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7 ジークハルト視点

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 男性のオメガが苦手だった。
自分の息子を薦めてくる貴族達のしつこさも相まって、彼らの私を見る目があまりにもあからさまなのがどうしても好きになれない。もちろん、王族だから優秀な跡継ぎを望むなら男性のオメガと番になるのが良いのはわかっている。だから、婚約者候補に上がっている者は高位貴族の男性オメガばかりでも、それが王族として最良の事なのだと受け入れていた。

 婚約者候補の筆頭と言われているのがアッシュフィールド公爵家の次男でオメガのセレスティンだった。身分も高く成績優秀。年の近いオメガの中で最も美しいと言われているだけあって作り物のように整った顔をしている。
 媚びてくるようなことはないが、あまりしゃべらず高位貴族らしくとりすましている感じで、何を考えているのかわからない。だが家柄的にも私の伴侶になるのはセレスティンだろうと半ば諦めに似た感情を持っていた。



 その日は孤児院に行くのが少し遅くなってしまい、入口に停めた馬車を降りた時には広場から子供たちが遊ぶ声が既に聞こえて来ていた。そして広場に足を踏み入れて見た光景に驚かされた。

 セレスティンが子供の遊びに混ざって、というか、先導して子供たちと遊んでいる。いつも無表情だった顔は感情豊かに笑顔が溢れ、子供たちに向けられていた。暫くその光景を呆然と眺めていたら、振り返ったセレスティンがこちらに気付いて驚いた声をあげた。そんな彼の様子に子供たちもこちらに気付き一斉に走り寄って来た。

 子供たちの話を腰を落として聞いているとニールと手を繋いだセレスティンが歩み寄って来た。立ち上がって話を聞けば一人でここに来たようだ。
 二人の話に入れず拗ねてしまったニールを褒めて頭を撫でている優しい笑顔にまた目が離せなくなっていたら、急にニールが走り出して引っ張られたセレスティンが転びそうになった。
 素早く動いて二人共腕に抱えて事なきを得たのだが、セレスティンが慌てたようにお礼の言葉を言って両手を突っ張って腕から逃げるように離れてしまった。彼の顔は真っ赤に染まり瞳が潤んだように煌めいていて、それを目にした途端胸が大きく高鳴ったのがわかった。

 そんな自分に動揺していたら、転びそうになった事を謝るニールを優しくなだめる姿にまたひきつけられて、何故だか彼から目が離せなくて、そして気付いた時には周りの子供たちの騒ぎが大きくなってしまっていた。

 慌てたシスターがなだめにやって来て、子供たちが落ち着いたところで馬車に積んできた差し入れの話をして案内を頼んだ。その間もニールはセレスティンにべったり張り付いていて何かをねだっているようだ。どうやら私が来た事で中断してしまった遊びを再開したいらしい。

 セレスティンが教えた新しい遊びに子供たちは夢中で、ルールを教わった私も何回も付き合わされた。彼は子供好きらしく、向ける笑顔は慈愛に溢れ子供にもそれは伝わるのか彼が鬼の時には手を繋ぎたくてわざと捕まる子供もいた。子供たちの中でも年長の男子数名がそれを熱の籠った眼差しで羨ましそうに見ていることに気付いた。

( 駄目だよ。彼は私の婚約者候補なんだから )

 そんな独占欲めいた感情まで出て来てしまえば、もう自分が彼に惹かれていることを認めるしかなかった。



 子供たちと遊び倒した後に一人で帰ろうするセレスティンを誘って、学園に戻る馬車で一緒に帰ることにした。今までのオメガ達なら自分からねだってきたに違いないが、全くそんな素振りを見せないところも好ましく感じた。

 向かい合わせに座ると緊張しているようで硬い表情だったが、差し入れたクッキーの話で子供たちには贅沢品だと気付いて考えを巡らせている様子には、貧しい民への気遣いを感じて嬉しくなった。
 だから少し踏み込んで砕けた態度で接して欲しいとねだってみた。

