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8 教室で

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 熱めのシャワーを浴びていると気持ちも落ち着いてきた。ゲームの人間関係を思い出しながら温まった身体を拭いて寝間着に着替えた。
 浴室から出て寝る準備まで整えてから、吸収していたノートとペンを出してこれからの対策を考えることにした。

 俺、セレスティンは殿下の婚約者候補の筆頭なわけで、このまま何事も無ければ殿下の伴侶になるだろうと思われている人物だ。けど、候補だから、まだ婚約者に決まったわけではない。他にも婚約者候補はいるのだ。

 セレスティンの次に有力とされているのがイサイアス・シェヴァリア侯爵令息。
ゲーム内でのもう一人の悪役令息で、セレスティンよりも性格が過激で主人公への嫌がらせも彼の方が容赦がなかった。一つ年下で主人公と同い年だ。

 他にも候補はいるけど、オメガの人口が少ない事もあって身分や年齢が殿下と釣り合うのはセレスティンとイサイアスの二人くらいなんだよね。そこに主人公の男爵令息が割り込んでくるんだからゲーム内は恋愛バトルで大変な事になる。身分の低い男爵令息が王子や高位貴族のハートを射止めてしまうのは正にゲームの醍醐味だと思うし下克上は燃えるしな。

 とにかく、殿下と主人公がくっつくのを回避するには他に相手が必要だ。そこは二番手のイサイアスを推したいところなんだけど、彼は殿下が一番苦手なタイプのオメガなのだ。ゲーム通りの性格だと殿下との相性はちょっと、…かなり難しい。
 セレスティンの気持ちに引きずられているからだけじゃなく、殿下は本当に良い人だし王族として民を大事に思っている事も知っているから苦手な相手とくっつけるのは可哀そうだしな…。

 でも本人に会ってみないと本当の性格もわからないし、ゲームには出てこなかった良縁があるかもしれない。主人公が入学してくるまでは殿下とは付かず離れずをキープして他の攻略対象者との親交も深めてなるべく近くにいるようにしないとまずい。みんな将来国の有力者になる人物だから主人公に魅了されると困ってしまうのだ。
 良し、当面はその線で行こう。

 別に思考を放棄したわけではないぞ。今から色々考え過ぎても仕方ないから明日に備えて寝る事にしただけだ。


 ***


 早めに教室に着くとまだ誰もいなかった。ちょっと早すぎたかもしれない。
一限目の科目の予習でもしておこうと思って机の上に教材を出して読みはじめた。
俺が転生して初めて授業を受ける日だからやっぱり少し緊張する。

 それからしばらくして生徒数人が連れ立って入って来て、既にセレスティンがいることに驚いているみたいだった。いつもは遅めに来る人物がいたからだろうな。
 でもそれからまばらに教室に入ってくる生徒が皆一様にこちらを見ている事に気付いた。その後に数人が連れ立って入って来て、その人達もセレスティンをちらちら見ているのがわかって流石に居心地の悪さを感じていたら、そのうちの一人で席が隣のシーヴァート・カーロ伯爵令息が席に着いて挨拶をしてきた。

「おはよう。今日は早く来たのかい」

「おはよう。目が覚めてしまったからね」

 セレスティンは高位貴族だからあまり気軽に話しかけてくる人はいない。クラスメイト以上の関係と言える友人はシーヴァートとまだ来ていないアーヴィン・クラークソン侯爵令息くらいだ。ちなみに二人共ベータだ。

 挨拶を交わしてからシーヴァートが何か聞きたそうにしていて、どうしたんだろうと思っていたら次の集団が来たみたいで廊下から話し声が聞こえてきた。入って来たのはアーヴィンと数人の生徒、それから殿下も一緒だった。

 殿下が俺と目が合うと笑顔を浮かべたのがわかって心臓が跳ねた。
耐えろ、俺。

「セレス、おはよう。今日はもう教室に来ていたんだな」

 殿下が一番に俺に声をかけただけじゃなく、愛称で呼んだものだから教室中の視線が一斉にこちらを向いた。そうか、シーヴァートが何か言いたそうだったのがどうしてなのかわかったよ。昨夜の食堂での事がもう噂になっていたんだな…。

 そんな注目を浴びている中、震えそうなのをこらえて立ち上がって挨拶を返した。

「おはようございます、殿下。今日は早くに目が覚めたものですから…」

「昨夜は早く寝たのかな? 寝不足ではない?」

 近づいて来て心配そうに声をかけてくれるけど、この場をどうしようということばかりがぐるぐるして頭がパンクしそうだ。なのに殿下が…

「あまり無理をしないでくれ…」

 そう言って指の背で頬を撫でて来て…

 もういっぱいいっぱいで咄嗟の対応を思いつく筈も無く固まってしまったけれど、頭の中は大絶叫の嵐だ。

( うわぁぁっ! 心配性の彼氏ですか?! 無理ぃ! 人前で触るなぁぁ!! )

 顔が熱いから赤くなっていると思うし隣でシーヴァートが目を見開いて見ている。
……倒れそうだ…と思っていたら、

「はい、皆さん自分の席に着いて下さい! 予鈴が鳴ったでしょう?」

ぱーーんっと頭が破裂しそうだったところに救世主が…。助かったぁぁ!!

 担任教師の登場にこちらに注目していた生徒達もそれぞれの席についていく。もちろん殿下も自分の席に向かったけど去り際に「休み時間にまた」と耳元に囁いてきた。
声が良い…。

 崩れるように席に座って両手で顔を覆い大きく深呼吸した。とにかく落ち着こう。
貴族として日々精進しているセレスティンは優秀なので、数回の深呼吸で顔の熱は引いた。流石に培ったものが違う。その後は授業を真面目に受ける事が出来た。

 授業を受けながら今までの出来事を思い返した。そして思い至ったのは、安直だけど殿下との接点を減らそうという事。昨日一日で少しは親しくなったし、付かず離れずで行くと決めたしな。よし、休み時間は何とか逃げよう。
 俺は次の休み時間付き合って欲しいと書いたメモをそっと隣のシーヴァートの机に置いた。気付いたシーヴァートが畳んだメモを開いてこちらを見て頷いてくれた。彼が隣の席で助かった。もう一人の友人のアーヴィンは席が離れているからな。

 次の休み時間までがやたら長く感じた。


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