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第一章 はじめての

現実

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「まさか……風景の一部になっているとは…………」


 『もう何十年と動いていませんからねぇ……』


「……ねぇ、生きてるって言えるのそれ……」


 体の殆どの部分が土砂に埋もれ、露出した部分には苔がビッシリと。


 『龍の肉体は頑丈ですから。年老いた龍は、こうやって……自然に任せて土に還るのですよ、魔王殿』


「へぇぇ~……凄い…………ん?」


 つんつん、とスレットに腕を突かれ……耳元でコソコソ、と話し掛けられた。


 (……彼女は特別なのです。普通の龍は普通に死に絶えますぞ、勘違い為さらずに)


 そ、そっかぁ……割と天然入ってるのかな、この龍。


「……貴女の身体は……もう、動かないのですか?」


 『肉体を動かす……それには勿論、原動力が必要なのです。ワタシの魂にはもう……あの日の激情は戻りません』


 んんー……?
 つまり、簡単に言えばやる気が出ないから動けないって事……?
 それで身体が朽ちてきたと……!?


 『アァ……リュシアン様の荒々しさが、猛々しさが……懐かしい……。この世を焦土と化す魔力の波動が……また、浴びたいワァ……』


「えっと……とりあえず、体掘り出しても良いですかね?」


 『あらあらぁ? ウフフ……もっと若い子がいっぱいいるのにぃ……ワタシの裸体、見たいんですかぁ?』


「スレットォォォォ!! 三分で掻き出すぞォォォォ!!!」


「御意ッ!!」


 手が汚れるとか関係ねぇ、さっさと掘り出してさっさと話を始めよう。
 この人と話してると頭おかしくなりそうだよ、僕。


 『フフフ……そんなに急がなくても、ワタシは逃げませんよォ……フフフ……』


「もう……煩いなぁ!!」


 飄々としたこの龍の態度。思わずイラッとして……ドゴッ! と鱗に台パンしてしまった。
 
 しかし、流石と言うべきか……魔王と龍、お互い傷は無く。


「あ、ごめんつい――――」


 『ほぅ――――――中々良いモノ持っておるな、小僧』


 ――――しかし、彼女の態度は……変化有り。
 
 突如ピリッと張り詰めた雰囲気に……冷や汗が、ツーっと耳の裏を流れる。

 魔王ボディですら……危機感を覚える、龍の圧。

 まずい……怒らせたか……?


「あの……えっ……?」


 『良かろう……早う掘り起こせ。話を聞いてやる……お主らがこんな僻地に足を運んだ理由を、な』


「は、はい!!」


 尊大な雰囲気。

 圧倒的な強者感。

 一瞬で…………飲み込まれた。



 ***


 強化されたスレットと、元々強い魔王ボディのパワーで、ものの数分で龍の周りの土塊は片付き、苔も毟り取った。


「ふぅ……こんなもんか」


 『うむ。良きに計らえ』


 ……ねぇ、この人の方が魔王っぽくない?

 なんでこんな変わってしまったの……?