 そうしたら、困ったように恥ずかしそうな表情で必死に砕けた言葉を使おうとして上手く喋れず、最後にコテンと首を傾げてこちらをうかがってきた。

( なんだこれは。可愛いにもほどがあるだろう…! )

 表情を取り繕う事が難しく、口を手で隠して冷静になろうと視線を外したらセレスティンが不安そうな顔になってしまった。慌てて咳払いをして愛称で呼んでいいかと聞いたら…

「はい! もちろん構いません。嬉しいです」

 そう言って、花が咲くような笑顔を見せてくれた彼を腕の中に閉じ込めたくなった。
もう間違いない。私はセレスティン、…セレスに好意を持ち始めている。

 その後もぎこちなくも何とか砕けた態度を取ろうとするセレスと会話を楽しむうちに学園に到着してしまった。馬車を降りる時にエスコートしたらまた可愛らしい反応を見せてくれて、名残惜しいけれどこの後昼食をとりながらの会談があるのでそこで分かれた。会談の間も可愛いセレスの様子がちらついて、少々上の空だったかもしれない。



 午後の予定を何とか切り上げて食堂に向かう。少し遅くなったがセレスはまだ残っているだろうか? 急ぎ向かった食堂の入口に彼の姿を見つけると自然と笑みが浮かび、まだこちらに気付いていない彼に声をかけた。

「セレス、君も今から夕食かい? 少し遅くなったが丁度良かったようだ」

 私がセレスを愛称で呼んだことに居合わせた生徒が息を呑んでいるのがわかる。当のセレスは私に気付くまでの貴族然とした表情が少し砕けて返事を返して来た。

「お疲れ様です。殿下もこれからお食事ですか?」


 飲み物を取りに戻ったというセレスと一緒に自分のトレーを持って彼がキープしていた席に向かう。今まで私が特定の誰かと二人で食事をしたことがないため、周りの生徒たちが注目している。セレスもそれを感じ取って少し緊張しているのがわかった。

 まずは次に孤児院に行く予定を聞いてみた。セレスはまた乗合馬車で行くつもりのようだったので私の馬車で一緒に行かないかと提案してみた。

「ありがとうございます。お邪魔でなければご一緒させて下さい」

「邪魔なわけないだろう? それと、言葉遣い。戻ってしまっているよ」

 言葉遣いを指摘したらまた可愛らしい困った顔を見せてくれた。

「そうで、…いえ。そうだね。気を付けま…る、よ? …うう、他の人がいるところでは難しいです」

 しどろもどろに言葉をつなぐセレスが可愛い。そうか、私以外の者がいると気を抜く事が出来ないのか。それを聞いて頬が緩むのがわかった。そしてそんな可愛い彼の様子を他のアルファの男達が見つめているのにも気付いた。

 今までの彼はあまり表情を変えることは無かった。美しく整った美貌が良い意味で崩れると、こんなに可愛らしくなるとは誰も思っていなかったのだろう。ここから早く連れ出した方が良さそうだ。


 食事が終わりトレーをカウンターに返してセレスを食後のお茶に誘おうと思っていたのに、伝令が来て戻らなければいけなくなった。
 ここにセレスを一人置いて行くのなら牽制が必要だろう。

「セレス、この後良ければお茶を一緒にと思っていたのだが戻らなければいけなくなった。またの機会に誘うよ。では明日、教室で…」

 そう言ってすくい上げた手の甲にキスをした。ついでにセレスを見ていたアルファの男どもにも鋭い視線を向けておいた。食堂内の生徒からざわめきも起きたから注目もされていたようだし大丈夫だろう。

 去り際に見たセレスは真っ赤になってキスした手を胸に抱くように握っていて可愛かった。そのまま振り返らずに部屋まで帰ってくれただろうか。



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