異世界の住人を見守るだけの簡単なお仕事です。

虫圭

文字の大きさ
上 下
25 / 48

【看板娘ミクの帳簿録―三頁目】

しおりを挟む
「ミクちゃん、いよいよ戦争が始まるらしいよ。もうそろそろ、このお店は閉めて他の国に行った方が良いんじゃないかなぁ。ね、悪いことは言わないから。仲間の奴とも話してるんだよ。俺達は半端者の荒くれ連中に違いないけどさ。それでも気に入った娘が居るお店が戦争に捲き込まれて無くなっちゃうようなことになるのは嫌なんだよ」
「ダッザさん……。ありがとうございます。でも、私決めてるんです。そう言ってくれる優しい人がお店に来てくれる限り、このお店を続けようって!」
 目の前で力強く微笑む女の子は、多分16歳かそこらだと思う。
 だと言うのに、40をとうに過ぎた俺なんかより、よっぽどしっかりとした意志を秘めた目をしている。
 俺にもこんな目をしていた頃があったのだろうか。盗賊紛いのことをして生計を立てているつまらない男の俺にも。
「ダッザさん。これ、お仲間さんの分も。お弁当です。今日は特別サービス! 優しいダッザさんに、プレゼントしちゃいます!」
「ミクちゃん! 金なら有るんだよ!? そんな、プレゼントだなんて、ミクちゃんから貰える訳ないじゃないか!」
 嘘だ。どの口が言ってやがる。昨日だって、路地で物乞いするじじいから端金はしたがねをぶん盗ったじゃねーか。年端もいかない女の子に軽蔑されるのがそんなに恐いのか。女々しい野郎め。そんなんだからこんな国で生きていかなきゃいけねぇんじゃねーか。そんなんだからまともな人生も歩めない、意気地の無い男になっちまったんじゃねーか。
「そんなことないですよ。ダッザさんは、優しい人です」
「へっ? 俺、今口に出しちゃってた?」
 やばい! やばい! ミクちゃんに嫌われる!
「心の声が聞こえましたよ? 私にお代を払わないと私が困るけど、お代を払ってしまうと、ケガをしてるお仲間さんの治療が出来なくなってしまう。でも、大事にしたいお店だから、やっぱり無理させたくない。って。優しい声が聞こえました」
「へ……? 何でミクちゃんが俺の仲間のこと知ってるの?」
 俺が街のごろつきだってことはこれまで必死に隠してきた。勿論、この娘に嫌われたくない。その一心でだ。
「細かいことは気にしなくて良いんです! さあ! 持ってってください! この国ではお薬は高いんですから、遠慮してたら買えないですよ!」
 そうだ。この国では薬は何よりも高い。一週間の食を抜いてでも金を貯めないと買えないくらい。それもこれも現皇帝の所為だ。
 あのイカれ野郎が数年前から国庫の金を全部戦争に回しやがるから、食い物も薬も手が届かないくらい値上がりしちまった。戦争なんてクソ食らえだってのに。
「うぅ……ミクちゃん。ありがとう。昨日も、アイツは何も食べれてないんだ。ありがとう。ありがとう」
 一週間ぶりのまともな飯を一回り以上も年下の女の子に恵んでもらう。なんて情けないんだ。なんて惨めなんだ。
「ダッザさん、大丈夫ですよ。この国はもうすぐ、きっと良くなります。諦めないでください。そして、出来ればもう少し、私以外の人にも優しくしてあげてくださいね。私は優しいダッザさんが大好きなんですから」
 顔をくしゃくしゃにして、涙と鼻水で顔中を濡らして頷く。
 この国が良くなることなんて到底有り得ないことだが、この娘が言うことなら信じてみたくなる。
 もう少し、人に優しく、か。
「ありがとうミクちゃん。ミクちゃんの言う通りにしてみるよ。弁当、ちゃんと仲間に食べさせる。今度は仲間と一緒に買いに来るから。約束するよ」
 そう言って弁当を受け取り外に出て仲間のもとへと駆け出す。
 抱えた弁当がまだ腕の中で温かかった。

『ダッザさん。国が貧しくなる前は地元の前途ある若者の支援活動をしてた街の青年会の顔役。大丈夫。この国はもうすぐ変わるから』

(次頁へ続く)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Link's

黒砂糖デニーロ
ファンタジー
この世界には二つの存在がいる。 人類に仇なす不死の生物、"魔属” そして魔属を殺せる唯一の異能者、"勇者” 人類と魔族の戦いはすでに千年もの間、続いている―― アオイ・イリスは人類の脅威と戦う勇者である。幼馴染のレン・シュミットはそんな彼女を聖剣鍛冶師として支える。 ある日、勇者連続失踪の調査を依頼されたアオイたち。ただの調査のはずが、都市存亡の戦いと、その影に蠢く陰謀に巻き込まれることに。 やがてそれは、世界の命運を分かつ事態に―― 猪突猛進型少女の勇者と、気苦労耐えない幼馴染が繰り広げる怒涛のバトルアクション!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。 身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。 配信で明るみになる、洋一の隠された技能。 素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。 一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。 ※カクヨム様で先行公開中! ※2024年3月21で第一部完!

処理中です...