやりたいように彫金にこれまで打ち込んできたんじゃねぇかい。だから人様に認められる様な腕になったんだろう? そうだろ? えぇ? 手前は良くて、あたしは駄目だってのかい? あん畜生はそんな狭量な懐しか持ち合わせてねぇってことかい? いや、違ぇねぇ。正しくそうなんだろうよ。そんな度量も器もねぇ狭い懐だからあたしに何も言わずおとっつぁんおっかさんに夫婦の挨拶だなんて頓珍漢なこと言い出したのかもしんねぇ。ねぇ? そうだろう? そう思うよな? 昔っから好き勝手やってあたしを振り回すところがあった奴だったけど、この時分はあたしも彫吉もそれなりに歳を取ってそれなりに心持ちも気構えも、それに高くはねぇが気位ってやつも大人になったと思ってた。思ってたけど、それはあたしの思い違い勘違いってやつだったんだ。今日それが漸くあたしにも分かった。今日、今更になって分かったってんだからあたしも彫吉の奴のこと悪く言えたもんじゃないのかもしれねぇな。あたしも彫吉も、色恋をどうこうするなんてのはまだ烏滸がましいってこった。あぁ、よぉく解ったぜ。あたしと彫吉には色恋だとか惚れた腫れたとかそういうのはまだまだ早いってこった。お互いの気持ちの機微も感じ取れねぇってのに一緒になろうだなんて、それこそ順序が逆ってもんだ。よし、あたいは明日から、いや、今日から一段とあたしのやりてぇことに打ち込んでやらぁ。あたしが人様に認められるくらいんなったら、彫吉の心も今より分かるようになるだろうさ。ねぇ? そう思うだろ? おとっつぁんおっかさん」
(次話に続く)
(次話に続く)
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