 『ふむ……やはり、動かぬ……か。致し方ない……一先ず、主らの話を聞いてやろう』


 土塊の中に居た彼女の全容は――――半球。赤黒い鱗を纏った体を綺麗に折り畳み……隙間の無い綺麗な半球。
 
 その半球からピョコッと顔だけ出してて…………一言で済ますなら、亀。


「単刀直入に言わせて頂けば……貴女の力を借りたい。戦力として」


 『それは…………無理じゃ、動けぬ』


「……ですよね」


 『力及ばずで済まぬな。この地の現状は…………大地を通じて知っておる。ワタシが……もっと、若ければ……!!』


 彼女の身体は……最早、唸る事すら叶わない。

 まさかここまでとは……仕方ない、僕がお菓子を作って持ってこよう。
 
 そうすれば…………きっと。

 自分の力を信じるしか無いんだ、僕は。
 
 それしか――――出来ない、から。


「……また、出直してくるね」


 『――――あぁ……貴方も……そうやって……行って、しまわれるの……ですね』


 不意にまた、話し方が戻った彼女。

 切なげな……甘く、蕩けるような声が脳内に……染み渡る。
 
 何か……心が、キュッと切なくなる。

 心が……揺さぶられる。


「――――また、来るから……絶対」


 『…………そう言ってあの人は戻って来なかった……。ワタシは、また、此処で…………一人…………』


 ……弱った女の人は、見てられなくて…………それが、僕のせいなら、尚更で…………僕は彼女に背を向けた。


「大丈夫……大丈夫、だから。信じて……待ってて、下さい」


 『あぁ……リュシアン様…………あぁ…………誰か、ワタシを…………いっそ…………コロ――――』


「ごめんっ!! 絶対、くるからっ!!」
 

 泣きそうな声に、心が痛くて…………彼女の声が届かなくなるまで、走って逃げ出した。
 
 何故か流れる涙を……拭いながら。


 『あぁ…………ワタシは、また…………一人…………』


 ――――――ツーっと流れた、動かぬ彼女から溢れた涙を…………知らぬまま。



 ――――――――――――


 ――――――――


 ――――――

 
 ――


「早く戻ろうスレット」


 何故か彼女に会ってから…………心が落ち着かなくて、モヤモヤして…………早足になってしまう。


「す、すみません魔王様……私が、会おうと言ったばかりに――――」


「いや、良いんだ……僕は、彼女に会うべきだった……そんな気がする。だから、彼女の体をどうにかしよう」


「はっ!!」


 何で、こんなにも……落ち着かないんだろう。

 どうして……彼女の力が欲しいんだろう。

 醜い執着心が……突如現れて、心を染めていって。


「あっ……こっち行けば……近道、だよね?」


 来た道を戻っている途中、緩い斜面になっている場所が目に付いて。


「左様ですが……いけませんぞ? 危険です魔王様!!」


「大丈夫!! この体なら頑丈だよ!!」


 普段、やりもしないような無茶をして。

 滑るように斜面を下って。


「ちょ、お待ち下されぇぇぇぇ!!」


 後を追ってきたスレットと共に近道。

 この先は、たぶん山の麓へ繋がっているはず……!!

 ズルズルと……乾いた大地を滑り。

 カサカサの蔓を巻き込んで、引きちぎって。


「ほらっ!! やっぱり……!! 山の麓に繋がっ――――」


 ベチャッ!!

 ドチャッ!!


「え…………えっ?」


 着地点。
 

 乾いた地面の筈なのに…………どうして、こうも柔らかく……湿っているんだろう……?


「魔王様……魔王様っ!! 見ては……見てはなりませんっ!!!」


「何…………を………………」


 慌てて叫ぶスレットのせいで……反射的に足元を見てしまった。


 ――――――積み重なった…………肉片達、を。

 ムワッ! と立ち込める……死の臭い。


「ウゥゥッ!! オエッ……!!! ゲ、ゴボォァ……!!!」


 嘔吐を……止められなかった。


 緑色の肌を……細切れにされているのは、小鬼ゴブリン族だろうか。

 何かで焼き焦がされた、筋骨隆々の四肢は…………ミノタウロス族、だろうか。

 頭を撃ち抜かれた蛇。

 ぶつ切りにされた巨大な魚。

 全身を砕かれ、ぐちゃぐちゃにされた、姿形のわからない……魔物、達。

 鉄臭い。

 血腥い。

 肉が腐った臭い。

 なんで? 何故? どうして? 何故、何故……何故――――――


「大丈――――」


「オエッ…………ウゥッ……なぁ……スレット、僕の守るべき者達は…………何処に、居るんだ……?」


 思えば…………妙だった。

 無人の大地?

 人気のない土地?

 僕は…………バカ野郎だ。

 何を呑気に…………アホ臭い。

 森に住む者、水に住む者……集落を作る者。全ての死体が…………此処に、ある。

 誰が運んだ? 人間? まさか。
 
 魔物が……魔物の死体を集めて、火葬して――――――


「オエッ!! カハッ……ケホッ!!」


「と、とにかく降りましょう魔王様!!」


「うん……」


「ま、まだ……生き残りは、まだ居ります……だから、お気を確かに……!!」


 スレットに引き摺り下ろされるように……死体の山から、飛び降りる。

 地獄のような空間を抜けた先、広がっていた世界は――――また、地獄だった。


「…………んだよ、これ…………」


 焼き払われて煤けた茅葺きの家屋の数々。

 踏み荒らされた田畑。

 所々捲り上げられた、赤黒く滲んだ整備された道。

 泥で溢れた井戸。

 破壊の限りを尽くされた……コミュニティ。

 もう二度と此処に住めないような……破壊。


「なァ……スレット…………ボクらが……何を、したんだ……?」


「ま、魔王様……?」


 人成らざるモノ……魔物。

 そりゃ、僕だって中身は人間だ。ファンタジーの世界なら、笑顔で魔物を薙ぎ倒している作品なんて山程見てきた。
 その時は何も思わなかったし……それで良いとさえ思ってた。

 だけどさ……身勝手だけどさ……こんなのって、無いだろ?

 だから…………だから――――――


「「ニンゲンヲ…………ホロボセッ!!!」」


 そうだよね…………魔王。

 ――――頭の中でカチッて音が聞こえて……自分の声が、ダブって聞こえた……気がした。
 

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